Only Pair…比翼… 3
「ただいま。」

リビングに響いたジャックの声に、クラウドは身体を強ばらせた。今日はセフィロスが帰ってくる日だ、自分が家から出た事を、セフィロスはどう思ったのだろうか。

「お帰りなさい、早かったですね、もっと遅くなるかと思ってましたが。」
ロイドの問いかけに、ジャックは溜息をついた。
「俺もそのつもりだったんだが……クラウド。」
どきり、としておずおずと顔を上げたクラウドに、ジャックは優しい顔で箱をさし出す。
「おまえに土産だそうだ、1/20神羅兵のジュノンバージョンプレミアムセット。」

受け取った箱はずしりと重い。プレミアムセットというだけあって、人形だけではなく、アクセサリーも色々と充実しているのだろう。

「明日おまえの着替えとか、言付けるそうだ。」
クラウドは困った様な顔をした。
「持ってこなくていいと伝えてください。あれ買ってもらった物だから、俺のじゃないし。」
「そうは言ってもセフィロスだって困るだろう?まさか自分で着るわけにもいかないし。」
クラウドはしばし無言だったが、こくんと頷いた。

「ありがとうございました。」
礼を言って、暗い気持ちで与えられた部屋に引き上げる。


箱を机に置いて椅子に座った、綺麗に包装された包みを開けると、木目を印刷した重厚な箱が現れた。箱には、ジュノン基地のパノラマをバックに、銃を構え、突撃する神羅兵の姿が、様々なポーズで写っている。箱は大きく、2段重ねで、セットの中身の充実さが伺えた。

ニブルヘイムにいた頃、近所の子供たちは皆1/20神羅兵を持っていた、持っていなかったのは自分一人。
羨ましかった、雑誌やテレビで新シリーズが発売される度に、欲しくて溜息をついていた、だけど負担をかけたくなくて母に言い出せなかった自分。
いつか絶対あれを買って、部屋中に飾ってみよう、新品の箱を開ける時はどんなにドキドキするだろう。

そう思っていたのに、この豪華な箱を見ても、わくわくどころか、自然に心が沈んでくる。

いらない、こんなものいらない、俺が欲しいのは……


クラウドは箱を横に押しやり、机に突っ伏した。自然、涙がにじんでくる。
もう、あの家には帰れない、二度とあの家には帰れない。
眺めのいいベランダ、使い勝手のよいキッチン、広くて落ち着くリビングルーム。セフィロスは、コーヒーは苦みが強くてコクのあるのが好きで、上手にいれて、美味しいと言われた時にはとても嬉しくて……
もう二度とあの笑顔を見る事もない、もう二度と。


何げに目をやり、自分の二の腕が目に入った。袖をめくると内側にまだうっすらと、セフィロスの唇の跡が残っている。

クラウドは、そっとそこに唇で触れた。





「うーん難しいな。」
コーヒーを飲みながら呟くジャックに、ロイドが問いかける。
「難しいって、セフィロスはなんて言っているんですか?ずっと、うちで預かってもいいって言ったんですか?」
「いいも何も、ショックがひどくてな、話にならん。」

「ショック?」
「俺は正直、あそこまで、奴さんが色恋沙汰に疎いとは思っていなかったよ、年相応のレベルはあると思っていたんだが……」
はーっと溜息をついて、ジャックは首を振った。

「セフィロスは、クラウドが自分を拒絶したと思っている。そうじゃない、クラウドはまだ子供だから、自分の気持ちが整理できないだけだと言っても、ダメだった。」
「全くあの坊やは!」
ロイドはやれやれと肩をすくめる。

「人には偉そうに説教したくせに、それでどうするんです?」
「とりあえず、時期をみながら双方の誤解を解くしかないな、あれだけショックを受けているんだ、セフィロスはクラウドを愛している、これは間違いない。問題は、それをどうやってクラウドに解らせるかだ。」
「クラウドは子供ですからね、セフィロスが、どれだけ切羽詰まったいたかは察せられても、それがどうして自分に向けられたのかは解らないでしょう。」

