A Stellar Sonata 5
『なによユフィ、人を呼び出しておいて、一体何があったの?』
『いいからニブルヘイムまで急いで!チケット家の事務所の奴からもらったでしょ!』
いきなりユフィに電話で呼び出されたティファは、無理矢理ニブルヘイム行きのバスに乗せられ面食らう。
『ティファが悪いんだから、もっとしっかりクラウドを捕まえておいてよ。』
ただ、その必死な電話の様子に、何かあったのだとは察していた。

あまり考えたくはなかったが。



ニブルヘイムに着いた時は夕方近く、雪が激しく降っていた。ゴールドソーサで合流したユフィは険しい顔で、口をつぐんだままだ。
宿舎の中に飛び込むと、ちょうどシドが笑って、ミーティングルームから出て来た所だった。


「よう、ユフィ帰ったんじゃなかったのか?あ、ティファも一緒か、この雪の中ご苦労だな。」
「ね、ロレンツォは?それとクラウドは?」

聞かれてシドは困った様に言った。

「それがよ、二人で朝からニブル山の魔晄炉跡に行ったんだが、この雪で降りられなくなってるんだ。雪が収まり次第降りて来ると、昼頃無線で連絡が来た。」

それを聞いて飛び出そうとするユフィを、ティファが慌てて止めた。

「どこに行くのよ、山は無理よ。下でこれだけ吹雪いているって事は、上の方は伸ばした自分の手ですら見えないわ。大丈夫よロレンツォさんならクラウドが一緒なんでしょ?クラウドはあの山とても詳しいわ。」
言われてユフィは首を振る。
「違うんだよ、違うんだよ、一緒だから……一緒だから……ティファは何も知らないから、安心してられるんだ。」
「どういう意味?」


その様子を黙って見ていたシドが、軽くため息をついて、手招きをした。
「ここじゃなんだから、オレの部屋で話そうぜ、コーヒーくらいならあるからよ。」


部屋で二人にコーヒーを出しながら、シドはユフィをたしなめた。

「だいたいの話はロレンツォから聞いたが、ユフィお前が悪いぜ、なんであんな嘘をついた。」
「だって、心配だったんだ、ロレンツォがクラウドにあんまり優しいから。」
「やっこさんはお前にだって優しいじゃないか、何を変に勘ぐって、クラウドを貶める様な嘘をついたんだ?」

ユフィはぐっとコーヒーカップを握りしめる。
「違うよ、全然違う、ロレンツォがクラウドを見る目は全然違うんだ、あたしにだってそのくらい解る。」

切なげに震える黒い瞳を見て、シドはこの娘もこんな顔ができる様になったのかと、妙に場違いな感想をもっていた。

「あの人があたしを見る目はしょうもない妹を見る目、でもクラウドを見る目は……だってあの人の目はいつだってクラウドを追っているじゃないか、それにクラウドだって……」

言いかけてユフィは、じっとティファの顔を見る。

「あたし最初、クラウドの恋人がセフィロスだったなんて嘘だと思った、でも今なら解る。だってクラウドのロレンツォを見る目……あたしはクラウドがあんな切ない目で人を見るのを初めて見たよ、今まで誰もあんな目で見ていなかった、ティファだって、エアリスだって。」

「ユフィ!」
シドが強い口調で制止する、その声でユフィは、言ってはならない事を言ってしまった事に気が付いた。

「ごめん…」
素直に謝るユフィに、ティファは辛そうに微笑む。

「いいのよ、本当の事だから、クラウドは今でもセフィロスを愛している、解っているのよ、そんな事。でもねユフィ、クラウドが愛しているのはセフィロスで、ロレンツォじゃないわ……そう、ロレンツォじゃないのよ、クラウドはそっくりなあの人を懐かしがっているだけ。」

ティファは自分に言い聞かせる様に、何度も繰り返した。

「…きっとそうよ…」



窓の外では止みそうもない吹雪が、ごーごーと激しい音を立てていた。








「やはり雪がやむのは、どう早くても明日の昼だな。」
窓の外を見ながらロレンツォがそう言った、クラウドも隣で軽く頷く。
ソファーなんてしゃれた物はなく、一脚しかない椅子は、脚が一本グラグラで使い物にならず、食事の後二人で、一つしかないベッドに腰をおろしていた。

