Only Pair…比翼… 1
「あちゃー、やっぱりロールケーキにしとけばよかったか……」
ザックスは、バイクからケーキの箱を降ろしながら頭を掻いた。
あまりスピードを出したつもりはないが、せっかく買ったケーキがクリームを飛び散らせてしまってる。
「ま、食えないことないか、やっぱ車で来ればよかったな。」
ケーキ屋の店員のお薦めケーキを買ったのだが、バイクでは無理があったらしい。
腹の中に入れば一緒だからいいか、と思いながらエレベーターのボタンを押した。

セキュリティの高いこのマンションは、来客用の駐車場からは、直接部屋に行く事は出来ない。一旦エントラスホールに上がり、住民に鍵を解除してもらわなければならず、エレベーターから降りたザックスは、ささっとセフィロスのルームナンバーを入力し、呼び出しベルを押してみる。

1回、2回、3回……

インターフォンからの返事はない。

「あれ?買い物にでも行ったかな?」

もう一度押してみる。

1回、2回、3回……

やはり返事はない。

「うーん留守か、その辺で時間潰すかな……」
頭を掻き掻きエントランスホールを出ようとした時、見知った人物が、具合が悪そうに入ってきた。快活なザックスは、すかさず声をかける。

「よ、ドクター。どうしたんだ?顔色悪いぞ医者の不養生か?」
「ちょっと夕べ飲み過ぎた、これでも大分マシになったんだが、朝は運転する気にもならなかったからね。」
ウォルターが蒼い顔で笑った。

「へーあんたの様な人でも二日酔いするんだ、似合わねーな。」
「あまり強い方じゃないからね、ところでセフィロスに用事かい?」
「いんや、今日からにーさん出張でいないだろ?クラウドの様子見ててやってくれて言われてたからさ、今留守みたいだけど。」

屈託なく答えるザックスに、ウォルターは恐る恐る聞いた。
「セフィロス、どんな様子だった?」
「ん?にーさんとは今日は会ってねーぜ、ジュノンへの演習だから集合場所違うし、引き継ぎ必要な奴は、昨日のうちに聞いてるし。」


「そうか……」

優れない顔に、ザックスは不思議そうな顔をする。
「なんかあった?」
「いや、クラウド君に用なんだろう?うちで待って行かないか?」
「お、いいのか?じゃあ待たせてもらおうかな、携帯のナンバー聞き損なっていたんだよな。」


ウォルターの部屋は、セフィロスの一つ下の階だ。クラウドが戻ってきた時に解る様に、ドアにメモを貼っておこうとどちらともなく言い出し、二人は最上階のセフィロスの家に向かった。


エレベーターが動き出すと同時に、気持ち悪そうに口元に手をやったウォルターをザックスがからかう。
「鍛え方たりねーな、ドクター。今度俺が酒の飲み方、教えてやろうか?」
「鍛えたって酒は強くならないよ。」
蒼い顔をしながらも、ウォルターは真面目に返した。

「酒の強い弱いは、体の中のアルコール分解酵素の有無による。酒を全く飲めない者はこの酵素を持っていない。しかし、僕のようにある程度飲める者は、酵素は持っているがアルコールを完全に分解する酵素ではないんだ、そこで酒を飲むと、分解の中途物質であるアセトアルデヒドが、大量に生成される。このアセトアルデヒドは有害な物質なので、体が危険信号を発するんだよ、それが『酔う』という事だ。」


ザックスは目をパチパチさせた、今まであまりこのウォルター・スティンと話し込んだ事はなかったが、どうしてどうして、噂通りの真面目堅物人間であるらしい。


「酒をどれだけ飲んでも、元々持っていない酵素は出現しない、強くなったのではなくて、ホルムアルデヒドに対する耐性がついたと言うべきだ。耐性がつくと、逆に危険信号を出さなくなる。これは、体にとってよくない事であり、発ガン性物質であるホルムアルデヒドが体内に蓄積する……」

言いかけてウォルターはバツが悪い顔をする、呆れた様なザックスの視線に気がついたからだ。


「ごめん、つい関係のない事しゃべり過ぎたね。」
「いや、あんたいつもこうなのか?真面目だな。」
「融通きかないからね、おかげで全くもてないよ。」
「にーさんやクラウドともこんな話しを?」
「セフィロスとこの手の話しをすると、とんでもない話しに脱線するよ。クラウド君はおもしろがって聞いてくれる。あの子は知識欲が強い様だ。」

どんな風にとんでもない話しになるのか、ザックスは興味があったが自分には理解できそうもない事が予想できたので止めにした。それにしても、いかにも学者タイプのこの男が、なぜ未だにセフィロスとの付き合いが続いているかを、何となく理解した。





インターフォンが鳴る、クラウドの足を止める様に。

1回、2回、3回……

セフィロスから留守中の来客に、応対する必要はないと言われていた。それでも、どんな人が来たのか伝えるために、モニターで顔だけは確認していた。
もう、セフィロスと会う事もない自分には、意味のない事だとぼんやりと考える。


