非時香果
…ときじくのかのみ…
4




ぱさ、ぱさ…と砂を踏む軽い足音がする、パラソルの隙間から射す強い陽光に少し目を細めながら、セフィロスはリクライニングのビーチチェアから身体を起こした。
南国の太陽よりも鮮やかな金色の髪の少年が、ドリンクの乗ったトレイを持ってそろそろと歩いてきていた。
「なんだ、ボーイに持ってきてもらえばよかったのに。」
サングラスを外しながらセフィロスが笑うと、クラウドは砂に足を取られながらも歩く速度を早める。
「だってせっかくセフィロスゆっくりしてるのに、邪魔されたくないだろ?」
ようやくテーブルにたどり着いたクラウドは、トレイを置くとセフィロスにグラスを差し出した。
それを受け取りながらセフィロスの口元に薄く笑みがこぼれる、水滴が滴る鮮やかなトロピカルドリンクのグラス、そして目の前には惜し気もなく素肌を晒し、楽しそうに笑う少年、リゾート気分は上々だ。

「セフィロスの頼んだカクテル、すごくかっこいい名前だね、おいしい?」
「飲んでみるか?」
「うん…ひゃっ!」
クラウドが頷いてグラスに手を伸ばそうとするより先に、セフィロスはさっさとクラウドを片手で抱き込んで自分の上に乗せてしまった。
「セ、セフィロス…」
はからずもセフィロスの引き締まった腹の上に、直接またがる形になったクラウドは焦りまくる。
「ん?なんだ?ほら冷たいぞ。」
セフィロスは、そ知らぬ顔で氷の詰まったグラスをクラウドに押し付ける、蕩けるように甘い瞳にクラウドはしょうがないなと開き直った。

このくらいはいいか、だってプライベートビーチだし。

昨日ようやく全てのサンプリングを収集し、セフィロス達はやっとゆっくりできたのだ、しかも宣言した通りに3日で終わらせた、英雄の名は伊達ではない。

今日のセフィロスは、髪は染めているものの、コンタクトはしていない、プライベートビーチなので、ボーイが来たらサングラスで隠せるからなのだが、それがクラウドには嬉しくってたまらない。
見なれない黒髪に茶色の瞳のセフィロスは、やはりどことなく他人の様な気がする、こうして自分に注がれる、引き込まれる様な魔晄の輝き、その鮮やかな翡翠の彩はどんな宝石もかなわないのだ。

「どうした?ん?」
促されて口に含む、爽やかなライムの風味と、味わった事のないすっきりしたアルコールの辛み。
「思ったより強くないんだね飲みやすいよ、これ何のお酒?」
「『サムライ』ウータイの吟醸酒とライムのカクテルだ、クラッシュ仕立てにアレンジしてあるが、飲みやすくて騙されるぞ。」
頬を羽毛で触れる様に撫でられて、クラウドの瞳に熱がこもる。

「いいよ、セフィロスになら騙されても…」
ぴく…とセフィロスの指先が震え、そのままクラウドの顎からうなじに向かってなでた。
「こら、誘うな…」
クラウドを引き寄せ唇を合わせる、爽やかなライムの香り、そして吟醸酒独特の果物を思わせる柔らかい香り、最後にこうして唇を合わせる時にしか味わえない極上の甘露のかぐわしい香り…

「ん…ん…ん……ふぅん…ん……」
クラウドが鼻に抜ける甘い息を吐く、背中に回した掌を稜線にそって下に滑らせれば、びくびくっと震える幼い身体、おずおずと自分から絡められる柔らかい舌が、情熱的な南国の空気と相まってセフィロスを煽る。

銀色の糸を引きながら唇を外す、そのまま首筋に滑らせると、ここ数日ですっかり陽に焼けた肌から太陽の匂いがした。

「セ、セフィロス…」
戸惑った声がなおさらいたずら心を刺激する、かまわず背筋を撫でていた掌をトランクスタイプの水着の中に差し入れた。
「セフィ…ここ、外…」
逃れようとするクラウドを許さず、柔らかい双丘を掌全体で揉む、セフィロスの行為が本格的なものに移行しつつあるのを感じて、クラウドは心底焦った。

