Pure love…純愛6

「明日から演習で、出張だ。」

朝食の準備をし終わって席に着くなり、セフィロスは言いにくそうに切り出した。

「え、そうなんだ……」
トーストを手に取りかけながら、クラウドが呟く。


あれから1週間たった、身体の傷はほとんど癒えたクラウドだが、心の傷は計り知れない。
ずっと添い寝してもらうのは悪いからと、一昨日から一人で眠る様になったが、夜中に何度もうなされて目を覚ます。
気配で気づいたセフィロスが部屋にはいると、蒼い顔をして震えていた。

『ごめんね、起こした?大丈夫だよ、ちょっと夢を見ただけだから……』
揺れる金色の頭をそっと撫でてやると、無理に笑顔を作る。
『本当に大丈夫だよ、慣れるよ、そのうちにきっと慣れる。だから部屋に戻っていいよ。』
そう言いながらも、震えの止まらないクラウドを見かねて、無言で二晩とも自分の寝室に抱えていったのだ。

『セフィロス、俺を甘やかしすぎだよ。』
抱き上げた途端に震えが止まったのを自覚してか、クラウドは照れくさそうに呟いた。
安心した様にぎゅっとしがみつく小さな手の温もりが、セフィロスの胸に甘い痺れを呼び起こす。

そして、一抹の罪悪感も……




「大丈夫だよ、一人でも、で、いつまで?」
セフィロスに心配をかけまいとしてか、クラウドがことさらに明るい声でそう言った。

「2週間。」

トーストにレバーペーストを塗りかけていた手が、一瞬止まる。それでも何気ない風にクラウドは笑った。

「大変だね、気をつけて行ってきてね。」

その笑顔が痛々しい、ほんとうに一人で大丈夫なのだろうか。
考えれば考えるほど、セフィロスは不安になる。夕べ、青ざめた顔で何度も大丈夫と行ったクラウド、決して大丈夫ではなかったくせに、セフィロスに心配かけまいと、無理して笑っていた。
こんな状態のクラウドを、やはり一人で置いてはおけない。本当は同じマンションのウォルターにでも、預かってもらう方がいいのだろう。
しかし、それをしたくない自分がいる。クラウドに自分以外を頼らせたくない、我が儘な自分が……

我が儘だ、本当に我が儘だ、いい大人のクセして……



セフィロスは、自嘲しながら軽く頭を振ると、口を開く。

「クラウド、ウォルターの所にでも行っているか?今日、頼んでみる。」
「ウォルター先生の所?行かない。」
聞いた途端、きっぱりした口調でクラウドは断った。

「どうして?その方がおまえもいいだろうが、俺も安心だし。」
「だめだよ、これは俺の問題だ。第一、寮に入ったら、そうそう甘えていられないんだし。」
「でもクラウド、無理をすると、ストレスがかかるぞ、こういう事は頑張ってどうこうなるもんじゃない。ウォルターもそう言っていただろう?」
心配げに問いかけるセフィロスに、クラウドはもう一度きっぱりと言った。
「頑張るわけじゃないよ、少しずつ慣らしたいだけ、だから俺の好きな様にさせて。」
「クラウド……」
「それに……きっと一緒だよ、セフィロスじゃなかったら、誰でもダメな気がする。セフィロスだから俺はきっと安心できるんだ、他の誰でもダメなんだ、だから俺はこの家で、セフィロスが帰ってくるのを待っているよ。」
そう言ってクラウドは、照れくささをごまかす様に、トーストをパクついた。
「わー、やっぱり美味しいね、セフィロスお手製のレバーペースト、俺こんなに美味しいの、食べた事ないよ。」

ちょっと話しのそらし方が、わざとらしかっただろうかと、クラウドがセフィロスを見ると、変な顔で固まっている。
「セフィロス?」
「あ、いや……レバーペストは多めに作って、冷凍したからたくさん食べるといい。」

らしくもなく、少し頬を染めて言うセフィロスに、クラウドは先ほどの自分の言ったセリフが微妙に恥ずかしくなり、真っ赤な顔で俯いた。





「連隊長、サインが漏れていますが。」
「あ、ああ、すまないレオ。」
渡された書類の空欄にサインをしながら、セフィロスは柔らかなため息をついた。どうも朝から集中できていない、クラウドの、はにかんだ様な笑顔がちらついて。


