Only Pair…比翼… 2
 「落ち着いたか?」
クラウドはこくんと小さく頷いた、散々泣いて掠れた喉に、甘くて冷たいミルクが嬉しい。
「それ、うまいだろう?ミントをちょっと落とすのがコツなんだぜ、夏にさ、女の子に作ってやると、喜ぶぜ。でもよ、ドクターのとこにペパーミントがあるなんて思わなかったな。」
おどけるザックスに、ウォルターは苦笑する。

「僕にだって、彼女が居た時期ぐらいあったさ、モヒートがお気に入りだったんで、ミントの葉の代わりに使っていたんだ。自分も好きなんで今でも、時々作るよ。」
「モヒート?」
聞き慣れない単語に、クラウドが首をかしげる。赤く腫れた目がまだ痛々しい。

「ラムにライムジュースと潰したミントを入れたカクテル、ほんの少し砂糖も入れてね。そうだ、作ってやるよ軽くしてね。」
「お、いいね、先生俺も頼むよ。」
「解った。」
いそいそとテーブルに、メスシリンダーとビーカーを並べ出すウォルター、ザックスは目を丸くした。
「先生、これって実験用じゃ……」
「慣れてる道具の方が使い易いんだ、業者が安く譲ってくれるし、心配しなくてもこれではカクテルしか作った事ないよ。」

平然と返すウォルターにザックスがこそこそと、耳打ちした。
「いいか、クラウド、モテたかったら、あのマネだけはするなよ、カクテルってのは 作る姿でも魅せなくちゃならないんだから。」
シェーカーでなく、撹拌用のガラス棒で熱心に液体を混ぜるウォルター、クラウドは思わず吹き出す。

やっと笑った少年に、二人の大人はようやくほっとして、目と目を見交わした。



「さてと、これからどうするか。」
ザックスはボリボリと頭を掻いた、アルコールのせいか、話して気が抜けたせいか、クラウドはすーすーと眠っている。
だいたいの話は聞き終えた、夕べ、セフィロスがずぶ濡れで帰ってきて、しかもかなり落ち込んでいたという事。


『ただ、落ち込んでいるんじゃないんだ、今にも消えそうなくらい寂しそうで、悲しそうで……』

『”寒い”って、言ったんだ、”寒くて寒くてたまらない”って……』

『”温めてくれ”って、俺の温もりが欲しいから”温めてくれ”って、だから俺……俺……』


聞けば聞く程、どう扱っていいか解らなくなった。セフィロスをとっちめるのは簡単だが、どうもそれだけですむ話しではないらしい。第一、あの調子では、クラウドがそれを望まないだろう。
しかし、信じられない、あのセフィロスが、常に冷静だったセフィロスが、この子供にそんな気になるまで、追いつめられるなど。
自分だって男だから、他人の温もりが無性に恋しくなるのはよく解る。それがどういう気分の時かも。

だが、それにしたって、もう少し理性が働かなかったのか、『抱かれる』という意味もよく解っていない、子供相手に……
それ程までに、切羽詰まっていたのだろうが、だからと言って、はい解りましたと、引き下がるのはザックスの矜持が許さない。事実クラウドは傷ついている、セフィロスの真意が解らずに、傷ついている。
ザックスにはセフィロスが一時の気の迷いで、クラウドを相手にしたとは思えない、クラウドはそう思っているみたいだが。

こいつをここまで不安にさせるとは、やはり、一言言ってやらないと……
にしても、情報が少なすぎる、いったい、セフィロスに何があったのか?


「しっかし……にーさんも、いくら落ち込んでいたとはいえ、こいつに手を出すとはなぁ……」
思わず声に出すと、重苦しい呟きが返ってきた。
「僕がいけなかった、セフィロスにとってどれだけの衝撃か、解っていたはずなのに……」

苦悩する声をザックスは聞き逃さない、いや、そもそも聞きたい事は山程あった。
「ドクター、あんた知っているんだろう?いったいにーさんに何があった?」

ウォルターは無言でザックスを見た。
「それと、クラウドのキスマーク、薄くなっているが、古い物が残ってる。クラウドの話しじゃ、夕べが初めてだったみたいだが、どういうわけだ?」

