Only Pair…比翼… 4
目が覚めて、無意識に隣に手を伸ばす。
小さな温もりはそこにはない。

セフィロスはため息をつくと、髪を掻き上げながらゆっくりと起き上がった。
クラウドと過ごしたのは三ヶ月ほど、それなのに、どうしてこうベッドが広く感じるのだろう。
柔らかな温もりがそこにないと言うだけで、空気が寒々とするのは、何故なんだろう。

腹は空いているが食欲はない、緩慢な動きで冷凍庫を開け、凍った、できあいのソーセージと野菜のプレートを取り出す。電子レンジ放り込むと、インスタントスープをカップにあけ、お湯をそそいだ。
インスタントは嫌いだった、舌に残る化学調味料の風味も、人工香料の臭みも、昔、嫌と言うほど食べ慣れた味を思い出すから。
セフィロスが自分で料理を始めたのは、そう言った物から逃れたかったからだった。しかし、今、何を食べても味を感じない、あれほど嫌いだったインスタントの風味も、何もかもどうでもいい。

温めた物を機械的に口に放り込み、租借し、飲み込む。そう、昔は食事とはこういうものだった、ただ、栄養を摂取するだけの行為。
向かいに温かい笑顔があって、これが美味しいとか、次は何を作ろうかとか、そういう会話がよけいに料理の味を柔らかくする事もなかった。1人で食べるより、二人で食べる方が、より美味しく感じるという事も。

テーブルの上に、白い子ネコのついた砂時計がある。戸棚の奧に隠れていたので、クラウドの物を送る時に、気付かなかった。
これを買ってやった時、金髪の少年は、弾ける様な笑顔で言ったのだ。
『ありがとう、これで俺、セフィロスに美味しいお茶が入れてあげられるよ。』

やはり、これは捨ててしまおう、いいや、いっそ引っ越してしまおう。この家にいる限り、どこにいてもクラウドの影を感じてしまう。自分が、ひとりぼっちなのを思い知らされる。元々ずっと1人で住んでいたのだ、この家に愛着があるわけでもなく、引っ越して、すっきりとした気分で新しい生活を始めればいいのだ。

クラウドの匂いのする物、全てを忘れて……

できるのか?今の俺に……

セフィロスはため息をつくと、砂時計をひっくり返した。ピンク色の砂が、さらさらと流れていく。

一人きりの室内に、静かな音がいつまでも響いていた。


ザックスは不景気な表情で、キーボードに向かっていた。室内の空気が重い、耐えきらないくらい重い。普段なら司令部の中は、軽口が飛び交い、陽気なブラックジョークの応酬で、楽しく仕事ができるのだ。しかし、今、空気は普通の会話をするのですら、重い。

原因は言わずもがなに解っている、あれ以来暗い顔をして、職場では最低限の口しか聞かないセフィロスだ。昨日、レオと二人セフィロスを連れ出したのは、この状況を打開すべく、セフィロスの尻を叩いて、クラウドと話をさせるつもりだったのに。



『怖い、会うのが怖い』


と、きたもんだ。
正直ザックスは、セフィロスがここまで色恋沙汰に、不得手だとは思っていなかった。自分の知る限り、去る者追わず、来る者拒まずで、いつもスマートに女の子と付き合っていたはずなのだ。

スマートに?

そういえば、と、ザックスは思い出す。
以前セフィロスと付き合っていた子が言っていた。『寂しい』と

『会いたいとは言ってくれないのよ、いつも誘うのは私からだけ』
『自宅に行きたいと言っても、「ダメだ」って言われるのよね』
『会って、食事して、ホテルでセックスして、これって付き合っているって言わないよね。』


そうしてみんな、自分から離れていくのだ『愛されていなかった』事を自覚しながら。


そう、自分が知っている限り、セフィロスは彼女達に、プレゼントどころか、花束の一つもあげた事はない。デートのコースに悩んだ事も、突然の任務でデートがおじゃんになって、必死で謝ったという話も聞かない。

あれは、後腐れの無いように、付き合っているだけかと思っていたが、そうではなかったのか。

クラウドが、義務的に自分を受け入れたのかもしれないというだけで、面と向かって会う事も出来ないセフィロス。あの白皙の美貌と、クールな雰囲気で、勝手に色恋沙汰にもスマートだと思いこんでいたが、単に、恋をした事がなかったのでは。
今のセフィロスの態度を見ていると、初恋の女の子に告白して返事を保留された時、翌日その女の子の前から、逃げ出したくなった自分を、思い出してしょうがないのだ。


