STIGMA 3
「あ、俺夕べ、ワインを久々に飲んで……」
セフィロスがくすりと笑う。
「思い出したか?おまえの『ソルジャー候補生』の試験合格の、お祝いをしたのを。」

そうだった、司令部のみんながお祝いしてくれて、でも外じゃお酒は飲めないから、家に帰ってきて、セフィロスとワインでもう一度乾杯したのだった、調子に乗って、とっときのワインを三本も、セフィロスが大目に見てくれるのをいいことに。

「俺、あのまま寝ちゃった?」
「可愛いおねだりを、たくさんしてな。」
思わせぶりな笑いを浮かべるセフィロスを見て、クラウドは真っ赤になった。
酒に弱い方ではないが、試験勉強のためしばらく飲んでいなかったのと、気分がハイテンションになっていたせいで、すっかり酔いが回り、甘えモードに突入したらしい。
なんとなく自分の痴態を思い出し、ますます赤く染まった耳元に、セフィロスが舌を這わせる。

「ひゃ……」
びくっと跳ねる細い身体にクスリと笑みを浮かべながら、セフィロスは舌先で、蒼いピアスを弄んだ。
「……ちょ……セフィ、くすぐったいよ……」
「大事にしてくれているな。」
「だって、セフィがくれた最初の誕生日プレゼントだもん、それにおそろいだし。」
クラウドは手を伸ばすと、セフィロスの片耳に嵌った、自分のピアスと同じデザインの翠のピアスに触れた。
小さいながらもマテリアでできたそのピアスは、薄暗い中でもほのかに輝いている。蒼と翠の2つの小さなマテリアは、セフィロスが見つけた時、一つにくっついていたそうだ。
元々別々のマテリアが、長い時をかけて一つになった珍しい物、マニアにとても高価に売れるそれをセフィロスは惜しげもなく切り離し、2つのピアスを作った。

一つを自分に、そしてもう一つをクラウドに。

「おそろいを身につけるって、なんだか照れくさいね。」
「どうしてだ?俺は嬉しいぞ、おまえは俺の物だと言うことが、一目瞭然だからな。」
「セフィロス……」
嬉しそうな笑みを浮かべるクラウドの髪を、セフィロスが優しく梳く。

「永い時をかけて一つになったマテリアだ、切り離されても、きっとお互いに呼び合って、又くっつこうとするだろう……なぜだかそう思った、非科学的だがな。」
唇をゆっくり重ね、何度も啄まれる、やがてねっとりと絡められ、クラウドはうっとりと目を閉じた。
合わせた時は、ちょっとひんやり冷たく感じるセフィロスの唇、それからは想像もできない熱い舌が、情熱的にクラウド酔わせる。
背を這う掌、さらさらと頬に触れる永い銀の髪、今更ながらに、この人を独占できる不思議を思った。

ひとしきり味わったあと、セフィロスが唇を外す。
「……俺達もそうだ、たとえどんなに離ればなれになっても、お互いに呼び合う、きっと互いを捜し出す……」

「いやだ!」
「クラウド?」
突如遮った必死な顔を見て、セフィロスが怪訝な顔をした。

「いやだ!離ればなれになんてなるのはいやだ!そんなのいやだ!」
「何を言っている?例えばの話だ。」
くすりと笑って優しく頭を撫でるセフィロスに、クラウドの顔が泣きそうに歪む。
「例えばだって、いやだ!だって俺、さっきイヤな夢見たんだ。あんたがいなくなる夢見たんだ、あんたが、いない日常を送る夢を見たんだ……」

そう、この日常を失う夢を見たのだ、いつも自分を温かく見つめる翡翠の眼差しも、しっかりと抱きしめてくれる優しい腕も、月の光のように降り注ぐ銀色の髪も……みんな、みんな、失ってしまう夢を見たのだ。

見る見る潤んで、滴を落としそうな蒼玉の瞳を見て、セフィロスは口元に笑みを浮かべると、そっと目元に唇を寄せて、その滴を吸い取った。

「大丈夫だ、俺はどこにも行かない、ずっとおまえの側にいる。」
「本当?」
「約束だ、ずっとおまえの側にいる、たとえどんな事になろうとも。」
「うん。」
にっこり笑ったクラウドの額を、からかうようにセフィロスが、突いた。

「クラウド、ソルジャーになるんだろう?ミッションになったら、俺と離ればなれになる時もあるんだぞ。」
「そんな意味で言ったんじゃないよ、解ってるくせに、もう!」
口をとがらせるクラウドの頬に、優しくキスを落としてセフィロスは囁く。

「強くなれ、クラウド、俺より強く。」
「えー?セフィロスよりも?無理だよ。」
「いいや、おまえならなれる、俺よりも強く。俺を殺せるほど強くなれる。」
「セフィロス?」

