Pure love…純愛5
 どうしてそう思ったのか解らない、ただ、クラウドにとってその男の第一印象は『怖い』だった。
何が怖かったのか?ただの冴えない白衣の中年男、体格も貧相で特にこれといった特徴もない。
卑劣な手で、白衣の男に乱暴されかかった直後だったからか?それとも、故郷の村で自分を巻き込んだ騒ぎがあると、悪くなくても周りの大人達に一方的に責められた記憶が蘇ったのか?


……解らない、ただ、眼鏡の奧で光る瞳が、じっと自分を凝視する瞳が、故郷の山に居た蛇を思い起こさせた。
何の感情もなく首をもたげて、目の前の獲物をじっと凝視する蛇の瞳を。

『クラウド、おまえも蛇が嫌いか?蛇の瞳には瞼がない、だから瞬きをしないで見開いたまま獲物を凝視する。そんな瞳が余計に嫌われるんじゃろう、蛇は何も考えずに獲物を見ているだけなんじゃろうがな。』
昔、クラウドに優しかった猟師の老人がそう言っていた。

『蛇には瞼がないから、獲物を飲み込んだあとも満足げに目を細めたりもしない、感情が読めない、だから余計気味悪く思うんじゃろうな。』

でも……目の前のこの白衣の男には瞼がある、それなのにどうして、こう感情を感じさせず、無感動な瞳で自分を凝視するのだろう。

いや、凝視しているのは自分ではない。凝視しているのは……


セフィロスだ……

自分のしがみついているセフィロスだ、その一挙一同を感情のない瞳で凝視し、観察しているのはセフィロスだ。
セフィロスの身体から伝わる鼓動が早い、一気に早く大きくなっていく。そして、強ばる筋肉。


怒っている?いや、違う、微かに感じる汗、そしてほんの僅かだが震える身体。
怯えているのだ、セフィロスは、でも何故?



「騒ぎを起こしたのは俺ではない、あの研究員だ。質が落ちたな、所詮おまえの下か。」
セフィロスは、殊更に大きな声を出した様にクラウドは感じた。まるで怯えを隠すかの様に。
「ふん、バカな奴だ。よりによって、士官学校入学予定者に手を出すとは。」
その表情と同じく、何の感情も感じさせない声で、宝条博士と呼ばれた男は言った。そして探る様な目で、セフィロスの腕の中のクラウドを見る。

「しかも、おまえの知り合いか?セフィロス。」
その質問をした時だけ、妙に嬉しそうに感じたのは、クラウドの気のせいだったろうか?いや、そうではない、先ほどまでの無機質な瞳が、急に楽しげな色を帯びていく。

クラウドは悟った。

セフィロスだけなのだ。
この男の興味は、セフィロスだけなのだ。



一方、セフィロスは、明らかに興味をそそられた様な宝条を見て、すっと冷静になる自分を感じていた。
宝条を見ると、子供の頃の無力な自分に戻ってしまう。今ではこんな男、素手で簡単にひねり殺せるのに、幼い頃、心底植え込まれた恐怖は消え去る事はない。


白い、白い研究室で、検査と称され様々な実験をされた自分。有無を言わさず押さえつける研究者達、極限の苦痛、泣いても喚いても誰も助けには来てくれなかった。そこにあったのはいつも機械の様に無機質な、観察者としてのこの男の目。
そして、いつしか感情を表さなくなった自分の反応を確かめる様に、可愛がっていた生き物を次々に奪っていったのもこの男。そうと気づいてから、生き物を飼うのは止めにした。
腕の中のクラウドが、怯えているのを感じる。もう自分は、あの頃の無力な子供ではない。可愛がっていたものを勝手に処分され、声を噛み殺して泣いていた子供ではない。


守らなければ!