「セフィ、誰かに見られたら…」
「誰も来ん、そのためのプライベートビーチだ。」
セフィロスは意地悪く微笑むと、胸の紅点を口に含む、ぴくんと跳ねるクラウドの身体に気を良くして、吸い付く様な弾力のある双丘の感触を掌で味わいながら、ねちっこく舌全体で舐りだした。

「…あ、あ…セフィ…あん…」
真昼の明るい陽の元で行う背徳的な行為に、ずるずるとクラウドが引き込まれそうになった時、脳天気な声が響いた。

「クラウドー!可愛いお客さんだぞー!」
真っ赤になってあわてて離れる小さな身体、のっそり現れた黒髪の男に、ほとんど口を付けられていない『サムライ』が頭からぶっかけられたのは言うまでもない。

「うわーーッ!にーさんひでーぇ……」
言いながらザックスは、頬を紅潮させすっかり息の上がっているクラウドと、剣呑なオーラを全身から発散しているセフィロスの冷たい瞳にはた…と気が付く。

「あり、ひょっとして真っ昼間からお楽しみ中?」
その一言でクラウドは真っ赤になり、セフィロスの瞳は剣呑さに磨きがかかる。
「おまえは…下のビーチにナンパに行っていたんじゃなかったのか!」
「許してー!にーさん!!ナンパに行く途中でさ、女の子が村のガキにいじめられてたんだよ…」
頭を抱えるザックスの一言に、クラウドがけげんな顔をする。
「女の子?ひょっとして…」
「そうそう、クラウドおまえにお客さんだよ、ちょっと待ってな。」
助かったとばかりに、コテージの方に走りだすザックスの後を、慌てて追うクラウド、セフィロスの機嫌が急降下に下がって行った。



「ごめんね、だってクラウドに会いたかったんだもん。」
しゅんとするエレを前にクラウドは困ってしまった、昨日、もう遊びに来れないからさようならをしたばかりだったのだ。
「下の村に行く道でよ、村のガキにいじめられていたから追い払ってやったらよ、『ミッドガルから来ているクラウドって男の子知らない?』って聞かれたからさ…」
ザックスはチラチラとセフィロスを横目で気にしながら説明する、今のセフィロスの不機嫌さは半端ではない、なんせ女の子が目の前でぺっとりとクラウドに抱きついたのを目にしたのだから。

「あの子達ね、いつもいじめるのよ、私の事嫌いなんだ。」
「エレ…お母さんにここに来るって言ってきたの?」
「ううん、だって今日はお客さまが来るから、お庭で遊んでなさいって…クラウドが来ないとお庭で遊んでもつまらないよ。」
半分泣き顔で訴えられ、クラウドは、もうどうしていいか解らない、セフィロスの不機嫌さが解るだけによけいに…
困り果ててそーっとセフィロスを見上げると、ぶすっとした顔でスパスパ煙草を吸っている。
「あの…セフィロス…」
「なんだ。」
「エレをお家まで送ってきていい?帰りに、又いじめっ子に会うかもしれないし。」
「勝手にすればいいだろう。」
そう言うとセフィロスはベランダから外に出てしまった。

「あーあー、にーさん本格的に拗ねちまったかな。」
「ザックス、エレを見ていてよ。」
走り出すクラウドに続いて行こうとしたエレを、ザックスがしっかり捕まえた。
「何するのよ、離して!」
「ちょっと待ってなお嬢ちゃん、クラウドはすぐ戻ってくるからさ。」



「セフィロス、セフィロスってば!」
声をかけてもセフィロスは歩みを止めない、クラウドは悲しくなって夢中で追いかけた、しかし足場の悪い砂浜ですぐに砂に足を取られてしまった。
「わっ…」
転んだ…と思ったクラウドを逞しい腕が救い上げる。
「…ったく…気をつけろ。」
確か4、5メートル離れていたはずなのに、光の早さで戻ってくれたセフィロスの首に、クラウドは嬉しそうに腕を回す。
「えへへ…」
「なんだ、気味が悪い。」
「怒った?」
「別に…」
「すぐに帰ってくるからさ、ごめんね。」
「おまえはあの小娘が大事なんだろう、好きにすればいい。」
拗ねた顔をしても不安げに揺れる瞳を、クラウドは見逃さない。
「でも、オレ…セフィロスの方が大事だよ。」
「本当に?」
「当たり前だよ、世界中の誰よりもセフィロスが大事。」
セフィロスの頬が緩む、そのままクラウドを抱き上げると耳元で囁いた。
「じゃあ、キスしてくれ。」
クラウドはくすっと笑うと唇を重ねた、すぐに忍び込んでくるセフィロスの舌にたちまち意識を奪われる。