『セフィロスだから俺はきっと安心できるんだ、他の誰でもダメなんだ……』


まるで愛の告白を受けて様な衝撃だった、むろんクラウドはそんなつもりで言ったのではないと、100も承知しているのだが。


どうしたんだ、俺は、思春期の少年でもあるまいし……


いや、思春期の少年その物の行動をとっているではないか。毎晩腕の中で眠るクラウド、少し痩せた顔に、憂いの影を落とす長い金色の睫毛、滑らかな頬、柔らかな唇。
何度触れたいと思った事だろう、その度に、クラウドが自分に寄せる信頼を思い起こし、すんでの所で留まるのだ。

クラウドに触れたい、だが自分に寄せる信頼を壊したくない。


思春期の少年の様に、毎夜悶々として、眠れぬ夜を過ごすのだ。
しかし、今日の様な笑顔を見ると、つくづく、クラウドの信頼を無くさないで良かったと思う。

胸の中がほんわりと温かい、クラウドの事を考える時はいつも……



「何ニヤケてるんすか?にーさん。」
書類を差し出しながらニヤニヤ笑うザックス気付き、ぎろっと不機嫌な視線で睨む。

「お前の方が、にやけた顔をしているくせに、何を言う。」
「あらーてっきり、明日から留守にするお家のことを考えていたら、クラウドの事を思い出して、ニヤついてたんだと思ったけど……」
セフィロスは、目の前に差し出された書類をびしっと指さした。

「サインしてやらん。」
「あー!そんな殺生な!あんた明日からいないから、今日中にサインもらわないと困るんだって!」

どうしてこの男は、いつも騒がしいのか。ため息をつくと、司令部の他のメンバーが笑っている。バツが悪くなって、取りあえずポーカーフェイスに戻しながら、考えた。この賑やかな男が、たまに顔を出せば、クラウドの気も紛れるかもしれないと。

「交換条件だ、2週間、時々クラウドの様子を見に行ってくれ。」
「はーん、やっぱり気になる訳ね。」
茶化しかけたザックスだが、思いの外真面目なセフィロスの顔に、口調を変えて聞き返す。

「どうかしたのか?クラウド。」
「ちょっとな、事情があって、今落ち込んでいるんだ、あまり一人にしたくない。」
「解ったぜ、俺にまかしとけって!」
ザックスが胸を張ると、書類をまとめていたジャックが言った。
「そう言う事なら、週末家に泊めてもいいぞ、なんならみんなでメシ食いに行くか。」
「お、いいっすね、それ!こないだはクラウドも楽しそうだったし。」

相変わらずこの連中は察しがいい、余計な事は聞かずにおいてくれる。

「解った、クラウドに伝えておく。みんな、明日から俺とレオは、留守にするが、あとはよろしく頼む。」
「まかせとけって!クラウドとも、ちゃんと遊んでやるよ、こないだは中途で邪魔が入ったしな。そういや、こないだって言えば、例のアルフレッド・ビューニング……」
ぴくっと、セフィロスがその名前に反応する。

「長期の治療で休職だってな、あの時のケガ、そんなに重傷だったっけ?」
「ザックス、それは確かか?」
急に口調が変わったセフィロスに、ザックスがきょとんとした顔で答える。
「社内メールで、臨時の人事異動が回ってきてたでしょうが、あんた見てないの?」

そういえば回って来ていた気もするが、興味がないので、ろくろく見ていなかった。しかし休職だと?退職ではないのか!宝条の奴!