「ブランディのいいのを持って来た、少しやるか?暖まるぞ。」
「ああ、もらおう。」
金属のコップに注がれる琥珀色の液体、それを何度か傾けながら、奇妙な沈黙が続く。


先にそれを破ったのはロレンツォだった。
「この間はすまなかった、私は何も知らなかったから……シドに聞いたよ。」
「べつに気にしてないさ、オレこそ酔ってあんたに迷惑をかけたよ。」
事も無げに言うクラウドに、ロレンツォは少し言いづらそうにきいた。

「そんなに似ているのか?」
「え?」
「私はそんなに似ているのか、セフィロスに。」


クラウドはコップから口を外して、隣の男を凝視する、自分に注がれる心配げな眼差し……似ているか?似ているかだって??……


「なんであんたが、そんな事を言うんだ……」
視線を落とし、低い声で呟くクラウドにロレンツォは慌てて言った。

「気を悪くしたのなら…悪かった、ただ知りたかったんだ、おまえの心をこれだけ捕らえている男が、どんな奴だったのか……」
再び沈黙が支配する、今度は微かな声でそれを破ったのはクラウドだった。

「似ているよ……」
顔を伏せたまま、呟くクラウドにロレンツォは無言でブランディを注ぐ。

「似ている、きっと髪の色と目の色さえ一緒なら瓜二つだ。でも顔だけじゃない、声も、話し方もそっくりなんだ、こうして目をつぶれば隣にいるのがセフィロスだと思うくらいに……」

クラウドはゆっくりブランディを煽る。
そう、錯覚しない様に、いつも自分に言い聞かせなければいけない程に。

「でも違うよ、あんたはセフィロスと違う、セフィロスはあんたみたいに誰にでも微笑みかけたりしなかった。人前で、あんたみたいに朗らかに笑ったりしなかった。セフィロスはどうしようもないくらい孤独だった、世間から英雄と呼ばれれば呼ばれる程、どうしようもなく孤独だった……」

ロレンツォの手が、無意識にクラウドに髪に伸びていた。優しく撫でながら、震える肩をそっと抱き寄せる。

「おまえがいたんだな、そんなセフィロスの唯一の救いが、おまえだったんだな。」
「違う、違うよ。」
クラウドは辛そうに首を振った。

「オレは救いにならなかった、狂って行くあの人をオレは止める事はできなかったんだ、オレが止めなきゃならなかったのに、オレがとめなきゃ……」


いつの間にかクラウドはすっぽりと、ロレンツォの胸に抱きしめられていた、心地よい懐かしい腕の中に。
「なんであの人は、最期にオレの名を呼んだんだ、どうしてあんな優しい微笑みを残して……オレを連れて行ってはくれなかったんだ……」

ロレンツォの腕の中で自分より強いはずの青年が、少女の様に儚く感じられる。そっと顎を持ち上げると、じっと見つめる潤んだ宝石の様な蒼い瞳、この瞳にセフィロスも魅せられたのだろうか?

自然に唇が重ねられた、クラウドは少し戸惑った様な顔をしたが、やがてゆっくりと目をつぶった。



優しく啄む様に口唇を何度も重ね、深く合わせる、ブランディの香りのする舌で、柔らかく口の粘膜を愛撫され、クラウドは背筋を震わせた。
どうしてキスの仕方まで似ているのだろうか?
かつて毎日の様に、クラウドを蕩かせたセフィロスのキス、どうして同じ顔で同じ声で、クラウドを惑わすのだろう?

いつの間にかベッドに横たえられていた、ロレンツォの掌が、薄いセーターを着たクラウドの胸をなで上げ、やがて裾をまくり上げ、中に忍び込む。
クラウドも、両手でロレンツォの広い背中を抱きしめ、久しぶりの愛撫に酔った。
熱い吐息と共に唇が外され、すっぽりとセーターを脱がされ、現れた白い肌に、ロレンツォがキスと共に赤い刻印を落として行く。
形のよい首筋から、胸元へ、手触りのよい滑らかな肌は、ロレンツォを夢中にさせた。
胸の紅点を唇で挟んで吼揺らせた時、上がった切ない声に、ロレンツォは思わず囁いていた。

