A Stellar Sonata 6
ロレンツォはぼんやりと窓から外を眺めていた。

『クラウドなら愛せるの?』
泣きながら叫ぶユフィの声が、耳に残る。

そうだ、自分はあの青年を愛している、たとえ彼の心が、自分と瓜二つの男の物であろうとも。
しかし、この想いは彼にとって負担なのだろうか?自分の存在は、彼に取って哀しみを呼び覚ますだけなのだろうか?


ぼんやりと、そんな思いにふけりながら窓の外を見ていると、見なれた金色の髪が外に出て行くのが見えた。
この寒空に、薄いTシャツ一枚で飛び出して行く青年に、ロレンツォは慌てて側のコートを掴むと、部屋を飛び出した。




 給水塔の前にクラウドは立っていた、昨日とはうって変わって晴れ渡った空には、星が美しく瞬いている。
この給水塔にティファと登って、ソルジャーになる夢を、胸を張りながら得意げに語ったのは、いつの日の事だったか……


もうあの頃の自分には、帰れない。


寒いな……寒い……


冷たい風が、身体ばかりか、心までも冷やして行く。クラウドは、両腕で自分の身体を抱きしめ、ぶるっと大きく震えた。


寒い……でもオレはきっと、もう一生暖まる事なんてない……



暖まるために必要な物は、広い逞しい胸と、すっぽりと自分を包み込む優しい腕、耳元であやす様に囁く甘いバリトン……
それらを自ら切り裂いてしまった自分に、与えられるはずがないのだ。



もう一度ぶるっと震えたクラウドの身体を、温かい何かが包んだ。

「何をしているこんな所で、風邪を引くぞ。」

降ってくるのは優しいバリトン、かつてクラウドが愛した人と、寸分変わらない姿を持つ男は、凍えた身体を素早くコートで包んだ、クラウドの記憶の中の人と同じ様に、柔らかく微笑んで。

「あ……」

言葉が出なかった、色々な事が頭の中を駆け巡り、何を言ったらいいのか解らない。

ただ、今は包まれたかった、目の前の男の腕に包まれたかった。

その想いが届いたのかどうか、男の手がゆっくりとクラウドの背に回る。
迷わずクラウドは男の胸に顔を埋めた、それと同時に肩が震えだす、大粒の涙があとからあとから湧いて出て、気が付けば声を上げて泣いていた。

自分でも不思議な程に自然に、クラウドは男の胸の中で声をあげて泣いていた。

男はそんなクラウドの髪を、いつまでも優しく梳いていた。





 ひとしきり泣いたクラウドは、ロレンツォの部屋にいた。
落ちつくために渡された、ブランディを落とした甘いホットミルクを飲みながら、どうしてこの男は、慰める時まで、セフィロスと同じ事をするのか不思議に思う。


「何があった?」
不意に聞かれて、クラウドは少し迷った様な顔をしたが、ゆっくりと口を開いた。


「ティファを抱いたよ、思い知った、オレはティファを愛していない。」
クラウドは手の中のカップに視線を落とす、解ってはいたのだ、ずっと自分を騙そうとしていた事を。

「解っていたんだ、どれだけ自分をごまかしても、身体を重ねると解ってしまう、オレの求めているのは別人だと……」

ロレンツォは、自分のグラスにブランディを注ぎながら、静かにクラウドの話を聞いている。

「今まで何人かと寝た事がある……でも駄目なんだ。男でも、女でも……どんな人でも駄目なんだ、ティファでも駄目なんだ……オレが求めているのは……」

言いよどむクラウドに、ロレンツォが穏やかで、それでいて熱い口調で尋ねた。

「では、私では?」

クラウドはゆっくりと首を振る、その顔は苦しそうに歪んでいた。

「解らないよ、解らない、あんたはセフィロスに似過ぎているんだ、顔だけじゃなくて仕草や動作の一つ一つが。だからオレはあんたを好きなのか、未だにセフィロスを忘れられないのか、解らなくなる。」

ロレンツォは優しく微笑む。

「じゃあ、私の事を好きなんだな、安心した。」
「だから解らないと…」

言いかけるクラウドをロレンツォが制する。
「関係ない、おまえの気持ちがどうであろうと、私がお前を愛している気持ちに変わりはない。」
「ロレンツォ……」
「愛しているクラウド、これが私の気持ちの全てだ。」