『にーさん、マジ初恋なんじゃぁ……』

思考を中断させられたのは、いきなり頭をこづかれたからだった。

「え?なんだよ、兄貴。」
怪訝そうな顔で見上げると、レオがクイと、扉を指した。

「連隊長、食事に行ったぞ、今から作戦会議だ。」
「え?ひょっとして、昨日のリベンジ?」
気が付くと、ロイドとジャックも後ろに立っていた。

「当たり前です、このままでいいわけないでしょう、こんなお葬式みたいな職場、胃が痛くなりますよ。家でも、明るげに振る舞ってはいるけど、元気のないクラウドを見ているのは可哀想だし。」
ロイドが首をすくめて言うと、すかさず、隣でジャックが苦笑する。
「全くだ、お茶がまずくてしょうがない。俺もあいつが、ここまでお子様だとは、思っていなかった。セフィロスは自業自得だが、クラウドを見てられん。」

いつもの雰囲気、いつもの軽口、ザックスはにっと笑った。
「で、俺はなにをすればいいんですかい、おやじ殿」




「クラウド、ブラウニーを焼いたんだが、お茶にしないか?」
ドア越しに声をかけられ、クラウドは慌てて1/35神羅兵の箱を置いた。ドアを開けたジャックはそれに気付き苦笑する。
「どうした?その箱あけていないのか?せっかくもらったんだろう。」
「これ、俺がもらう理由、ないんです。」
そう言って俯いてしまった少年の頭を、ジャックはポンポンと叩いた。

「解った、とりあえずお茶にしよう、今日のブラウニーはいいできだぞ。ダイニングにおいで。」


ダイニングには、焼きたてのブラウニーと、コーヒーのいい香りが漂っていた。
「まあ、食ってみろ、美味いぞ。」
勧められて、口に入れる。

「あ、美味しい。」

さっくりと焼けたブラウニーは、本当に美味しかった。どうしてあんな無骨な指で、こんな美味しいお菓子が焼けるのだろう。ソルジャーは不思議だ、セフィロスの焼いたお菓子も、美味しかった。レモンタルトにチョコレートケーキ、オレンジスフレにアップルパイ、見事な手際で焼いてくれた。

『おまえが喜んで食べるから、レパートリーが広がったぞ。』
『甘い物、苦手なのかと思ってた。』
『そんな事はない、美味い物ならなんでも好きだ。』
笑顔がとても優しかった。


急に黙り込んだクラウドに、ジャックはゆっくりと話しかける。

「セフィロスが恋しいか?」
ぴくっと、金色の髪が揺れる。しかし、次の瞬間クラウドは、無理に笑顔を作って何もなさげに答えた。
「え?そんなわけないです。」
「クラウド、一度聞きたいと思っていた。」

コーヒーを注ぎながら、ジャックが再度問いかける。
「おまえはセフィロスの事を、どう思っているんだ?」
「どうって……」
「答えにくいか?じゃあ、質問を変えよう、おまえはセフィロスを許してやれるのか?」」

その言葉で、今まで自信なげだった蒼玉の瞳が、鋭く輝いた。
「許すって、どういう事ですか?セフィロスは、別に俺が許すなんて事、何もしてません!」

まるで糾弾するかのようなその勢いに、ジャックがにっと笑う。
「そうか、じゃあ、セフィロスが迎えに来たら、おまえは帰るのか?」
「帰れません、いえ、帰れません。」
きっぱりとクラウドは答えた。

「どうしてだ?セフィロスが何も悪い事をしていないのなら、帰れるだろう?」
「違うんです、帰れないんです、あそこには……俺がこれ以上側にいたら……」
途端に切なげになる蒼い瞳、静かな口調でクラウドは続ける。


「セフィロスがずっと罪悪感を感じてしまう、俺に気を使ってしまう。それが俺は嫌なんです、たった一回、間違いを犯しただけで、俺にずっと縛られる。そんなの嫌なんです、そんなの駄目なんです。」


「それが、セフィロスを愛したおまえのプライドか?」

しばしの沈黙があった、クラウドはスプーンでカップをかき混ぜていたが、やがてぼそりと呟いた。

「解りません。」
「解らない?」

「解らないんです、俺……ただ、セフィロスの邪魔になりたくない。セフィロスの枷になりたくない、セフィロスに迷惑かけたくない……」

我慢していたのだろう、最後の方は涙声になり、肩を震わせながら呟く少年に、ジャックは諭すように言った。

「それが、おまえのプライドだ『セフィロスに対等に愛されたい』という、おまえのプライドだ。」
「愛されたい?」
「そうだ、愛しているから、負担になりたくない。愛されたいから対等でいたい。大変な奴に惚れたな、クラウド。」