不機嫌に黙り込んだセフィロスを、ザックスが不思議そうな顔で見ていた。





 勤務が終わり、セフィロスはラボ(研究所)に向かっていた。
終了間際に、明日からの演習内容の急な変更が入ったため、打ち合わせで大分遅くなったが、宝条はここにいるだろう、ラボに住み込んでいるも同然の奴だから。

ビューニングの処分について、問いただしてやりたかった。
あれだけの事をしておいて、知らぬ存ぜぬを決め込むつもりか。クラウドは、未だにあの男の影におびえているというのに。
怒りが腹の底から沸いてくる、あの男だけは絶対に許せない。

高層ビルの窓を大きな雨粒が叩いていく、嵐が来ようとしていた。






「……それでは、博士!処分は何もないという事ですか!?」
他の職員が全て帰ったラボの一室で、ウォルターは苛ただしげに宝条に抗議していた。

「仕方がないだろう、スティン君。ビューニングの父親は、君も知っての通り、我が社の重役だ。不問に処してくれと、頼み込まれたのだよ、相手の少年には出来るだけの補償をするからと。」

「そういう問題ではないでしょう?クラウド君の事だけではなく、ビューニングは今までも、罪もない少年達に、一方的に性的暴行を加えていた、その事が研究者としてのモラルを……」
強い口調のウォルターをちらりと見て、宝条はさらりと言った。

「青いな、所詮は実験サンプルだ、知能レベルは高くてもせいぜい5、6歳、何をされているのかも解らん連中だ。」
「宝条博士!」
「スティン君、我々科学者にとって、大事なのは飽くなき探求心だ。たまの息抜きぐらいいいではないか、どうも君はあれ以来、サンプルの扱いに必要以上に過敏になる。」
つまらない事を気にするな、とでも言いたげな宝条のもの言いに、ウォルターは思わず叫んでいた。

「自分の子供をサンプルにされて、怒らない親がどこにいますか!」
「スティン君、あれはただの胎児だよ。」
宝条は何の感情もない目で、ウォルターを見た。
「今まで、君がその手で切り裂いてきたサンプル達と同じ、ただの胎児だ。」

ウォルターはぐっと唇を噛みしめる、彼女が……クリスティンが妊娠していたと知った時、何故黙っていたと問いただす自分に、彼女はこともなげに言ったのだ。

『だって、あなたに言ったら産めっていうでしょ?私子供嫌いだし、まだ結婚する気もないんだもの。』
神羅のOL達の間で、ラボに行けば無料で堕胎してくれると、噂になっている事は知っていた。
しかし、その胎児が何に使われるのか、宝条博士の秘書をしていた彼女は、解っていたはずなのに……

『なんで責められなきゃいけないの?どこで堕ろしても、始末するのは一緒でしょ?』

知ったのは、全てが終わった後だった。
その子がジェノバを移植され、別の母体に移されたあと、胎内死し、サンプルとして切り刻まれた後だった。

報いが来たのだ。

今まで、自分が切り刻み、データー化したサンプルの一つ一つが、かけがえのない命だと、自分と同じ人間なのだと忘れていた、報いが来たのだ。

恐ろしくなった、何もかもが急に。
だが、宝条博士に辞表を突きつけた時、追い打ちをかける様に、信じられない言葉を聞いたのだった。
『君の子供?ああ、確かに精子の提供者は君だと知っていたが、それの何に問題があったのか?』
そして更に聞いた信じられない一言、あの一言で、この人とは一生相容れる事はないと、痛感したのだった。




「博士、僕はあなたと違う、自分の血を引く子供を、ただのサンプルとは思えない」
「残念だよ、スティン君。君の科学的センスは抜きんでた物がある、君になら私の後が任せられると思っていたのだよ。だからこそ、最大の機密を教えたのだが。」
ウォルターは鋭い瞳で、宝条を睨んだ。

「見込違いですよ、博士。あの時あなたの言った事が、僕には信じられなかった。『セフィロスは私の息子だ、ちょうど胎児が必要だったから実験に提供した。その後も20数年ずっと提供し続けている、なんら痛痒は感じんよ、ただ自分の精子から発生しただけのモノだ、これが科学者としてのあるべき姿ではないかね?』今でも本当に、そう思ってらっしゃるんですか?」

「あたりまえだよ、スティン君。」
宝条はあっさりと言った。
「セフィロスは確かに私の遺伝子を持っている、だがそれだけの事だ。他のサンプルとなんら変わらん、あれがもし幼少時に死んだり、標準レベル以下で生まれたりしていれば、私はなんら迷うことなく処分していたよ、それだけだ。」