降ってくるのは甘いバリトン、一度失い、そしてずっと求めていたもの。


「愛しているクラウド、愛している…」

クラウドは、滲んできた涙をゆっくりと拭った、そして柔らかく微笑む。

「ありがとう、でもオレ、やっぱりまだ解らない、解らないんだ……」
「解らなくていい、ゆっくり答えを出してくれればそれでいいんだ。」

ロレンツォが優しく微笑み返す、照れたクラウドが残りのミルクを煽ろうとして、手を滑らせた。かしゃん、と砕けるカップに、一瞬しまったという顔をするが、微笑むロレンツォと目が合い、つられて笑う。
何年ぶりだろうか、こんなに温かな気持ちになれたのは。

砕けたカップを二人で片付けようとした時に、ロレンツォの携帯が鳴った。クラウドが出る様に促し、一人でカップの破片を片付けだす。
ロレンツォは頷いて、通話ボタンを押した。


「もしもし……ああ、母さん?大丈夫だよ、元気でやってるよ、ああ風邪なんか引いていない……」

どうやら電話の相手は彼の母親らしい、クラウドはいつもは見せない、少し子供に戻ったような口調を微笑ましく思いながら、きょろきょろと、拾ったカップの破片を捨てる所を探す。

それに気がついたロレンツォが、電話をかけながらクラウドに言った。
「クラウド、本棚の横のくずかごに捨ててくれ、側にビニール袋もあるはずだ。」
言われた通りの場所に、くずかごを見つけたクラウドの耳に、電話の会話が聞こえて来る。

「え?誰かいるのかって?居るよ、今度紹介する……クラウド……クラウド・ストライフ、今の私に一番大事な人だよ、母さん。」

慌てて顔を上げると、いたずらっぽく笑いながら、片目を瞑るロレンツォと目が合った。クラウドは耳まで赤く染まって、乱暴にくずかごの中にカップの破片を投げ入れる。

どうしてこんな強引な所まで、セフィロスに似ているんだろうと思いながら。






電話の向こうでは震える細い腕が、受話器を握っていた。今聞いた一言が、彼女の全神経を一瞬で逆撫でた。

「……じゃあね、ロレンツォ、身体に気をつけるのよ。」
できるだけ平静を装い電話を切る、こんな事があっていいのだろうか、信じられない。


受話器を置いた妻の様子のおかしさに、新聞を読んでいた男が声をかける。

「どうしたんだルクレツィア、ロレンツォは元気にしていたのか?」
「クラウド・ストライフが居るわ……」
「ルクレッィア?」
「居るのよ、何故だか解らないけど、クラウド・ストライフがロレンツォの側に居るの!ああ、やはりニブルヘイムの仕事なんて、聞いた時にすぐに止めればよかった!」
がくがくと震える妻の身体を、男は優しく支える。

「落ちつくんだルクレツィア、クラウドがロレンツォの側にいるって?」
「ああ、どうしようヴィンセント、せっかく今までうまくやって来たのに……どうしたら……」

蒼ざめた横顔に向かい、ヴィンセントはきっぱりと言った。
「解った私が確かめて来よう、どうして二人が一緒に居るのか、私が確かめよう。」
「私もいくわ、クラウドはあなたの顔は覚えていても、私の顔は忘れているかもしれない、きっと私の方が動きやすい、だから私も行く。」
「解った。」

ヴィンセントは、妻を優しく抱き締めながら頷いた、全てが明らかになった時、かつての仲間達全てを、敵に回す覚悟を密かに決意して。






翌朝部屋に戻ると、ティファの姿はなかった。

『ミッドガルに帰ります、しばらく会わない様にしましょう。』
机の上にあった置き手紙に、クラウドの胸が痛んだが、顔をあわせずにすんだ事で、ほっとしたのも事実だ。
事情を察しているはずのシドは何も言わず、以前の様に、単調に日々が過ぎていく。


いや、ティファの事を思うと、猛烈な自己嫌悪に襲われた。
ライフストリームに落ちて廃人となった自分を、献身的に看病してくれたティファ、その後もなにかと自分を支えてくれて……そんなティファを裏切ったのだ。

しかし、自己嫌悪に打ちのめされ、持ち続けるはずの罪悪感は、目の前の男とすごす、この穏やかな日々にかき消されてしまう。
二人でニブルヘイムの地図を見ながら、モンスターよけの柵の配置を検討し、使えそうな建物とそうでないものを選別する。
山の上まで出かけて行って、万が一の避難所の設置場所や、新たに設置する道路の場所を決めていく。
時には夜通し語り合い、そっと唇を重ねる。