留守と思ったか、止まったインターフォン、クラウドはもう一度ドアを開けようとノブに手をかけた。

再び明るい音が鳴り響く。

1回、2回、3回……


クラウドは悲しくなった。まるでここから出て行くなと言っている様ではないか、いや、それは単なる自分の感傷だ、自分が出て行きたくないから、そう感じるだけなのだ。


後ろ髪を引かれる様にドアを開け、外に足を踏み出す。エレベーターホールの窓には、燃える様な真っ赤な夕焼けが一面に広がっていた。


つーっと頬に涙が伝い、慌てて拳で拭う。


涙が流れるのは、夕焼けが鮮やかすぎるからだ、眩しすぎるからだ、悲しいからじゃ決してない。



街のシンボルとも言える巨大な神羅ビル、それと、まるで従わせる様に取り巻く大小様々なビル。濃く薄く、影を重ねながら連なるビル群はそのコントラストがオブジェの様に美しい。
その向こうには、大きな太陽が、最後の残り火を燃やす様に赤々と、空を焦がしながらその身を半分ほど沈め、ビル群を大きく包んでいく。
気の早い小さな星が、頼りなげな淡い光を放ち始め、空の一部は赤から紫へとその彩りを変え……


赤と黒で描かれた見事な大パノラマ、一枚の絵画の様なこの景色、総ガラスの窓から見るには、鮮やかすぎて怖いくらいだ。


だから涙が流れるんだ……だから涙が……


そう思いたいのに、拭っても拭っても、後から後から溢れてくる。やがて小さな嗚咽が漏れだし、とうとうその場に座り込んだ。



どうしてだ、俺の意気地なし!一人で遠いニブルからこのミッドガルまで来たんじゃないか、それなのに、どうしてこの家から出て行くのに、こんなに悲しくなるんだ。


まだ13歳のこの少年は、年相応に振る舞うのが苦手だったはずだった、セフィロスと一緒に過ごしたこの一月あまりの優しい時間が、素直な『心細さ』を思い出させていたのだ。


泣いている場合じゃないのに、この家を出たら行くところはないのに、今晩の事から考えなきゃいけないのに……

このミッドガルでセフィロスに会ったからこそ、今まで生活してこれた。だけど、もう、そのセフィロスに頼るわけにはいかないのだ。


自分を叱咤しながらクラウドは立ち上がる。ぐいと涙を拭った時、目の前のエレベーターのドアが開いた。



「よお!クラウド!」
明るく声をかけるザックスに、クラウドは思わず後ずさる。

「どうした……おまえ、泣いているのか?」
両方の肩を掴まれ、思わず顔を背けると、息をのむ様な気配が伝わり、シャツの襟首を引っ張られた。

「おまえ、これ……誰にやられた?」
低い押さえた様なザックスの声、意味が解らず顔を上げれば、後ろには青ざめた真剣な顔のウォルターもいる。

「クラウド君、何があった?」
「何って……」


詰まるクラウドの返事を待たずに、ザックスはいきなりシャツをめくった。白い肌に、くっきりと残る無数の唇の跡。クラウドは、ようやく言われた意味を理解する。

「何でもないんだ!何でも……」
「何でもないはずはないだろう!おまえ泣いてたじゃないか!誰にやられた?誰だよ!」
「何でもないって、言ってるだろ!」


シャツの裾をひったくり、慌てて直すクラウドに、ウォルターが静かな暗い声で聞いた。

「セフィロスか?」

ぴくんとクラウドの肩が震える。
驚愕したザックスの視線を気にもせずに、ウォルターは重ねて聞いた。

「君をレイプしたのは、セフィロスか?」
「違う!」
「でも、クラウド君……」


「違う!違う!ちがーう!」

クラウドはキッとウォルターを見据えると、大きな声で叫ぶ。

「セフィロスはしない!そんな事しない!」

「じゃあ、誰に?セキュリティの高いこのマンションで。夕べ何かあったんだろ?セフィロスは尋常じゃなかった、尋常じゃなかったんだろ?」
諭す様な問いかけに、クラウドの瞳に涙が浮かぶ。ザックスは信じられない様に呟いた。

「まさか、にーさんがおまえをレイプ?そんな、まさか……」
「だから違うって、言ってるだろう!」

涙を浮かべながら、睨みつけるクラウド、ザックスは複雑な顔で問いかける。

「クラウド、何が違うって言うんだ?」
「レイプなんかじゃない……」
「クラウド?」


「レイプなんかじゃ……ない。」

クラウドの蒼い瞳から、大粒の涙がぼとぼとと落ちてくる。

「レイプなんかされてない!俺がいいって言ったんだ!俺がいいって……」
「クラウド……」


涙を流しながらクラウドは叫んだ。


「俺がいいって、言ったんだ!だからセフィロスは悪くない!セフィロスはレイプなんてしていない……俺がいいって言ったからセフィロスは……」


ひっく、ひっくとしゃくり上げ、顔中をくしゃくしゃにしながら、叫び続けるクラウド。その横顔に、闇に染まりかけていた夕焼けの赤が、一際濃い影を落としかける。

「悪くない……セフィロスは、悪くない!セフィロスは……セフィロスは……」



わんわんと泣き出した少年を前にして、ザックスとウォルターは、途方に暮れた様に互いに顔を見合わせた。







       
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