ウォルターは、じっと宝条の顔を見つめた、かつて自分も同じ顔をしていたかもしれない科学者の顔を。

「そうですか、僕はその心境になる事は、決してないでしょう。もうあなたと話す事はありません、失礼します。」
「そうかね、まあ気が変わる事もあるだろう、その時はいつでも来たまえ。」
かつての部下が返事もしないで出て行くと、宝条は興味なさ気に手元の本を読み出した。




「すっかり遅くなったな。」

ドアを閉めてウォルターは呟いた。セフィロスが来る前になんとかしたかったのだが、所詮自分にはなにもできないのか。

10年前、初めて彼に会った時、最初自分と同じその才能を買われて、早期にラボに入れられた者だと思った。その彼が、特殊な生まれをしたサンプルだと聞いた時の驚き、だが、自分にとっては年の近い友人で、その卓越した能力を気まぐれに実験に提供してくれた。

年の近い友人、そう思っていたつもりだった、しかし、クリスティンの事で辞表を出した日、たまたまラボに来ていた彼は、事情を聞いて言ったのだ。

『良かったじゃないか、その子は。俺の様に散々おもちゃにされる為に、生まれなくて。』

まともな育ち方をしてない君に何が解る!と言いかけて気がついた、自分も彼を所詮サンプルだと見下していた事を、対等の人間として、見ていなかった事を。
急に黙り込んだ自分に何か気づいたのか、セフィロスは更に言った。

『宝条の様には、なるなよ。』

それが感情をめったに表さない、彼なりの労りだというのがよく解った、そして猛烈な自己嫌悪。その時に誓ったのだ、彼に何かあれば、全力で助けようと。
しかし、実際の所、自分はなんて役立たずなのか、いやいや、まだ方法はあるはずだ、できればセフィロスが直接、宝条博士とぶつかる機会はあまり作りたくない。
彼の出生の秘密を彼自身が知ったら、おそらくこの世の破滅を願うだろう、それほどセフィロスは、宝条博士を憎悪しているのだから。
だが、二人がぶつかれば、何かの機会に宝条博士の口から、それが漏れるかもしれない。
これ以上、セフィロスに、自分の出生の事で傷ついて欲しくなかった。


しかし、どうしたものか……

ため息をついて、廊下を曲がった時に、暗い受付の前に誰かが立っているのに気がついた。


「セフィロス、どうして……」
一瞬、彫像かと思えるほどの気配のなさ、そして彫像その物の様な整った顔。
立っていたのはセフィロス、どうしても何もないだろう、自分と同じくビューニングの処分の事で、抗議に来たに違いないのだ。

「ビューニングの事で来たのかい?僕も今話してきたところだ……」
セフィロスは無言だった、無言でじっと自分を見つめていた。
「セフィロス?」
どうしてだろう、いつにも増してセフィロスの顔が人形の様に感じる。感情を殺した整いすぎる顔、まるで血が通っていない者の様な……

ウォルターの戸惑いをよそに、セフィロスは口を開いた。
「……本当なのか?」
その声には、ひとかけらの感情も感じさせない。

「何が?……」
言いかけてウォルターは、ソルジャーの、いや、セフィロスの卓越した五感を思い出した。その気になれば彼は、ドアや壁などまるで問題にせず、このフロア全体の音を聞き分けられるのだ。
と言う事は、さっきの会話を……

「セフィロス、まさか、僕と宝条博士の話を……」
見つめる瞳は空虚だった、何もかも諦めている瞳、クラウドと出会ってからは滅多に見せなくなった、全てを諦めた様な瞳。


「本当なんだな、あいつが、あの男が俺の……」
「セフィロス、それは……」
焦るウォルターにかまわず、セフィロスは突然笑い出した。

「くっくっく……見捨てるどころか、最初からその目的で作ったという訳か、実にあの男らしい。あの男らしいよ、くっくっく……」
セフィロスは笑い続ける、何の感情も感じさせない声で、声だけで笑い続ける。

「ふふふ……俺は生まれた時から、実験サンプルだと思っていた、だが、生まれる前からそう決まっていたのだな、それなのに俺は……」
笑えば笑うだけ、青ざめていくセフィロス、硬く強ばった顔で。


ゆらりと、長身が揺れる。崩れ落ちると思って差し出した手を、あっさりと払われた。
そのままフラフラと出て行く彼を、ウォルターは止める事ができなかった。




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