まるで、昔セフィロスとそうしていた様に、あの幸せだった、ミッドガルでの日々の様に。


ただ、クラウドは、まだロレンツォと身体を重ねようとはしなかった。
自分自身でもはっきりしないロレンツォへの想い、単にセフィロスの影を重ねているのか、それともロレンツォ自身を愛しているのか。
それがはっきりしないうちに、ロレンツォと寝る気にはならなかったのだ。

ロレンツォにもそれがよく解るのだろう、時に情熱的に唇を奪う時があっても、決してそれ以上の行為に及ぼうとはしなかった。クラウドが自分で答えを出すまで、きっと答えを出してくれるまで、ロレンツォはじっと待とうと思ったのだ。





そんな穏やかな日々を破ったのは、一本の電話だった。

『てめぇクラウド!貴様どういうつもりだ!!ティファと結婚するのを止めるんだって!?』
「バレット……オレは……一言もないよ、ティファがそう言ったのか?」
『ああ、この間帰ってくるなり、『クラウドとは結婚できない』だ、その後何を聞いても答えねぇ!一体お前は何をしたんだ!?』
電話の向こうで、受話器を握りつぶさんばかりのバレットの怒りに、理由も何も言わずに、事実だけを自分の口から告げたティファの心を想い、胸が詰まる。


「オレが悪い、オレが悪いんだバレット……オレがティファの気持ちを、受け入れてやれなかったから……」
『おい!悪かったと思ってるんだろう?何があったか知らねーが、とっとと仲直りしやがれ、さっさと戻って来て謝れば、ティファだって許してくれるだろうさ。』

何も知らないバレットは、きっと何かの喧嘩で、クラウドがティファを怒らせたと思ってるのだろう、クラウドはしばらく無言でいたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「バレット、オレはティファに会えない、ティファだってオレに会いたくないはずだ。『当分会わない様にしよう』って置き手紙をしたのはティファの方だから……」
『バカやろう!おまえは女心が解らねえのか!?オレがなんでこんな電話をしてると思ってる!!見てられねぇんだよティファを!』
「でもバレット…」
『でもも、かかしもねえ!倒れたんだよティファは!』

その言葉に、クラウドは頭の中が真っ白になった、自分はそこまで、ティファを追いつめていたのか。

『ティファはあれから、表面上は普通にしていたが、どうやらほとんど食事も睡眠も取っていなかったらしい、5年前のお前さんと同じ様にな、今、病院に入院している。だがな、どれだけ医者が言っても、食事しようとしないんだ、何を聞いても首を振るだけ……』
「ティファが…そんな……」
『いいか!?絶対に来い、絶対だぞ!!このままじゃティファは死んじまうからな!!』

言いたい事だけ言って切れた電話の受話器を、クラウドはしばし呆然と見つめる。
いつも明るく太陽のようだった幼なじみ、そのティファがそんな状態になっているだなんて……


肩に優しく手を置かれた、見上げると穏やかな瞳が、クラウドを見下ろしていた。
「ティファさん、倒れたのか?」
「……え?どうして?……ああ、バレットの声大きいからな、うん……そうらしい……」


ぼんやりと受話器を見つめるクラウドに、ロレンツォは優しく言った。
「後悔しているのか?あれから何の連絡も取らなかった事を。」

クラウドはこくりと頷く。
あのあと、ティファと全く連絡を取らなかった、何を話したらいいのか解らなかったせいでもあるが、ティファを傷つけた事実から、目をそらしたかったせいでもある。

「オレは卑怯だった、どんなになじられても、ティファの怒りを、受けてやらなきゃならなかったんだ、だからティファは……」
どこにやりようもない喪失の痛みを、吐き出すに吐き出せない苦しさは、自分がよく知っている。

それなのに……自分の事ばかり考えて……


黙り込んだクラウドに、ロレンツォが静かに言った。

「クラウド、ミッドガルに行こう。」
「え?でも……」
「ちょうど私も、『神羅』との打ち合わせで、一度ミッドガルに戻らなければならなかったんだ、ミッドガルに行って、もう一度ティファさんと話してこい。」
「いいのか?オレはひょっとしたら、そのまま戻って来ないかもしれないぞ。」
ヘイゼルの瞳が切なげに揺れた、最近とみに翠色がかって見える。優しいヘイゼルの瞳が。