言いかけて、ザックスは思い当たる。

「そういや、にーさんが俺に、様子を見にやってくれと言ってた……クラウドが落ち込んでいるからと……」
こういう時のザックスの感は鋭い、さすがファーストソルジャーと、言ったところか。
「一体何があったんだ?あんたが二日酔いになったのも、何か関係してるんじゃないのか?」

ウォルターは、しばらくじっとザックスの顔をみていたが、意を決した様に口を開いた。
「全ては話せない、僕はセフィロスを裏切りたくない。」
「OK、じゃあ、話せるとこだけ教えてくれ。」
その表情にただならぬ物を感じて、ザックスが答える。
「じゃあ、まずクラウド君の事から、一週間前になる……」
ウォルターは、クラウドが陵辱されかかった経緯を説明した。ザックスの顔が、見る見る変わる。

「なんだってーー!あの野郎、俺がその場にいたら絶対に……」
しーっと、ウォルターが唇の前に、人差し指を立てた。はっとして、クラウドを見ると、すやすやと眠っている。ザックスは小声で続けた。

「そうか、それで解った。にーさんは昨日、ビューニングが辞めさせられなかった事を抗議しに、ラボに行ったんだな?俺が人事が出ているのを教えたから。」
「そう、僕はラボで、セフィロスに会った。」
「そこで何があったんだ?にーさんが落ち込む様な何が……」
尋ねるザックスにウォルターは、探る様な目を向ける。

「ザックス、君はセフィロスの事をどこまで知っている?」
「どこまで……って」
「どこで生まれて、両親は誰か知っているかい?」
「はっきりとは知らないけど、ラボで育てられた事は聞いたよ、両親は自分をラボに捨てた……って……」
ザックスは、はっとした、セフィロスは何か自分の生まれに関して、知りたくない事を知ったのだ。

「これ以上は、言えない。だけど、セフィロスは、クラウド君に救われたんだよ。じゃなかったら、今日仕事に行けるはずはない、いや、神羅にいるはずがない。でも、これ以上は言えない。」

それは、とても他人が関われそうな物では、ないのだろう。きっぱりとしたもの言いに、ザックスはそれ以上聞く事を諦めた。第一、終わった事を、あれこれ考えても仕方がない、それよりもこの後の方が大切だ。

「解った、もうそれ以上は聞かない。」
両手を軽く揚げて、了承したと、ジェスチャーする。
「これからの事を考えなきゃな、まずは今晩からクラウドを、どこに泊めるかだが。」
「いいよ、それならこのまま家に……」
「いや、それだとたぶんクラウドが嫌がる、同じマンションだからな。俺んちでもいいんだけど、繁華街近いから、あんまし治安がよくねーんだよな。それと、クラウドが心身共に、リラックスできるとこじゃねーと……んーっと……」

ぽりぽりと頭を掻きながらザックスは、ここはやはり、年長者に任せた方がよさそうだと、考えていた。




「では、解散!」

その声に、ぴしっと敬礼が返ってくる。演習が終わった後の開放感というものを、セフィロスは初めて味わった。足下においた背嚢を持ち上げ、肩にからうと、思わず笑みが浮かんでくる。中にはクラウドのお土産に買った、1/20神羅兵のジュノンバージョンプレミアムセットが入っているのだ。

人に土産を買うなんて初めてだ、クラウドは喜んでくれるだろうか?
いや、その前に、きちんと言わなければいけない事がある。どんなにクラウドが大事で、どんなに……いや、違う、まずはあの夜の事を謝らなければ、いくら昴ぶっていたとはいえ、初体験の相手をあそこまで手ひどく抱いてしまった。あれで、クラウドがセックス恐怖症になったらどうしたら……いや、そんな事ではなくて……

このぐるぐる回る思考を、他人が見たら大笑いするだろう。天下の英雄が、子供相手にどう告白しようかと、真剣に悩んでいるなんて。

真剣に……そう、こんなに真剣に悩んだ事などなかった。演習場での2週間、頭に浮かぶのはクラウドの事ばかり、今何をしているかとか、きちんと食事を摂っているかとか……少しは俺の事を思っていてくれるだろうか……とか。

