A Stellar Sonata 2
「クラウド違うわよ、右、もっと右よ。」
「え?じゃあ、ここか?」
「違うってば、そこじゃバランス悪いでしょう?もっと右にずらしてみて。」
定休日の札が下がっているセブンズヘブンの店内では、クラウドが梯子に乗って、なにやら金づちを叩いている。

「ふー!この絵はここでいいだろう?次はなんだ?」
「あの窓枠が緩んでるのよ、それと、換気扇がね、最近吸い込みが悪くって、羽根が汚れて来てると思うのよね。」

クラウドが軽くためいきをつく。

「やれやれ、人使い荒いな。」
「あーら、そんな事言えた立場かしら?」
ちろっとティファに見上げられ、クラウドは慌てて両手を挙げた。

「解ったよ、この間の事はオレが悪い、今度から遅くなる時はちゃんと連絡を入れるから。」
頭を掻きながら梯子を移動させるクラウドを見て、ティファが笑う。
「反省しているのならよろしい、じゃあ、頑張ってね。」
「ティファ、昼飯ホットサンドな、マスタード利かせて。」
「はいはい、しっかり働いたらね。」

笑いながらティファは冷蔵庫からハムとチーズを取り出す、それと戸棚からマスタードの瓶とパン。
ハムを切りながら、窓枠の修理をしているクラウドを見て、どこかほっとする。

よかった、元のクラウドに戻ったみたい。




あの日客がみんな帰っても、クラウドは帰って来なかった。
そのままクラウドを待って、とろとろとうたた寝をして…どのくらい時間がたっただろうか?
ドアが開いた気配に飛び起きると、全身雪にまみれたクラウドが青い顔をして立っていた。
「どうしたのクラウド?何かあったの?」
クラウドは答えない、その瞳はぼんやりと虚空を見つめ、口の中でぶつぶつと、何かを呟いている。
「クラウドってば!」
握った手のあまりの冷たさに、慌てて熱いホットラムを作ろうとするティファに、呟きが聞こえた。

「いたんだ、確かにいたんだ…」

「クラウドどうしたの?誰がいたの?」
「セ……」
言いかけたクラウドは、初めてティファの顔を見た、そしてそのまま黙り込んでしまったのだ。
そのあと何を聞いても返事をせず、ただ仕事が長引いたとだけ、しかしティファの耳にはクラウドが途中で飲み込んだ言葉がしっかりと聞こえていた。


『セフィロス』


生きているのだろうかあの男が、まさかそんなはずが、あの男はもう5年も前に確かに葬ったはずだ、人ならぬ姿に堕ちたままで。

そしてクラウドは今でもあの男を?

……よそう、もう考えないと決めたではないか、もう過去には縛られないと。



「クラウド、ホットサンドにはアスパラも入れていい?」
「ああ、まかせるよ。」


こうやってこれから二人暮らして行くのだ、ずーっと、そう、ずーっと…


サンドイッチの焼けるいい匂いがして来た時に、呼び鈴がなった。
「すみません、今日休みなんですが。」

ティファがインターフォンで応対すると、陽気な声が響いた。

「幸せそうなお二人さんですなぁ、ゲンかつぎに占いしまへんか?」
「ケット・シー!」

クラウドが慌てて梯子を降りて、ドアを開ける。ドアの向こうには、デブモーグリに乗った陽気な黒猫ロボットが、両手に大きなバラの花束を抱えていた。

「どうしたんだリーブ?ケット・シーをよこすなんて。」
「何いうとるんや、この間のやり直しするんや今日は、もう他のみんなもそろうとるんやで。」
「え?他のみんなって?」
クラウドがモーグリの後ろを覗き込むと、ロケット村にいるはずののシドと、仏頂面をしたバレット。
「なんだおめぇ、この間自分の婚約パーティに遅刻したんだって?相変わらず甲斐性ねーぜ、でも大丈夫だ、このオレ様が仕切り直してやるからな。」
からからと笑うシド、隣のバレットは相変わらずぶすっとしているが、きっと彼が今回の仕切り直しを提案してくれたのだろう。

「ごめん、バレッド、気を使わせちゃって。」
「別にてめぇのためじゃねーぞ、ティファが可愛そうだったからだ、この甲斐性なしが。」
クラウドはもう一度礼を言った。
「ありがとう、まあ入ってくれ。」

シド達の持ち込みで楽しい宴会が始まった。
「ところでケット・シー、おまえのマスターはどうしたんだ?」
「それが聞いておくんなはれクラウドはん、仕事が忙しくてどうしても今日は来れんかったんや、その代わり、もう一人連れて来てるんやで。」
「もう一人?」

クラウドが首を傾げた時に、けたたましくドアが開いた。

「きゃーみんな、お久しぶり、元気してた?」
「ユフィ!」
入って来てのはウータイの元気少女、いやもう少女ではない、すっかり大人の顔をしたユフィだった。

「えっへっへ…うーんクラウドってあんまし変わらないね、ティファはぐっと艶っぽくなったってのに。」
「何生意気言ってるんだ、おまえこそもう少し大人のふりをしておけよ、嫁のもらい手がないぞ。」
おでこをピンとはねられ、ユフィがにっと笑った。
「へへへ…それが今回さ、あたし彼氏連れて来たんだよね。」