「いい、私はいつまでもおまえを待っている。このまま、おまえが、倒れたティファさんに罪悪感を持ち続けて、壊れていくよりずっといい。」
「ロレンツォ……」
「愛しているクラウド、私はおまえが幸せならば、それでいいんだ。」

クラウドは、ゆっくりその胸に顔をすり寄せた。
「ありがとう、ロレンツォ……ありがとう……」

胸がいっぱいになりながら。





ロレンツォの持つ飛行船でミッドガルに着き、二人はティファの入院する病院の前で別れた。
「クラウド、電話をくれ、どういう事になっても電話をくれ。」
「解った、電話するよ必ず。」
そうしてクラウドは、そっと自分から唇を重ねる。

髪が銀色でなくても、翡翠の瞳をしていなくても、今自分が愛しているのは紛れもなくこの男だ、過去のセフィロスの幻影ではなく。
ゆっくり口付けを交わしながら、クラウドは、ようやく自分で答えを見つけていた。





受付で聞いたティファの病室に、一歩足を踏み入れて、クラウドは激しく動揺していた。

やせた……ティファ……

これがあの、はつらつとしていたティファだろうか?
目は落ち窪み、顔色がひどく悪い、げっそりとそげた頬は、ここ何日もまともに食事をしていない事を、雄弁に物語っていた。

「あ……クラウド……」

か細い、聞こえるかどうかの声をあげて、ティファが身を起こす……いや起こそうとして、がっくりと肘をついてしまった。

「だめだよ、寝てなきゃ!」
慌てて駆け寄るクラウドに、ティファが頼りなげに微笑む、その瞳には全く生気がない。
「大丈夫よ、そう悪いわけじゃないんだから、ただ食事があまり入らないだけで……」

毛布からのぞく細い手首、たかだか数週間で、ここまで細くなるものなのか。

クラウドの胸が、きつくきつく締め付けられた、自分はどう償えばいいのだろう。

あの時のティファの様子では、きっと自分とセフィロスの事を知っていたのだ、それなのに一言も尋ねずに、5年もの間自分を待っていてくれたティファ、そんな優しいティファを自分はここまで苦しめている。

「どうしたの?クラウド、私は平気よ心配しないで、私は一人でも大丈夫……」
言いかけたティファの瞳に涙が浮かぶ、無理に堪えようとして、嗚咽が漏れる。

「ティファ……ティファ……」
「クラウド……大丈夫だから……大丈夫……」
繰り返す、ティファのすっかり骨張った手首を、クラウドはそっと握った。

「居るよ、側に……ティファの望むだけずっと……ずっと側に居るよ……」
「クラウド……」
「今度は間違えないよ、ごめんティファ……君の身体が治り次第、結婚しよう。」
「クラウド……」
ティファの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。



『ごめん、ロレンツォ……オレにはティファを見捨てられない。』

かかって来た予想どおりの電話に、ロレンツォは初め無言で、そして静かに言った。

「解っていたよ、おまえがティファさんを切り捨てられない事は。」
『ごめん……ごめん、ロレンツォ……』
「何を謝る?言ったはずだ私はお前を愛している、おまえが幸せならそれでいい。」


電話の向こうの青年は、しばらく声を発しなかったが、やがてはっきりと言った。

『ロレンツォ、オレもきっとあんたを愛していたんだと思う、セフィロスの影でなくあんたを……』
「クラウド……」
それは、彼が待ち望んでいた言葉だった、しかし……

『愛しているよ、ロレンツォ……愛してる……そして、さようなら……』
「クラウド……」
『愛しているロレンツォ……今度会う時は、ただの友人だ。』


そう言って切れた電話に、ロレンツォは切なげなため息をつく。クラウドがティファを選ぶのならそれはそれでいいつもりだった。しかし……やはり思いきれない、初めて会った時から、妙に心に残るあの青年を。

いっそ自分がセフィロスだったら、どんなに良かっただろう、クラウドも悩む事なく、あっさりこの腕の中に飛び込んでくれたはずだ。


自分がセフィロスだったら……


捕まえたと思ったとたんに、この腕の中からすり抜けていった青年……胸の奥にぽっかりと穴が開いた様な、初めて味会う強烈な喪失感。


それでも彼が幸せならばそれでいい……


ロレンツォは、無理やりに自分に言い聞かせていた。






         back              top              next