思わず赤くなった少年に、ジャックは楽しげに笑った。この素直な少年を見ていると、何か手助けをしたくなってくる。息子と同い年だから、というわけでもないだろうが。

「昔話をしようか、おまえ、ロイドに、俺が離婚していて、息子がいるのは聞いたんだろう?」
静かなその声は、少し自嘲気味な響きを伴っていた、気付いたクラウドは不思議そうな顔で、ジャックを見上げる。

「はい、俺が使っている部屋、本当は息子さんに使ってもらうはずだったんでしょう?」
「他に何か聞いたか?」
問いかける顔は、答えが解っているようだった。クラウドは迷いながらも、聞いたままの答えを口にした。

「離婚調停の時、週に1回の息子さんへの面会権は保証されていた、だけど奥さんは頑なにそれを拒否しているんですよね。」
「そう、俺が男に走ったのが、よほどショックとみえてな。女としてのプライドをいたく傷つけたらしい。」
「ロイドさんは言っていました、自分の我が儘であなたにすまない事をしているって、あなたが持っていた普通の家庭を、とても大事にしていた家庭を、自分がめちゃめちゃにしてしまった……だけど……」
「だけど?」


「それでもあなたが、どうしても欲しかった、って……」


ジャックは満足げに笑う、この男はちゃんと解っているのだ、ロイドがずっと罪悪感を抱いている事を、罪悪感を抱いてまでも、自分を欲しがったという事を。

「クラウド、ロイドの結婚前のフルネーム教えてやろうか?」
「え?」
「ロイド・リンクス・フォン・バッテンベルク、すごいだろう?」
クラウドはきょとんとした、なんだかすごく由緒ありげな名前だ。ロイドは軍人とは思えないほど、物腰が洗練されて美しく上品だ、やはり育ちがいいのだろうか。

「俺との事がなければ、第24代バッテンベルク家の当主になるはずだった。バッテンベルク家というのはな、古くは北コレル一帯を領地として持っていた家柄だ。家系の古さから言えば、神羅など問題にならん。いわゆる上流階級、ブルーブラッド=高貴なる血筋って奴だ。」
「へえ、凄いんですね、ロイドさんは。」
「あいつが入ってきた時はな、お貴族様のお坊っちゃまが、何を好きこのんで実戦部隊に、どうせなら後方でふんぞり返ってりゃいいのに、とみんなで言ってたもんだ。」
「でしょうね。」

「そのお坊っちゃまが、華奢ななりして強くってな、嫌がらせにいった奴らは全て返り討ちにされた。戦場でも動きは的確で、俺は同じ部隊で、奴ほど頼りになる相棒はいないと思った。」
ジャックは懐かしげに続ける。

「完璧主義で、仕事は早い、少し神経質だが、他人には不干渉。クールなようにみえて、実はシャイ……俺はたぶん無意識に魅かれていたんだろう、告白された時、不思議と嫌悪感はなかった。ただ、思った、この想いを受け入れたら、こいつの将来を俺は全て摘み取ってしまうと。」

「ミッドガルでは、ゲイはわりと認知されているが、バッテンベルク家がそれを許すはずがない。ロイドには、産まれながらの許嫁もいたしな。俺自身にしたって、息子がまだ6歳、女房とは少し倦怠期に入っていたが、仲は良かったし、息子は可愛かった。想いに応えるには、それを全て捨てなければならない。しかし、俺はそれでも受け入れる事を選んだ。」
その眼差しはどこか傷ついていた、しかし、どこか誇らしげでもあった。この年の大人が、こんな目をするのを、クラウドは以前見た事があった。


「たとえ、どれだけ、周りとあいつ自身を傷つけようと、俺はあいつが欲しかったんだ。」
ジャックは静かな瞳でクラウドを見ると、笑った。

「で、未だに互いに思っているのさ、相手の家庭を壊してしまった、相手にすまないと。実際は俺は家庭を捨てた事は後悔してないし、あいつも家を捨てた事は後悔してないだろうに、おかしいだろう?」

「で、結局俺がいいたいのはだな、クラウド。好きな相手に迷惑をかけるとか、枷になるとか、そんな事は考えるな、という事だ。迷惑をかけられるのも、縛られるのも、好きな相手ならかえって嬉しい。」
「でも、俺は、セフィロスに愛されているわけじゃ、ないんです。あれは、ただの成り行きだったんです。俺以外の誰でも、セフィロスは良かったんです。」
「おまえは、セフィロスがそんな奴だと、思っているのか?」
ぴくっ、とクラウドの身体が震える。

「気が弱っていれば、誰とでも気軽に寝る奴だと、本当に思っているのか?」

俯いてしまった少年は、返事ができなかった。




       
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