「えーー?」

爆弾発言にクラウドだけでなく、その場にいた全員が声をあげた時、外から控えめなそれでいて通りのよい声が聞こえた。

「ユフィ、本当にいいのか?みなさんの邪魔じゃないのか?」

クラウドの顔が強張る、まさか、今の声はまさか…

「大丈夫だよ、入って来ていいってば。」
遠慮深げに入ってきたのは、長身の男。


その髪は短かった、その髪は茶色だった、眼鏡をかけた瞳の色は魔晄の瞳ではなく、普通のヘイゼル、しかし…その顔は…その顔は…


「セフィロス!」

ティファもがたんと椅子を倒して立ち上がる、いや、シドもバレットも、ただ一人落ちついていたのはケット・シーだけだった。

「やだ、もうみんなったら違うよ、この人はセフィロスなんかじゃないよ、ロレンツォさんて言って、ずっとウータイに住んでる人だよ。」

周りの驚愕の視線に苦笑しながら、男はすっとクラウドの前に立った。
「よろしく、ユフィの友人のロレンツォ・ディ・ヴァレンティーノです。」
そう言って握手を求められ、クラウドは応じながらも目が離せない。

違う、セフィロスは人前でこんなに穏やかに笑わない、第一髪の色が違う、瞳が魔晄の瞳ではない、セフィロスであるはずがない…でも…

通った鼻筋、整った唇、切れ長の瞳…そしてよく通るバリトン…どうして顔だけでなく、声まで似ているのだろうか?

「まったくびっくりしたぜ、まあ、あの野郎のわけねーわな。」
シドがからからと笑った。言われてロレンッオも穏やかに笑う。
「まあ昔から似てるとは言われてましたが、ミッドガルでは特に言われますね、未だに英雄人気があるのでしょう。」
「あたしもさ、最初似てるなと思ったけど顔だけだよ、この人すごく優しいんだ、あんな人でなしとは全然違うよ。」

ティファがクラウドの顔を見る、すっかり蒼ざめて黙り込んだ顔を。

「はじめましてロレンツォさん、ティファといいます、ひょっとして一週間ほど前この町にいらっしゃいました?」
「ええ、どこかでお会いしましたか?今度こちらに、会社の事務所を作るもので先に来ておりました。」

クラウドが瞬間身体を強張らせる、やはりそうか、この間の夜クラウドはこの男の姿を間違えたのだ、かつての自分の恋人の姿と、そして探し回っていたのだ。


「ロレンツォさんはね、ホテルやリゾート関連の会社を経営してるんだ、オヤジのお気に入りでね。」
「今度手を広げようと思いまして、ニブルヘイムの開発を行うんですよ。」
「え?ニブル?」

それまで黙ってぼんやりと話を聞いていたクラウドが、思わず聞き返した。
「ええ、神羅のバックアップがもちろんあるのですが、ねえリーブさん。」
ロレンツォがにっこりとケット・シーの方を見る、ケット・シーは頭をかきかき、クラウドに言った。
「すんまへんな、クラウドはん、実はボクもこの間初めて会うたんや、この人があんたが今度一緒に仕事する『SAPHIR』の社長はんや。」

「ええっ?」

運命の輪が、再び音を立てて回りだした。








「ここの洋館は土台がしっかりしているから、リフォームすればそのまま使えそうですね。」
「ああ、巣食っていたモンスターは一掃したから、明日から工事に入れますよ。」
神羅屋敷の前でクラウドはロレンツォと打ち合わせをしていた。
ニブルヘイムに来て一週間になる、最初は戸惑ったクラウドだが、ようやく落ちついて仕事に取り組める様になった……あくまで表面上は。



セフィロスとロレンツォ、全然性格が違うじゃないか。
クラウドは一人述懐する。


セフィロスはクラウド以外の他人を拒絶する様な所があったが、ロレンツォは他人を躊躇なく受け入れる。
セフィロスはクラウド以外にめったに笑顔を見せなかったが、ロレンツォはニコニコといつも穏やかに笑っている。
セフィロスは……


もうよそう、とクラウドは頭を振る、二人の違いをあげようとする自分、裏返せばひょっとしたらセフィロスかもしれないと、疑っている事になるのだ、セフィロスが生きているのを望んでいるという事に……
自分はもうセフィロスの事は忘れようと誓ったばかりではないか、ずっと待ってくれていたティファのためにも。


「どうしましたクラウド君?疲れましたか?」

そう、セフィロスなら自分にこんな言い方はしない……

「いいえ、これくらいでは疲れませんよ。」
「そうですか、急に黙り込むから…あ、婚約者の事が気になっているんでしょう?奇麗なお嬢さんですものね、ほっておいて大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ、そんな心配はしてません。社長さんこそ、ユフィほっておいて大丈夫なんですか?」

あっはっは……とロレンツォは笑う。

「ユフィは私の妹みたいなものですよ、三年前にウータイの景勝地をリゾートにする時に、ユフィの父上のゴトー氏に大部お世話になりました、その時以来やたら懐かれていまして、でも可愛いですねあの子は。」
「そうやって段々好きになって行くんじゃないんですか?」
「おや、それはクラウド君の経験談ですか?」

こんなたわいもない会話をするのが実は少し苦痛だ、話せば話すほどセフィロスでないのが確信できるから……それなのに何故、彼の過去を聞いてしまうのだろうか?