顎に手を当て、ジャックが頷く。
「俺は、セフィロスを連れてきて、クラウドに告白させれば、話しは済むと思っていた。ついでに、親父の代わりに一発ぶん殴ってな、しかし……」
「今のセフィロスでは到底無理そうだ、という事ですね。」
「ああ、殴るまでもない、まるで幽霊みたいな顔色だったよ。」




翌日、届けられた段ボールを開けて、クラウドはますます落ち込んだ。
入っているのは衣類だけではない、リボンの猫のマグカップ、スリッパ、歯ブラシ、クッション……あの家で、クラウドが使っていた物が全て入っていた。もうあの家に、自分が居たことを思い出させる物は、何もない。
これを箱に詰めながら、セフィロスはどういう気持ちだったのだろう、もう2度と俺と関わらなくてすむと、内心ほっとしたのだろうか。

きっとそうに違いない、でなかったら、こんなにあっさりと即日に送ってはこないはずだ。俺が出て行って、余計なトラブルにならなくて、安心したんだろうな。

俺は一つだけセフィロスに、恩返しできたんだ。


よかった……そう思わなければならないのに、そう思いたいのに……

セフィロス、今頃何をしているだろうか、やっかい事が片づいて酒でも飲んでる?


ぱたんと箱を閉じると、クラウドはベッドに横になった。
悲しみで、潰れそうになりながら。





「だから、なんでそんな事したんだよ!」
「なんでって、いけなかったのか!?」
どなりつけるザックスに、セフィロスはイライラと返した。

「ジャックが『当座の着替えは用意したが、数が少なくてな、持ってきてくれ』と言うんで、色々不自由だろうと思って、家で使っていた物全部を言付けただけだ。おまえだって、歯ブラシとか、カップとかスリッパとか、自分のやつが使い易いだろうが。」
カウンターに叩き付ける様にグラスを置きながら横目で睨みつけられ、ザックスはがっくりと項垂れる。

「だめだ、こりゃ……」
せっかくレオと二人でセフィロスをバーに連れ出して、話しをする事に成功したのに、ここまでズレているとは思わなかった。

「何がダメなんだ?」
それでも『ダメ』の中身が気になるらしいセフィロスに、ザックスは溜息をつきながら答える。

「あのな、あんたがやった事は『クラウドに二度と家に来るな』と言ったと同じなんだよ。」
「どういう事だ?俺はそんなつもりは全然ないぞ!」
気色ばんで食ってかかるセフィロス、ザックスはあっけにとられた。こんなセフィロスは見た事がない、あからさまに感情を露わにしてうろたえるなど。

「連隊長、落ち着いてください。」
それまで、ザックスの反対側で、静かに二人のやり取りを聞いていたレオが、いきなり淡々とした口調で口を挟んだ。
「つまりはですね、連隊長、クラウド君は『荷物を取りに来る』を理由に、連隊長の家を訪れる事ができなくなったって事なんですよ。逆に言えば『二度と来て欲しくないから荷物を全部送った』と、言ったに等しいわけで。」

セフィロスの口が、小さく「あ」と形作る、慌てて携帯を片手に立ち上がろうとして、ザックスに止められた。
「どこ行くんだよ。」
「ジャックに電話して、荷物を送り返してもらう。」
「あんたは、アホか!も、俺ダメ、兄貴助けて……」
「連隊長、それは今更無理ですよ。」

焦る二人に、セフィロスは真顔で問う。
「無理なのか?」
「当たり前です、クラウド君から取り上げて、送り返してもらう気ですか?」

憮然として座り直したセフィロスに、二人は更にたたみ掛けた。
「だいたいさ、あんたどうしたいわけ?あんたが今真っ先にやる事は、クラウドに会いに行って謝る事だろーが!」
「連隊長、副長がわざわざ『着替えを』って言ったのは、それを届ける名目で、クラウド君に会いに来いって事だったと思いますよ。」
「そうだったのか?何故言ってくれなかったんだ。」

初めて気がついたと言わんばかりの顔に、ザックスはボリボリと頭を掻き、レオは溜息をつく。さっきから万事がこの調子だ、この鈍さは天然なのか?