クラウドがすっかりセフィロスのくちづけに溺れた頃、セフィロスは冷たい瞳でコテージの方を見ていた。
ザックスの手を振り切り、じっとこちらを見て立っている少女の顔を。



「へえ、オレンジの木だらけの家だな。」
坂の下から家をながめてザックスが言った、結局エレとクラウドを二人きりにして、これ以上セフィロスの機嫌が悪くならないように、ついて来たのだ。

「うん、この家はね、元々ママのおじいさまが、身体の弱かったママのために買った家なの、だからオレンジの木が一杯あるのよ。」
「え?なんでオレンジと関係あるんだい?」
「あのね、クラウドウータイではオレンジの事を『非時香果』って言うんだって、不老長寿の妙薬だって伝説があるの、だからおじいさまが元気になる様にって植えたんだって。」
「へえ、おもしれーな、でもこれだけあると食いきれないだろ?」
「それがね、うちのオレンジ、みんな酸っぱくて食べられないの、手入れをしてないせいだろうって、昔パパが言ってた。」
「え?でも、もらったオレンジは甘かったよ、とっても。」
「うん、パパが最後に来た日にあの木の根元で何かしてたからそのせいかな、次の年からあの木のオレンジだけとっても甘くなったの、あの木の下で…パパがママにプロポーズしたんだって『この木の伝説の様に永遠に君への思いは変わる事がない』って。」
エレの顔が少し寂しげに揺れる、クラウドはぽんと肩に手をおいた。
「じゃあ、お父さんエレの事もずっと同じ様に好きだよ。」
「うん。」
嬉しそうな笑顔を浮かべる少女と、何も知らないクラウドの顔を見て、ザックスが複雑そうな顔をして、何か言おうとした時に、門のところから甲高い女性の声が響いた。


「二度と来ないで!二度と!!」
「来るわよ!何度でも!!あの人を返してもらうまではね!」
言い争っているのはエレの母親と、遠目に見ても目立つ赤毛の女性。

「ママ!」
走って行くエレをザックスとクラウドは、顔を見合わせた後追いかけた。

「ママ!どうしたの?この人だれ?」
「エレ、家の中に入ってなさい!」
「あら、あなたがエレちゃん?ねえパパがどこにいるか知らない?」
「え?…パパはミッドガルに…」
「それが帰ってこないのよ、私は2年前から待っているのに『今度こそ奥さんと別れてくる』って言ったのにね。」
エレは呆然と母親の顔を見た、エレの母親は耳を両手で塞いで悲痛な声で叫んだ。

「嘘よ!あの人がそんな事言うはずがない!」
「嘘なもんですか、あの人はいい加減あなたの我侭に疲れていたのよ、身体はとうに健康になっているのにこんな島に閉じこもって、あの人を独占しようとするあなたにね!あの人は私の側でやっと安らげるって言ったわ。」
「嘘よ!嘘よ!」
「さあ、あの人を返してちょうだい!どこにいるの!?あの人は!!」

「やめろ!」
クラウドが呆然としているエレをかばう様にして間に入った。
「おばさん達、そんな事を言い争うのならよそでやれよ、エレのいない所で!」
「クラウド…」
エレが泣きそうな顔をしてクラウドを見上げる。
「あんた達の間で何があったか知らない、でもエレは、エレは関係ないだろう!」
「そう、そう、子供に聞かせる話じゃねーよ、おねー様がた。」
ザックスがふざけた口調で加勢をする、赤毛の女性は少しバツの悪そうな顔をすると、耳を塞いで俯くエレの母親に言い捨てた。
「…私はあきらめませんからね、又来るわ!」