身体を持てあました経験も初めてだった、柔らかくて小さな身体、乱暴に扱えば壊れてしまいそうで……それでいて甘美で、蕩けるような……あの夜の事を思い出すだけで、全身に血が昇る。
元来淡泊な質だと思っていたが、どうやらそれは思い違いだったようだ。


「連隊長、司令部に戻るんでしょう?お供しますよ。」

明るく声をかけられ、思考を読まれたわけでもないのに、気まずい顔で振り返ると、レオが立っていた。
「演習前に用度課に問い合わせた返事が、そろそろ着ているはずなんで……連隊長も演習終了の報告、しにいくんでしょう?」
「ああ、形だけだがな、しないわけにはいくまい。」
「で、その後、ケーキ屋と、花屋に寄って帰りますか?」

どうやらこの青年は、新しい能力を身につけたらしい、ソルジャーに読心術ができたなど、聞いた事もないが。

憮然としたセフィロスにレオが、笑いながら言った。
「モロバレですよ、顔に書いてありますもん。」
「そうなのか?」
「1/20神羅兵ジュノンバージョンプレミアムセット、クラウド君喜ぶでしょうね。」
「それも顔に書いてあるのか?」

今度こそ本当に驚いた顔で、問いかけるセフィロスにレオが苦笑する。ジュノン基地であの英雄が1/20神羅兵シリーズを買った事は、その日の内に基地中に知れ渡っていたのだ。英雄の隠れた趣味ということで、同じセットがその日の内に売り切れ、半年先まで予約待ち等と、基地内で持ちきりだったというのに。

「いえ、これはどちらかと言うと、情報戦の一環です。」
澄まして言うレオ、セフィロスは心底溜息した。
「つくづく悪い先輩達に、影響されてきたな。」
「連隊長を筆頭としてですか?」
「残念なながら、そっち方面では、俺はまだまだ見習い以下だ。」

笑いながらエレベーターに乗る。演習終了の報告は、司令部のセフィロス専用端末に『終了報告』を入力すれば終わる。それと同時に、今回の演習結果のファイルが、ホストコンピューターに自動作成され、各部隊長が報告書を送ってくるので、終了と同時に行わないわけにはいかないのだ。

もう7時を回っていたため、神羅の社員はほとんどが帰っている。当然司令部にも誰も残っていないと思っていた二人は、ドアを開けて少し驚いた。

「どうした?二人ともまだ帰っていなかったのか?」
ジャックとザックスが、不機嫌な顔で、それぞれの机に座っていたのだ。

「用があってな、あんたを待ってた。」
「何かあったのか?」
真剣なジャックの様子に、セフィロスの顔色が変わる。
レオも、異様な雰囲気に思わずザックスに視線を合わせると、手招きされた。

「兄貴!ちょっといいか?」
「え?いったい……」
「いいから!」
無理矢理レオを引きずっていくザックス、二人が給湯室に消えたのを見て、ジャックが口を開いた。

「まずは、演習終了の報告をしてくれ、話しはそれからだ。」

セフィロスは怪訝な顔をしながら端末を開く、留守中に部隊に何かあれば、報告が来るはずだ。それがないという事は、プライベートの事だろうか。

キーを叩いて、終了の入力をし終えると、ジャックがゆっくりとした口調で言った。

「クラウドを家で預かっている。」
「そうか、迷惑をかけたな、じゃあ今から迎えに行く。」
いささか拍子抜けして、答えると、重苦しい声が帰ってきた。

「来なくていい、クラウドはおまえに会いたくないと言っている。」
「は?」
意味が理解できずに、セフィロスは思わず聞き返す。あっけに取られた様な表情に、言いにくそうにジャックは続けた。

「クラウドは、お前に会いたくないと言っている、学校が始まるまで家で預かる。」
一瞬沈黙が支配する、全身が固まった様に感じたセフィロスは、絞り出す様な声で、ようやく聞いた。

「ど……どうして?」
「理由は、おまえが一番解っているのではないか?」




どうやって家にたどり着いたか解らない、二週間ぶりの我が家は、エアコンも付けていないのに、空気が冷たい。やたら薄暗く感じるリビングのテーブルに、クラウドの残した、事務的な手紙を見つけたセフィロスは、それを握りしめたまま、その場に立ちつくすしかなかった。

きつく唇を噛んだまま。






       
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