「愛してる……愛してるクラウド。」
「オレもセ……」

言いかけて、クラウドははっとする、今自分を抱いているこの男はセフィロスではないのだ。
どれだけ同じ顔、同じ声をしていても、セフィロスではないのだ。


クラウドは、やんわりと男の身体を押しのけた、ロレンツォはじっとクラウドの顔を見る。

「何故?」
「違う、あんたはセフィロスじゃない……」
「だめなのか?私ではおまえの『セフィロス』にはなれないのか?」

じっと見つめる瞳は、翡翠の色をしていない、だけど、そう語りかける顔はセフィロスそのもので。

「だめだよ、オレはあんたとセフィロスの似た所ばかり探してしまう、そんなのあんたに悪い。」
「私がそれでいいと言っても?お前を本当に愛しているからそれでもいいと言っても?」
クラウドは苦しげに首を振る。

「そんなの駄目だよ、あんたがよくてもオレが自分を許せない、それにオレにはティファがいる、ずっと待っているティファが……」
「ティファを愛しているのか?それこそお互い不幸ではないのか?」
言外にロレンツォが言いたい言葉を感じ、クラウドはふっ切る様に言った。

「愛してるよ。」

そう愛している、いや愛さなくてはならないのだ、あの後ずっと自分を支え続けてくれた、優しい幼なじみを。
ロレンツォは引き下がらない、強い視線でクラウド見つめた。

「ティファのどこを愛している?」
いきなり問われ、クラウドは戸惑う。

「どこって、ティファは綺麗で、優しくて、気が利いていて、料理が上手で……」
「じゃあ、セフィロスは?」
「セフィロスは……」

クラウドは沈黙した、セフィロスのどこを愛しているって?
全てだ、セフィロスの全て。
あの優しさも、恐ろしさも、時折見せる寂しさも、そのどれをも愛している、セフィロスだったら全て愛せる。

沈黙したクラウドに、ロレンツォは静かに言った。
「解っているんだろう?自分でも。」
クラウドはしばらく黙っていたが、やがてゆっくり口を開いた。
「セフィロスはもういない。オレはティファと結婚するんだ、ごめんロレンツォ、お休み。」

そう言って身じまいを治し、靴を脱いで横を向いたクラウドに、ロレンツォはもう何も言わなかった。
ただ、背中越しに感じる青年の漏らす小さな嗚咽に、どうしようもないやるせなさを感じていた。






ニブルヘイムに戻ったのは、翌日の夕闇が迫る頃だった、結局丸一日以上山の上にいた事になる。
あれからロレンツォは何も言わなかった、何も言わずに優しくクラウドに笑いかける、まるで何もなかったかの様に。
それがクラウドには余計居たたまれず、いきなり訪ねて来ていたティファに少し驚きながらも、これ幸いと一緒に自分の部屋に引っ込んだ。


その様子を静かに見ていたロレンツォは、おずおずと声をかけて来たユフィに冷たく言った。

「なんの真似だ。」
「あたし、謝りたくって…」
「それでティファさんを連れて来たのか?私に二人を見せつけるために。」
「だってあの二人は婚約してるんだよ、きっと会いたいに決まっている……」

「ユフィ。」

刃物の様な鋭い声に、ユフィはびくっと身体を震わせる。
「はっきり言っておく、私はおまえを愛してはいない、最初からだ。」
「初めから?全然?」
震える声で聞き返す、どこかまだ子供の様な顔に、ロレンツォは容赦のない言葉を浴びせかけた。

「初めから、妹以上に思った事はない、だから無駄だ。どんな小細工を重ねても、私がおまえを愛する事はない。」
「じゃあ、誰だったら愛せるの?誰だったら……クラウドだったら愛せるの?」


それに答えず歩き出そうとするロレンツォに、ユフィが涙が混じった声で叫んだ。

「残念でした、クラウドが愛しているのはあんたじゃないよ、セフィロスなんだ、セフィロスなんだよ。あんたはただセフィロスに似ているから、クラウドは相手しているだけなんだよ。」
それを背に受けながらも、ロレンツォは振り向く事はなかった。

何度呼んでも、彼は二度と自分を見る事はないのだ。ユフィは、自分の初めての恋が、無惨に散った事を知った。






「どうだった、魔晄炉?」
「別に以前と変わっていなかった、建物もそんなに傷んでなかったしね。」
下の食堂で食事を受け取り、二人は部屋で食事を済ませた。
「電話くらい入れてくれたらいいのに。」
「ごめん、あのロレンツォって結構人使い荒くってさ、あちこちに引っぱり回されてたんだ。」
いつもと変わらない様に話すクラウドに、ティファは少しほっとする、やっぱりユフィの考え過ぎなのではないか?