「っていうか、あのさ、そもそもどういうつもりで、クラウド抱いたんだよ。単なる嫌な事があったから憂さ晴らしか?」
「そんな訳ないだろう!」

セフィロスは怒鳴ると、思わずザックスの襟首を掴んだ。
「俺がどれだけクラウドを大事にしていたか、おまえは知っているのか!?同じベッドで毎日寝て、クラウドに気取られない様、俺がどれだけ努力したか!」

いきなり締め上げられながらも、ザックスが怒鳴り返す。

「じゃあ、どうして抱いたんだよ!あんな子供を!」
「クラウドだったからだ!」

睨みつけながら、セフィロスは苦しげに叫んだ。
「クラウドだったから、俺は、全てをさらけ出す事ができたんだ。俺の痛みも、弱さも、クラウドだったから……」

「それを、クラウド君に言わないといけないんですよ。」
締め上げている手を押さえて、レオが言った、穏やかだが断固とした口調で。

「それをクラウド君にちゃんと伝えないと、クラウド君は誤解したままだと、思いますよ。」
「誤解?何をどう誤解すると言うんだ?」
「さっきザックスが言った通りの誤解ですよ、憂さ晴らし、八つ当たり。」

その言葉は、興奮したセフィロスの頭に、冷水を浴びせるのに十分だった。掴んでいた両手が緩む。

「クラウドは、そう思っているというのか?俺が、そんないい加減な気持ちで抱いたと……」
呆然とした様に、離した自分の両手を見るセフィロス。ザックスはゲホゲホと咳をしながら答える。

「当たり前だろ、いきなり大荒れで帰って来て『抱かせてくれ』と言ったんだろ?お互いの気持ちを確かめ合った恋人同士ならともかく、あんたとクラウドはただの同居人だった、そう思うのが当然だろ。」


「クラウドは『いいよ』と言ったんだ、温かい笑顔で『いいよ』と……」

しばしの沈黙の後、漏れた呟きに、ザックスが切れた。
「あのさ!今まで散々世話になってた人に、尋常じゃない様子で頼まれて、断れると思うか!?ましてやクラウドはまだ子供だ、イヤだと言えるとでも思っているのか!?」
「ザックス!」
レオが慌てて止める、せっかくセフィロスを説得して、クラウドと話しをさせようとしているのに、これでは意味がなくなるではないか。

「じゃあ、俺は嫌がるクラウドを、無理に犯したというわけか……」
案の定の呟きに、レオは横目でザックスを睨みつけた。ザックスはしまったと言う顔で、口を閉じる。

「そうじゃないでしょう、連隊長はそんなつもりではなかったんでしょう。でも、それをはっきり言わないと、クラウド君には伝わらない、そういう事なんですよ。」
「俺が勝手にそう思っていても、クラウドは違ったのだな、クラウドは拒否できずに俺に……」
「だから、クラウド君がどう思っているかも、あくまで推測ですよ、伝えないと解らない、聞いてみないと解らない。とにかく一度クラウド君と、きちんと話すべきです。少なくとも連隊長は、クラウド君の事を愛しているんでしょう?」
「そうだぜ、とにかく一度話してみるべきなんだ、会ってクラウドに謝って、それから気持ちを聞くべきなんだ、順番逆になっちまったが、ちゃんと告白もしてさ……」

カランとグラスの氷が鳴った、セフィロスが一息で残ったウィスキーを飲み干したのだ。
「クラウドに会いに?……」
「そう、会って話しを……」
「できない……」
呟きは弱々しかった、信じられない程に。

「どうして出来ないんですか?」
答えは返ってこなかった。

黙り込み、次のウィスキーを煽るセフィロスに、再度レオが尋ねようとした時、ようやく微かな声が聞こえた。

「怖い……会うのが……怖い……」


それは、二人が初めて聞いた、頼りなげなセフィロスの声だった。



       
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