Encounter …邂逅…  6
…ン…水…
柔らかい物と一緒に流し込まれた水を、クラウドは夢中で飲み込んだ。
次々に流し込まれる水をこくこくと飲み干し、意識がゆっくり浮上するのを感じる。
ゆっくり目を開けると、優しい茶色の瞳が目の前にあった。

「な…」
セフィロスはゆっくり唇を外した。
「気付いたか?もう一人で飲めるな。」
柔らかく笑うと、口移しで飲ませていた水をクラウドに渡す。
クラウドは赤い顔をして受け取ると、夢中でそれを飲み干した。

一息ついて気付く、ここは最初に野営していたところだ、男達は?森の火事は?

「あ、あの…オレを追い掛けてた人たちは?」
「さぁ?オレは倒れたおまえを見つけただけだ。」
「そうですか…でもあの森、火事になってましたよね。」
「オレが戻って来たときには消えていたぞ、湿っていたから、そんなに広がらなかったんじゃないのか?」

実際は、クラウドを案じたセフィロスが魔法で消したのだが、そ知らぬ振りをしておいた。
「おまえ、やはりミッドガルに行くのか?」
確認する様にそう問われ、クラウドは即答する。
「はい、そのために来たんです。」
「何をしに?」
「ソルジャーになるために。」
「そうか…」
予想通りの答えにセフィロスは短くため息をつくと、くしゃっとクラウドの頭に手をおいた。
「一息ついたら出発するか、ミッドガルまで送ってやる。」
「え?」
驚いて見上げる蒼玉の瞳を、茶色の瞳が優しく見返す。
その奥に、不思議な翡翠の色が不思議な色を放ちながら、温かく輝くのをクラウドは見た気がした。


ミッドガルについたのは夜だった。
バイクに乗せられ、ついた所は高層マンション、そんな建物を見たこともないクラウドは、あんぐりと口を開ける。

「オレの家だ、どうせ今晩、行く所はないんだろ?泊まってけ。」
自動でドアが開くのにびっくりし、エレベーターに悲鳴を上げそうになり、クラウドは面白そうに笑う男をバツが悪そうに睨みつけた。

「仕方ないでしょう、ニブルにはこんなの無かったんだから。」
「ニフル?ニブルヘイムか?遠くから来たんだな。」
そう言って、エレベーターから降りるよう促され、一歩踏み出してびっくりした。
…何?ここ、家の中?
エレベーターホールの横は全面ガラス張りだった、そこから見える宝石箱をぶちまけたかの様なミッドガルの夜景…生まれて初めて見る、恐い様な美しい景色にクラウドは声も出ない。

「何してる?中に入るぞ。」
手招きされ、ふわふわした足取りでクラウドは、見たことも無いような立派な玄関から中に入り又硬直する。
…広い…本当に家の中か?ここ…
今まで大きな家といえば、ティファの家だった、しかしこことはとても比べ物にならない、内装も広さも。
シンプルだが豪奢な造り、どことなく木の匂いのするような…だがそれでいてどこか無機質だった。

「まあ、座れ。」
足下まで埋まりそうなふかふかのじゅうたんを踏み締め、リビングのレザー張りのソファーに座る。
…なんか夢の中にいるんじゃないだろうな…

「…好きか?」
「え?な、なに?」
あまりの事にぼんやりして聞き返す。
「ハンバーグは好きかと聞いている、もう夕飯時だ、ソレくらいなら作れる材料があったからな。」
クスクス笑う男に、クラウドは言いにくそうに答えた。
「…知らない…食べた事ないから…」
男は一瞬目を見開いたが、優しく笑った。
「じゃ、それでいいな。」
こくんと頷くと、男はドアの向こうに消えた。

…なんだか疲れちゃった…
売られかけて、逃げ出して、捕まりかけて、又逃げ出して…
とてつもなく長い一日だった、身体がだるい、寒気がする…



「メシができるまで、これでも飲んでろ。」
ミルクを片手にセフィロスが戻って来たとき、クラウドはぐったりとソファーに横になっていた。
「寝たのか?」
近付くと息が荒い、顔が真っ赤だ、額に触ると高熱を発している。

…回復魔法で代謝を加速させ過ぎたか!?
セフィロスは軽く舌打ちする、カタカタと震えながら高熱を発する華奢な少年の身体…
抱き上げて寝室に寝かせたが、このまま朝まで様子をみてもいいのか解らない。
…医者に見せた方がいいんだろうな…しかし医者か…

自分の知っている医者は、できるなら自宅に呼びたくない奴ばかりだ…いや、一人だけいたか…
セフィロスは電話を取ると、番号をプッシュした。


「…軽い気管支炎を起こしてるみたいだ、ひどい緊張を強いられたのと、疲労が蓄積されたのもいけなかったんだろう。」
クラウドを診察した若い医者は、ゆっくりとした口調でそう言った。