翡翠の瞳が妖しく輝いていた、今まで優しく降り注いでいた翡翠の瞳が、クラウドの知らない彩に妖しく輝いていた。

「俺を殺せるのはおまえだけだ、おまえになら殺されてやる。」
「そんなのイヤだよ!セフィ!それなら俺、強くなんかならない!」
一瞬ひるんだクラウドだが、ムキになって言い返す。
セフィロスはその左腕を、ぎゅっと掴んだ。

「いいや、強くなれ、強くなって俺を殺しに来い。」
「イヤだって言っているだろう!手を離してよ、セフィ、腕が痛いよ。」
捕まれた腕の力のあまりの強さに、クラウドの顔が苦痛に歪む。

「約束だ、クラウド、俺を殺せるのはおまえだけだ。」
「痛い!痛いよセフィ!どうしたんだよ?俺そんな約束しない!」
「殺しにこい。」
「イヤだ!」
「コロシニコイ……」
「イヤ……」




思い切りはねのけて飛び起きた、目に入るのは、見慣れた室内。

……打ちっ放しの天井、急ごしらえで乾かしたコンクリートのヒビ、ぎしりと音たてる安物のパイプベッド、事務デスクの上には、引いたばかりの電話と、依頼のメモの束と、スケジュール表……

暗闇でも何不自由なく見渡せる、魔晄に犯された瞳。その瞳が残酷に見せつける、本当の日常を。

本当の日常を……


クラウドはぐっと唇を噛みしめた。

そう、俺はいつだって帰りたかった、あの日常に。なんの心配もいらなかったあの頃に、幸せだったあの頃に、あの人の側に……

それなのに、無理に気づかないふりをしていた、無理に忘れようとしていた。いいや、忘れなければいけないと、あの頃の事はなかった事にしなければならないと……

……でも、俺の心はいつだって、あの日常を求めていた、あの優しい日々を、懐かしい日々を。

クラウドは左耳に手をやった、そこに嵌っているのはセフィロスからもらったピアスではない、町の彫金師が荷物を運んだお礼にと、作ってくれたピアスだ。

セフィロスからもらったピアスは……旅の間中、そうとは知らずに、ずっと身につけていたピアスは、あの最後の戦いの後、外してしまった。
もう思い出すまいと、もう思い出してはいけないと、セフィロスをこの手にかけた自分には、思い出す権利すらないのだと……

クラウドはベッドから降りると、クローゼットを開けて、中の物をかき回した。いくつか袋を引っ張り出し、一番奥の袋から、ようやく目当ての物を取り出す。

ベルベットに包まれた小さな箱、ゆっくりと開くと、以前と変わらない輝きがあった。
闇の中でも淡く輝く魔晄の蒼、セフィロスにもらった時と、少しも変わらない。

『ソルジャーになったら、おまえの瞳は、これよりも美しく輝くのだろうな……』

そう言って、これを耳に嵌めてくれたセフィロス。


「……うう……くっ……ううう……」

知らずに嗚咽が漏れていた、クラウドの頬を涙が伝う。もう思い出したくはなかった、だけど、捨てる事などできなかった。セフィロスと暮らしたことが夢ではないと、教えてくれる、このピアスを。今では、ただ一つ残った、あの人との、思い出を。



「セフィ……セフィ……」

久しぶりに呼ぶ、セフィロスの愛称。自分だけに許された、セフィロスの愛称。


「セフィ……セフィ!……セフィー!」

もう答えてくれる人なぞ、どこにもいない、愛した人の……


「セフィーーー!」


強くなんてなりたくなかった、強くなんてならなくてよかった、あの人のいない日常を送るくらいなら、強くなんか……

嘘つき!セフィロスの嘘つき!約束したくせに!ずっと俺の側にいるって、約束したくせに!


……ナラ、オマエモヤクソクヲマモレ……

「約束?……痛っ!」
声が聞こえた気がした、無意識に返した時、クラウドの左腕を激痛が襲った。夢の中で、セフィロスに捕まれた左腕……


思わずピアスの箱を取り落とし、右手で左腕を押さえると、ヌルッとした生ぬるい感触。べっとりと掌に付く、どす黒い膿。

星痕症候群……

あの戦いの後、吹き出したライフストリームにより、まき散らされたウイルスが原因で発祥したと言われる病気。黒い膿を吹き出し、ついには死に至る、まだ治療法の見付かっていない、不治の病。

一瞬呆然としたクラウドだが、口元には何故か笑みが浮かんでいた。
そんなクラウドを、まだ収まらない激痛が、次々に襲う。

「うっ!……くうっ!……ふふ……ふふ……」

痛みで額に脂汗を浮かべながらも、クラウドは笑っていた、晴れやかに笑っていた。


いいのだ、もういいのだ。


「ふふ……あはは……くっ!……」


いいのだ、この日常を続けなくても、いいのだ……


もう、この日常を……




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