去って行く赤毛の女性を見送って、ザックスは蒼い顔をしたエレの母親に声をかけた。
「奥さん、大丈夫?」
「ええ、あなたは?」
「オレはザックス、クラウドのダチだ。」
「どうもすみません、お見苦しいところをお目にかけて、どうぞ、お茶をごちそうしますわ。」
とぼとぼとした足取りで歩く母親を見て、エレはぎゅっとクラウドの手を握る。
「大丈夫だよ。」
クラウドは思いっきり明るい顔で笑ってみせた。



そのままあっさり帰れるはずもなく、クラウドはしばらくエレの相手をして庭で遊んだ。
ようやく笑い声をあげて、追いかけっこをはじめたエレを見ながら、ザックスはエレの母親にそっと尋ねた。

「立ち入った事を聞くようですが、さっきの人はご主人の愛人?」
エレの母親は少し蒼い顔をして、辛そうに答える。
「ええ、主人の秘書でしたの…でも二年前あの人…ジョルジュは私とエレを愛しているからあの女とは別れるって言って、ミッドガルに戻ったんですの、今度こそ私の望む通りにこの島で親子3人で暮らしてくれると…」
「でもご主人は帰って来なかった。」
「…ジョルジュがどこにいるのか聞きたいのは私の方です、必ず帰ってくるっていったのに…」
蒼ざめた顔に震える細い肩、病弱だと聞いていたが色が抜ける様に白い、おまけに噂どおりの美人だ。
その美人に潤んだヘイゼルの瞳でじっと見つめられ、ザックスは焦った。
「まあ、そのなんだ、奥さん気を落とさずに…」
「ええ、あ…胸が…」
突然胸を押さえてうずくまった母親を、ザックスが慌てて支える。
「どうした?」
「時々こうなるんですの…元々心臓が弱くって…」
そう言いながら、母親は支えているザックスの手を自分の胸に導いた。
「…部屋に連れて行ってくださる?」

掌に触れる柔らかい乳房の感触、ねっとりとした口調、あきらかに誘っている瞳にザックスはごくっと唾を飲み込む。
「奥さん…あの…」
「コリンヌと呼んで…寂しいの…私寂しいの…お願い助けて…」
「コリンヌ…」
「私の部屋へ…ね、ザックス…」
「解った。」
ザックスは遊んでいるクラウド達に気付かれない様に、薄蒼く血管の浮く細いうなじにそっと唇を滑らせた、甘い香りに理性をとうに捨て去りながら…




「だからさ、オレもう帰ろうと思ったらザックスどこにもいないんだもん、エレも知らないって言うし…」
遅くなった言い訳をさかんにセフィロスにするクラウドに、セフィロスは笑ってほっぺたにキスをする。
「解った、遅くなったのは全部このバカのせいなんだな、よおおく解った。」
じろりとザックスを睨む目は、短時間でよくまあコロコロと表情を変えられるもんだ、とあきれるほどだ。

「クラウド、解ったから飯を食いに行くぞ、用意してこい、本館のレストランだからシャツを替えてこい。」
微笑むセフィロスに安心して、クラウドは寝室に消えて行く。

「で、据え膳食って来たわけか、おまえは。」
一転して冷たい口調で言われ、ザックスは苦笑いした。
「おや、お解り?ボランティアだよにーさん。」
「おまえから女の匂いがプンプンするのに解らないわけないだろうが、クラウドには気付かれるなよ、このバカ。」
「はいはい、だけどやっぱ最中に違う男の名前呼ばれると、冷めちゃうね。」
「ならもう止めとくんだな、そういう女は情が深すぎて恐いぞ。」
「それがさ、今晩も行く約束しちゃったんだよ、ベッドの上で泣かれちまってさ。」
「勝手にしろ、おまえが年増趣味とはしらなかったぞ。」
「オレは博愛主義者なんだにーさん。」
ぱちんと片目をつぶるザックスに、セフィロスはやれやれとため息をついた。





そして3日後、島の岩場に赤い髪をした女の死体が打ち上げられた。






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