「急に呼び出してすまない、ウォルター。内科はあまり得意でなくてな、特に小児科は。」
礼を言われたウォルターという医者は、軽く目を見張った。
「同じマンションに住んでいるんだ、別に構わないが、あなたにお礼を言われるとは思わなかったよセフィロス。何ものだ?この子?」
「カームの近くで拾った、それだけだ。」

…それだけにしては、やけに優しい目をする…
不思議に思いながら、テキパキと注射の準備を始める。

「今から抗生剤をうつ、12時間後にもう一度うってくれ、できるだろう?熱が下がらないようなら、この薬を飲ませてなるだけ水分をたっぷりと、もし吐くようなら点滴に来てやるからいつでも呼んでくれ。」
「解った、すっかり士官学校の医者が板について来たな。」
「まあな、あそこは気楽でいい、もうオレは戻る気はないよ。」
薄い茶色の髪と黒い瞳をしたウォルターは、少し儚気に笑う。
「今でも、ラボの連中に戻って来いといわれてるんだろう?かつての天才少年ウォルター=スティン博士。」
「君なら戻りたいかい?英雄セフィロス?」
一瞬沈黙がその場を支配した、しかし数瞬の後、セフィロスが口を開く。

「悪かったウォルター、忘れてくれ。」
「別に…気にしてないよ、じゃあな、薬ここに置いておくからな。」

ウォルターが帰ったあと、セフィロスはクラウドの口を割って薬を飲ませる。
手足は氷のように冷たいのに、身体は燃える様に熱い。
「…寒い…さむいよ…」
うなされるクラウドをの横に潜り込み、冷たい手を自分の胸の中に入れてやる。
ぬくもりを求めてしがみつくクラウド、懐かしい、優しい感触…
髪を漉きながら、セフィロスは腕の中の柔らかく小さな存在がたまらなく大事だった頃を思い出していた。


目が覚めると、心配げな翡翠の瞳が自分を見つめていた。
そして、彼の腕に包まれて眠っていた事に気が付く。
「あ、あのオレ…」
「熱を出してぶっ倒れたんだ、丸一日寝てたぞ。熱も下がったし、もう大丈夫だろう。」
「す、すみません、迷惑ばかりかけて…」
「オレが好きでやってることだ、それより何か食うか?」
「えーっと…」
「しばらくここにいていいぞ、どうせ入学試験のあと2ヶ月近く行くとこないんだろう?」
「はい…」

この人なら信用できる、素直にクラウドはそう思った。
「よかったら、御願します。でもただ置いてもらうんじゃ悪いから、オレなんでもします。掃除とか、洗濯とか、料理も作れます。」
「そうか?じゃあ、元気になったら頼もう。とりあえず今日のメシはオレが作る。おまえは体調がもどるまでじっとしていろ、解ったな。」
「はい」
結局はそれが一番だろう、クラウドはお礼を言おうとして、固まった。
「あ、あの…」
「なんだ?」
「か、髪が…」
「ん?」

男の長い髪が毛先からみるみる色が抜けていく、流れる様な黒髪が、月の光を集めた様な輝く銀色に…
「ああ、もうそんな時間か…オレの髪はどんなもので染めても、2日程しかもたないんだ。」

事も無げに言う男に対して、クラウドは言葉がでない。
…この銀色の長い髪…まさか…
「ひょっとして…英雄セフィロス?」
軽く眉を上げてセフィロスは訂正する。
「ただの“セフィロス”だ。」
「で、でも…」
「違うか?オレはただの“セフィロス”だ。」
翡翠の瞳に寂し気な影が宿る。
…爺ちゃんと一緒の目だ…孤独な何もかも諦めきっている目…

クラウドは、しばらくセフィロスを見つめると、にっこりと笑った。
「…セフィロス…助けてくれてありがとうごじました。」
それは、セフィロスが今まで散々見て来たご機嫌とりの笑顔とは違う、純粋のお礼の笑顔。

「あなたが英雄であろうとなかろうと、あなたはオレを助けてくれた、ありがとう。」
もう一度礼をいうクラウドの頭をくしゃっとかき混ぜると、セフィロスも柔らかく微笑む。
「待ってろ、うまいメシを作って来てやるから。」
その温かい掌が、憧れていた英雄でなく、生身の人間であるセフィロスという存在をクラウドにしっかり感じさせる。

「ところで、まだ名前を聞いてなかったな。」
「クラウドです、クラウド=ストライフ。」
「解ったクラウド、メシができるまでもう少し眠ってろ。」
毛布をかけられ、優しく背中をぽんぽんと叩かれ、恥ずかしいような、くすぐったいような不思議な気持ちでクラウドはゆっくり目を閉じる。

この出会いが、自分を大きな迷宮に引きずり込ませる序章とも知らずに…