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Pure love…純愛7
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| 叩き付ける様に土砂降りの雨が降る、時折轟く雷鳴、街路樹がしなるほどの突風、季節外れの嵐に、外の人通りはすっかり途絶えている。 セフィロスは一人、傘も差さずに歩いていた。 自分はどこへ向かっているのだろう? 自分は何故歩いているのだろう? いや、そもそも自分は何のために生まれてきたのだろうか? 最初に記憶にあるのは、眩しい光、押さえつける腕、何回も刺される針。 自分は泣いていたと思う、誰かが助けてくれるのを求めて、泣いていたと思う。 注がれるのは冷たい視線、冷徹な科学者達の観察する視線。 そして、与えられた事務的な飼育……そうあれは育児ではない、飼育だった。 特別室と言う名のゲージ(檻)、適切なカロリーの餌を与え、適度な運動をさせ、カリキュラム通りの知識の提供、毎日繰り返される検査、検査…… 色々な知識が増える中、自分にも『親』がいるらしいと知った時の淡い期待。 とうの昔に、見捨てられたと知った時の絶望。 暖かい温もり等、誰も与えてくれなかった。 繰り返される単調な苦痛を伴う日々、いつしか苦痛すら感じなくなり、感情がない子供と結論づけられた。 温もりを与えてくれたのは、モルモットの子供。小さく柔らかな、その温もりで、どれだけ自分を癒してくれただろう。 だけど、その温もりは、宝条に奪われた。 そして、何故かその後から、自由に入る事を許された生物室で、決まって自分に懐いた動物から処分していった宝条。 あの男は、そうする時だけ、自分が感情を表すのを知っていた、感情を表す自分を楽しげに観察していた。 ラボで初めて会った、変わらない年の子供、ウォルター。 そう、彼は言ったのだ。 父親は生きているらしいが、生まれた時から見捨てられていると言った自分に、言ったのだ。 『子供を忘れる親はいないよ、君のお父さんだって、絶対に君の事は忘れていないよ。』 そう忘れていなかったなウォルター、確かに忘れていなかった。 それどころか…… 「は!あはははは……!」 突如セフィロスは、空を見上げて笑い出す。滝の様に落ちる大量の雨粒を、その秀麗な顔に受けながら、セフィロスは狂ったように笑い続けた。 おかしくて、おかしくて、仕方がなかった。 とうの昔に諦めたと思っていたのに、心のどこかで『父親』という者を期待していた自分が、おかしくておかしくて仕方がなかった。 自分は最初から、サンプルとしてしか存在を許されない者、実の親にさえ、それ以上の存在とは見なされていない者。 それ以上の存在とは…… 長い銀髪が、濡れてまとわりつく、たっぷりと雨を吸ったシャツも、麻のジャケットも、彼自身を縛り付ける様に、ぴったりと…… うっとうしい……何もかもうっとうしい! この世の何もかも、うっとうしい! 怒りを覚えながら、笑い続けるセフィロスの耳に、か細い鳴き声が聞こえた。うつろな目で、その声を追うと、積み重ねられた段ボールの隙間で、しま柄の子猫が頼りなげな声で鳴いている。 つまみ上げた小さな身体は、びしょ濡れの寒さでぶるぶると震えていた。 「寒いのか、おまえ?だが、俺は温めてやれない。」 そう、温もりを知らずに育った自分は、温めるすべを知らない。 なぜ自分は生き長らえたのだろうか?ウォルターの子供の様に、生まれる前に死んでしまっていた方が、どれだけ良かったかしれないのに。 「おまえも、このまま楽になった方がいい……」 その手に力を込めようとした時、足下で、何かが唸っていた。 よれよれの、びしょ濡れのしま柄の猫、毛を逆立て、歯をむき出し、盛んにセフィロスを威嚇する。 親か…… セフィロスの顔が、複雑な形に歪む。 気がついた子猫が、甘えた様な声を出した。地面にそっと置いてやると、口にくわえた親猫は、あっという間にビルの隙間に見えなくなった。 「おまえには、帰る所があったのだな……だが、俺には……」 俺には何もない、温もりを与えてくれた者は誰もいない…… 待っている者すら……いない…… 呼ばれた気がした、何かの音が聞こえた、規則正しい単調なメロディ…… 嫌になるほど聞き慣れた、自分の携帯の呼び出し音…… 習慣的に手にとり、ほとんど無意識にディスプレイを見た。 クラウド! 『セフィロス?セフィロス?』 「ああ、俺だ、どうした?」 普通に会話出来る事を、不思議に思う。どうしてだろう?声を聞くだけで、冷え切っていた心が、暖かくなる。 『どうしたじゃないよ、帰りがあんまり遅いから、心配になっちゃったんだ。何度電話してもでないし……ひょっとして、迷惑だった?』 「いや、そんな事はない、今から帰る。」 『うん、解った。早く帰ってきてね、俺待ってるから。』 プツンと電話が切れた後、セフィロスは天を仰いだ。 帰ろう、クラウドが待っている…… そうだ、クラウドが待っている、待っているのだ、あの家で…… 土砂降りの雨に打たれながら、セフィロスは足早に歩き出した。 時計を見ながらクラウドは、ソワソワと落ち着かない時間を過ごしていた。もう11時をとうに回っているのに、セフィロスは帰ってこない。 どれくらい前だろうか?尋ねてきたウォルターに、帰ってきていないという事を伝えると言ったのだ。 『セフィロスが帰ってきたら、優しくしてやってくれ、そして黙っていて悪かったと。』 