一方、クラウドは落ち着かなかった、夕べあれ以上の事はなかったとはいえ、ロレンツォに直に肌を愛撫され、口づけを受けた、肌には、まだ唇の感触が残っている。自分でも不思議に思うくらい、素直に自分は、彼に肌を許していた。思い出し、ぞくりとする感覚に嫌悪感はない、むしろ……

だから、その感触を残したまま、ティファと延々会話するのはかなり気が引けた。

「ごめんティファ、オレシャワー浴びて来ていい?昨日入れなかったから。」
「あ、いいよ、待ってるから。」


バスタオルを持って、シャワールームに消えるクラウドの姿を目で追いながら、ティファはロレンツォの姿を思い浮かべていた、何か言いたそうな視線で自分達を見ていたロレンツォの姿を。
クラウドは違うかもしれないが、ロレンツォはクラウドに惹かれているのではないか、だからあんな目で自分達を見ていた?


目?

彼の瞳はあんな色をしていただろうか、初めて会った時はもっと濃いヘイゼルだった気がするのに、今の彼の瞳は少し薄く、ヘイゼルと言うよりどこか翠かかった様な……

気のせいだ、ティファは頭を振る、たいがい自分もユフィに毒されている、第一あの狂人とロレンツォを一緒にするなど、彼に済まな過ぎるではないか。


「お待たせ、ティファ。」
シャワールームから出て来たクラウドに、笑顔で振り向こうとしてティファの顔が歪む。
「どうしたんだ?」
それに気付いたクラウドが、怪訝な顔で問い返すがと、ティファは強張った顔でゆっくりクラウドを指差した。

「どうしたのそれ……誰がつけたの?」
言われて慌てて鏡に映すと、パジャマ代わりに煽ったTシャツの襟元からのぞく、赤い唇の跡。


「……あ……これは……」

黙り込むクラウドに、ティファは静かに問いかける。
「ロレンツォね、夕べ何かあったのね、ロレンツォと何かあったのね。」
「ティファ……あの人は悪くないんだ、オレが悪い……」

言いかけたクラウドの唇を、いきなりティファの唇が塞いだ、そのまま舌を差し込み絡ませる。
戸惑い、されるがままになっているクラウドから唇を外し、ティファはまっすぐにクラウドを見据えたまま、ブラウスのボタンを外した。


「な、何をティファ。」
そのまま無言で下着のフックに手を掛け、ゆっくりと外す。
「ティファ!」
露になった豊満な胸を正視していられず、赤い顔でクラウドは床に落ちたブラウスを拾おうとする。
その手を強い力で握りしめ、ティファは呟いた。

「抱いて。」
「ティファ……」
「お願いだから抱いて、クラウド。あの人より私を愛しているのなら、抱いて。」

ティファの黒い瞳には涙が浮かんでいた、ああ、自分は何度こうやってティファを泣かせたのだろうか。
いつも明るく皆の中心だった、優しい幼なじみ。
自分はいつだって、守りたかった、それなのにいつも泣かせてばかりいる。


「クラウド、駄目なの?私じゃ駄目なの?あの人ならよくて、私じゃ駄目なの?」

クラウドは無言でTシャツを脱ぐと、ティファを抱き上げ口付けながらベッドに運んだ。
喜びに微笑むティファの衣服を少しずつ剥ぎながら、柔らかい、他の男がうらやむ美しい肢体に手を滑らす。
腕に、胸に、脚に、唇と指を這わせながら、クラウドは妙に冷静な自分に気が付いていた。


ティファのあげる歓喜の声が、どこか遠い世界の様に聞こえる。
『愛しているよ』と時折囁く自分の声が、まるで壊れたボイスレコーダーの様で……

無理矢理頂点を刻み、身体を離した時、幸せな笑顔を浮かべるティファに、クラウドはぎこちのない笑顔しか返せなかった。
猛烈な悔恨が自分を包む、解っていた、こうなるのは解っていた、だからティファを抱きたくはなかったのだ。

そんなクラウドの様子に、ティファの顔が見る見る歪む。
クラウドはゆっくりとベッドから降りた、衣服を身に付けると、顔も向けずに呟く。
「ごめん、ティファ……」


ばたんと閉まるドアの音と同時に、ティファの口から嗚咽が漏れだした。





         back              top              next