「ずっとウータイにいらしたんですか?」
「いえ、ウータイには三年前からです、私は小さい頃からあちこちを転々としていたもので。」
「転々とですか?」
「うちの両親は学生結婚してかなり経済的に苦しかったらしいいんですよ、それで母は医者なんですが、手っ取り早く稼げる様に辺境の病院まわりをしてたために、あちこち引っ越しが多くて…」
母親がいるという言葉に、クラウドはなんとなくがっかりする自分を自覚する。

「小さい頃はミッドガルにもいたんですが、あまり覚えてないんですよ。」
「へえ、じゃあ今お母さんはどちらに?」
「母は父とアイシクルエリアの診療所にいます、父は自分で仕入れながら貿易商をしていたもので、留守がちだったんですが、私が自分で会社を立ち上げ、ウータイでの仕事を成功させたので、あとは母とのんびりするつもりのようです。」
「ご両親お元気なんですね、羨ましいです。」
「クラウドさんのご両親は?」
「父は子供の頃に亡くなりました、母は例のニブルヘイムの事件で……亡くなりました。」
クラウドの顔が思わず曇る、ロレンツォは気の毒そうな表情を浮かべた。

「ああ、魔晄炉の爆発事故で村が全滅した事件ですね、お気の毒に、『神羅』はその事実をもみ消すために、ここに偽物の村を作っていたんですよね。」

世間ではそういう事になっているが正確には違う、殺されたのだセフィロスに、ほとんどの村人が銀色の悪鬼と化したあの人に……



目をつぶると、今でもあの阿鼻叫喚の地獄絵が浮かんで来る。
凄まじい炎の中を逃げまどう人々、その人たちを一人ずつ、楽しげに長刀を振るい屠る堕ちた英雄。

燃え盛る炎を映す銀色の髪、狂気に彩られた翡翠の瞳、そして、返り血のひと雫すら浴びずに、炎の中にゆらりと浮かび上がる美しい長身。
美しかった、あの時のセフィロスは凄まじいほどに美しかった、血と炎と硝煙と、これほどまでに似合う男はいないと思った。
そして、狂った英雄にもはや自分の声は届く事はなく……



「どうしました?クラウドさん。」
「え?あ、すみません社長さん、少しぼんやりして。」

はっとして目の前の男の顔を見る、ひどく心配げな顔をして自分を気づかう男の顔を。
違う、この男には血も炎も硝煙も似合わない、同じ顔をしていても、この男はセフィロスではないのだ。


「すみません、私が嫌な事を思い出させたみたいですね。」
「いえ、大丈夫です、ところで屋敷の中を見ますか?大丈夫と思いますが念のため一緒に行きますよ。」
「それはありがとうございます、ところでこれから長い付き合いになるんですから、『社長さん』は止めてもらえませんか?」
「え?でもなんて呼べば。」
「『ロレンツォ』でいいですよ、私もあなたの事を『クラウド」と呼びます、そして敬語も止めましょう…いえ、やめよう。」

確かに、この先長いのだから敬語で話すと疲れるだろう、クラウドは少し戸惑ったが、さして不都合もないので承知する事にした。
「解った、ではよろしくロレンツォ。」
その返事にロレンツォはにっこり笑う。
「じゃあ、クラウド屋敷の中に入ろうか、今日の夕食の後は酒につき合ってくれよ。」

クラウドの顔が一瞬強張った。
それに気付いたロレンツォが笑って手招きする。
「どうしたクラウド?先に行くぞ。」
「あ、ああ、行こう。」
穏やかに笑うロレンツォの後を、慌ててクラウドは追って行った。



「クラウド、その上の部屋には何があるんだ?」
「クラウド、そのピアノはまだ使えそうだ、傷をつけるなよ。」
「クラウド、この部屋は見取り図にはないんだが。」
「クラウド…」
「クラウド…」


セフィロスの声だった、忘れもしないセフィロスの声だった。
優しく自分の名を呼ぶ、通りのいいバリトン…
あれほど焦がれた、セフィロスの声だった。

たとえ全くの別人が出していようとも…


もう一度呼んでよ、オレの名前を
もう一度呼んでよ…


胸が詰まる、涙が溢れそうだ…
クラウドは屋敷の灯りがまだ復旧していない事に感謝した。




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