何をと聞いても教えてくれず、妙に暗い顔で微笑んだウォルター、ただでさえいつもよりセフィロスの帰りが遅く、クラウドは不安になった。 何の連絡もないまま時が過ぎ、9時を回った時点で思い切って携帯に電話した。 何度鳴らしてもでない電話に、ひょっとして、急ぎの仕事で電話に出られないのかとも思ったが、先ほどのウォルターの様子に尋常でない物を感じて、必死に何度も電話したのだ。 やっと電話が繋がった時には、ほっとしたが、あれからもう1時間になる。一体セフィロスの身に、何があったのだろうか。 何度目かにクラウドが玄関の方を振り返った時、ドアが開く音がした。慌ててリビングを飛び出す。 「お帰りなさい、遅かったね、何か……」 言いかけてクラウドは唖然とする、上から下までびしょ濡れのセフィロス、まるで服を着たままで泳いできたかの様な。 確かに外は嵐だが、どうしたらこんなになるまで、濡れる事ができるのだろうか。 「どうし……車は?」 セフィロスは抑揚のない声で答えた。 「置いてきた。」 そして、そのままじっとクラウドを凝視する、初めて会った時と同じ、寂しげな翡翠の瞳で。 呆然としたクラウドだが、すぐにバスルームに走ると、バスローブとバスタオルを掴んで戻ってくる。 「とりあえず服を脱いで、これを着ていてよ、すぐにお風呂の準備するから。」 渡してもセフィロスは、微動だにしない。仕方なくクラウドは、濡れてびしょびしょのジャケットを脱がそうと、背伸びをして襟に手をかけた。 冷たい、べちゃっとした感触がした、一瞬何が起きたか解らなかった。気がつくとクラウドは、びしょ濡れのセフィロスの胸に抱き締められていた。 「セフィロス?……」 戸惑って問いかける、返事はない。頬に張り付く銀色の髪から、冷たい滴がぽとぽとと伝う。そしてそれ以上に冷たいセフィロスの胸、少しも体温を感じない、今にも凍えそうな…… 「セフィロス?」 もう一度問いかける、セフィロスはぎゅっと抱く手に力を込めた。 「温かい……おまえは温かいな……」 冷え切ったセフィロスの胸に、トクトクとクラウドの温かな体温が伝わる。 細く、柔らかく、小さな身体、それなのに、どうしてこんなに温かいのだろう。 この温もりが欲しい、この温もりだけが欲しい。 「セフィロス、寒いんでしょ?早く服を脱いで……」 言いかけた時、冷たい指先が顎にかかり、そっと上を向かされる。正面から見つめる翡翠の瞳は、ぞっとするほど暗かった。 「クラウド……寒い、寒いんだ……」 その声は弱々しかった、砂漠で倒れた旅人が、最後に水を求める様に。 「寒くて、寒くて仕方がない……」 いつも圧倒的にその存在を感じさせるセフィロスが、まるでそこにいないかの様に、儚く感じた。 「温めてくれ……クラウド、温めてくれ……おまえの、温もりが欲しい……」 何を言われているのか解らなかった、何を求められているのか解らなかった。だけど、今にも崩れ落ちそうなセフィロス、ほの暗い闇の中でもがき続けている子供の様な……だからクラウドは言ったのだ、微笑んで。 「いいよ。」 瞬間、降ってくる冷たい唇、そして入り込む、それ以上に冷たい舌。 ひゅっ、とクラウドの喉が鳴る。無慈悲な暴力で陵辱されかけてから、まだほんの少しの時間しか経っていなかった。一瞬にして脳裏に蘇る恐怖、反射的に両腕に力が入り、思い切りセフィロスの胸を突き飛ばしていた。 がくんとセフィロスの膝が崩れ、床に着く。クラウドは信じられなかった、自分が突き飛ばしただけで、こんなに簡単に…… セフィロスは呆然とクラウドを見ていた、哀しみと絶望に彩られた空虚な瞳で。 その瞳は、クラウドの胸を締め付ける。初めて会った時から感じていたセフィロスの影、あきらめにも似た絶対的な孤独、絶対的な虚無。 あのセフィロスが、自分にすがろうとしたのだ、あのセフィロスが…… カタカタと細かく震える自分の身体を、無理矢理に押さえ込みながら、クラウドはセフィロスの肩に触れた。いつもは見上げるセフィロスの長身、両膝をついている今は自分よりもずっと低く、まるで小さな子供の様だ。 「ごめん、セフィロス、俺びっくりしたんだ。」 先程の口づけで、クラウドにはセフィロスが何を求めているのか、解っていた。 「ごめんね、セフィロスもびっくりしたでしょう?」 ミッドガルに出てきて数ヶ月、自分がある種の人間には、慰めにもなる存在だという事も。 「本当に、ごめんね、いいよ、俺でいいなら、温めてあげるよ。」 そう言ってクラウドは、セフィロスの両頬を捕らえると、そっと唇を合わせる。 翡翠の瞳が大きく見開かれた、驚愕と、歓喜で。それでもセフィロスは、まだ自信なげにおずおずと、クラウドの背に手を回した。 次第にその手に力が入る。小さな身体が逃げないのを確信すると、ぎゅっと抱き締め直した。同時に舌を差し入れる、夢中で差し入れ、奧でどうしたらいいのか解らず、縮こまっていた小さな舌に絡ませた。 クラウドの舌は温かかった、その身体と同じく、涙が出るほど温かかった。 絡ませては、ほどき、舌先で突いては吸い上げ、その身体と同じように細かく震える小さな舌を、全体で包む。やがて、すっかりクラウドの身体から、力が抜けると、そっと抱き上げた。 蒼い瞳が、微かに潤んでセフィロスを見つめている。細かな震えは、もう止まっていた。胸がいっぱいになり、もう一度口づけると、セフィロスは寝室のドアに向かった。 back top next |
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