前略 母さん元気ですか?
3

 翌朝からクラウドは忙しく動き回っている。セフィロスの寝室やバスルームに置いてある自分の物を移動させているのだ。歯ブラシやシャンプー、リンスといったものから下着や洋服などなど。
この洋服の量が半端ではない。セフィロスが、新作が出たといっては購入するだけでなく、パットが試作品だといって作っては送りつけてくる。
いつの間にか、広いセフィロスのウォーキングクローゼットの中はクラウドとクラウディの服で溢れてしまいそうになったので、季節外れの服は書斎のクローゼットの中に、クラウディの服はクラウドの部屋にと分けて置いてあるのだ。
 しかし、母が来るとなるとクラウドの部屋に今の季節に相応しい服がなければならないし、クラウディの服など目に見える所において置けるはずもない。三箇所のクローゼットの中身を次々と移動させる必要がある。
そんなわけで、朝っぱらからクラウドはアパート中をグルグルと洋服と伴に動き回っているのに、セフィロスはあまり手を出す事もせず優雅にコーヒーを飲んでいた。

 「落ち着け。……飯がさめるぞ。」
 「……要らない。」
 「健康は規則正しい食生活からだ。しっかり食え。」
 「時間がないんだってば!」
 「だから、落ち着けと言っている。ブラウン夫人が午前中に此処に遣って来て手配してくれるはずだ。心配は要らない。」
 「……でも、ヒルダだって忙しいはずだよ……。」
 「本人がそうすると連絡してきたのだ、安心しろ。」
 「………。」
 「今日は特性フレンチトーストだ。本物のメイプルシロップもあるぞ、ん?好物だろう?」

 テーブルの上には出来立てのフレンチトーストとソーセージが湯気を出してクラウドを招きよせている。そして春というにはまだ日が早いのに粒ぞろいの苺までも添えてある。育ち盛りの胃袋がそれに抵抗出来るはずもない。

 「…うん。……いただきます。」
 やっとテーブルについて食事を始めたクラウドにミルクたっぷりのカフェオレを注いでやるセフィロスである。本当に甲斐甲斐しく世話をする。誰もこんなセフィロスの姿を想像する事は出来まい。
朝食を頬張っているクラウドをセフィロスは静かに見つめている。その瞳に宿る柔らかい愛情に満ちた光は、まるで春の日差しを思わせる。

 「着替えて来い。そろそろ出社の時間だ。」
 「うん。あと一口。」
 クラウドは皿の上に残っていた大きめなフレンチトーストの一片を口に突っ込むとモゴモゴとごちそうさまを言って慌てて自室へと向かって行った。

 バタバタとしたのは朝だけではない。今日のクラウドは何をしても落ち着きがなく、机の脇にあるゴミ箱につまずいてひっくり返したり、ファイルの順番を間違えたりと小さな失敗を繰り返す。
いつものクラウドからは考えられないような事ばかりしている。流石のザックスも呆れてしまいクラウドを執務室から引っ張り出す事にした。
正直、セフィロスもザックスの配慮にホンの少し心の中で感謝した。もっともそんな事は死んでもザックスに悟らせたくはないセフィロスである。

 ザックスはクラウドをトレーニングルームへと連行する。
 「なぁ、余計なこと考えっちまうときはな、これに限るんだよ。」
 そう言ってランニングマシーンでただひたすらに走らせている。ジョギングよりは速いスピードで走らされているクラウドは最初の頃は色々と考え込んでもいたが、今はそんな余裕はない。ただ、左右の足を前に出して走っているだけである。
一時間ほども走っただろうか、やっとクラウドは休憩する事を許され床に座り込んでしまった。ザックスがミネラルウォーターのボトルとタオルを手渡してくれたが碌に返事をすることも出来ない。

 「なぁ、クラウド。あんがそんなに不安なんだ?」
 ザックスの言葉に無言のままミネラルウォーターを一気に飲み干す。
 「言っちまえよ。」
 「……。不安じゃない……心配なんだ。かあさん、何で出てくるんだろう。金はちゃんとあるのかなとか……いろいろ……。」
 「お前が心配するようなこっちゃないだろうが、ったくよ。餓鬼の癖して。」
 ザックスは呆れたようにクラウドの髪をワシャワシャと掻き混ぜる。

 「だけど……、ニブルってすっごく遠いんだ。旅費だって半端じゃないし。それに女の一人旅だし……心配なんだよ。」
 「ホントにそれだけかよ。」
 「……。」
 「旦那のこと、心配してんだろう?」
 「心配って言うか、予想がつかないんだ。」
 「あんの?」
 「かあさんの反応。怒るのか、泣くのか……それとも呆れるのか。見捨てられるって言うのもあるな。」
 最後の一言は本当に囁くようでクラウドの独り言に近い。それでもソルジャーの耳にはしっかり届く。

 「あに馬鹿なこといってんだか。」
 ザックスは笑い飛ばすが、クラウドにしてみれば真剣な話である。結局、この日はこの後もずっとザックスと伴にトレーニングルームで過ごしたクラウドだった。


 ニブルヘイムからミッドガルに出るには長距離バスをいくつも乗り継がねばならない。
ニブルヘイムから出ている『ゴールドソーサー』行きのバスにまず乗る。ゴールドソーサーで運がよければそのまま『コスタ・デル・ソル』行きのバスに乗り継げる。しかし、タイミングが悪ければゴールドソーサーで一泊しなければならない。コスタ・デル・ソルに到着したあとはフェリーだ。
フェリーは朝と夕方の2便しかない。夕方の方が楽だと人に聞いた事がある。何故なら夕方にフェリーに乗り込んで、三等船室でごろ寝をしていれば翌日の10時にはジュノンに到着するからだと。そしてジュノンから再びバスの旅である。すべてタイミングよく移動してもたっぷり四日は掛かる道中である。
 その四日間、シェリルはクラウドの言を考えていた。若い頃ゴールドソーサーの近郊で働いていたシェリルにとってもミッドガルまでの長旅は始めてである。不安がないと言えば嘘なのだが、今、自分が通っている道程を13歳の息子が一人で通ったと考えると感慨深いものがある。何を考えてクラウドは旅をしていたのだろう。

 将来の事だけを夢見て胸を弾ませていたのだろうか?
 不安に思って引き返す事を考えたことはあるのだろうか?
 少しは母である自分の事を思い出してくれたのだろうか?

 何を考えていたにせよ、よくぞ無事で到着したものだと今更ながらに感心する。
自立心の強いしっかり者に育ったわが子が誇らしくもあり、不憫でもあった。子供らしく甘えるすべを知らずに育ってしまった。そんな思いがシェリルの胸を締め付けていた。

 バスの窓から見える風景が変わって行く。次第に緑が減って建物が増え、灰色の空の遥か彼方に見える摩天楼。あれが神羅の本社ビルかと目を細めて眺める。二度と関わりあいたくなかった名前。『神羅』。
その象徴であるビルが徐々に近づいてその誇らしげにそそり立つビルを見てついにミッドガルに、クラウドのいる街へ近づいているのかと思うだけで自然と胸が高鳴っていた。



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