「そんな事は関係ない、大事な事はここの研究員が、未成年者を誘拐し、薬物を使って自由を奪い、陵辱しようとしたという事だ。」

セフィロスの声の調子が変わった、殊更にトーンを落とし、冷静に淡々と。それと共に微かな震えも止まり、まさに氷の英雄と呼ばれるのにふさわしい、冷たい瞳で宝条を睨みつける。

「宝条、俺はこの件をうやむやには済ます気はない。厳正な処分を要求する。」
「厳正な処分ね、まあ、あの有様では、それどころではないだろうがな。」
宝条はふんと、鼻を鳴らした。
「あの男もな、サンプルで遊んでいる分には目を瞑ってやっていたものを、情けない話だ。」


その言葉で、それまで黙ってやり取りを聞いていたウォルターが、少しきつい口調で聞いた。

「では宝条博士、博士は知っておられたのですね、ビューニング博士が、今までも罪のない少年達を陵辱していた事を。」
「何か問題があるかね?ウォルター君。所詮サンプルだ、女達がマウスやモルモットをペットとして可愛がるのと一緒だろう。」
「違う!彼らは人間だ。我々と同じ、人間なんだ!」
急に口調を荒げたウォルターに、宝条は軽くため息をつく。
「その件は、いつか君と話す機会が欲しかったな、又後で話そう。今更君がそう言うとはね、君の様々な研究の成果、それも全てサンプルあっての事だろうに。」
かっとして、言い返そうとしたウォルターを、セフィロスが制止する。

「止めておけ、この男に人間の言葉は通じない、実験、研究がこの男の世界の全てだからな。」
皮肉気なその言葉を宝条は無視した、そしてクラウドに問いかける。

「君、確かクラウド・ストライフ君だったな、セフィロスとはどういう関係だ?」
「おまえには関係ない。」
即座に返したセフィロスをちらりと横目で見ながら、なおも話しかける。
「この度は私の部下が済まない事をした、処分はきちんと行うから、君もこの事はさっさと忘れて、学業に専念したまえ。」
これが人に謝る態度だろうか?クラウドがあっけに取られて返事が出来ずにいると、宝条は勝手に続けた。

「あとの手当は私がきちんと行おう。」
「必要ない、連れて帰る。」
きっぱりと断ったセフィロスに、宝条は薄気味の悪い笑顔を浮かべる。
「よほど気に入っている様だな、なるほど。」
「何がだ?」
「いや、では勝手にするといい、ではな。」

ばたんとドアを閉めて宝条が出て行くと、セフィロスは忌々しげに舌打ちをした。
「忘れていた、ここにあいつが居ないわけがなかったな。」
「セフィロス、あれ誰?」
「化学部門統括、宝条、三流科学者だ。」
そっけなく答えたセフィロスを、クラウドが心配げに見上げる。
セフィロスは、クラウドが安心できる様に、ぽんぽんと軽く頭を叩いた。
「もうこんな所に長居は無用だな、帰るぞクラウド。」





 自分の手を握ったまま眠ったクラウドの指をそっと外して、セフィロスは部屋を出ると、リビングのソファーに座った。
ウイスキーをタンブラーに注ぎ、ストレートのまま一気に煽る。かっとノドが焼け付く様な感覚、アルコールの苦みと共に、苦い思いを噛みしめる。


うかつだった、ビューニングがクラウドに興味を持った事を聞いていたのに……


GPSでクラウドの居場所が解らなくなった時、最初この間の連中に、スラムに引きずり込まれたのかと思った。
頭に血が上り、飛び出そうとしたセフィロスに、すぐにログを見る様言ったのはウォルターだ。
神羅ビルの前で途絶えていたクラウドのログ、神羅ビルでその手の電波を完全に遮断しているのは、研究所と治安維持部だけだ。しかし、クラウドが連絡もせずに勝手に、治安維持部に来るはずもない。第一それならすぐにセフィロスに連絡が来るはず、しかし研究所にも行くはずが……
そこで、ウォルターが思い出した。今日ビューニングと打ち合わせするはずが、直前で、緊急の実験があるという理由で門前払いを喰らった事を。そして彼は他ならぬクラウドから、殴られていたビューニングが、セフィロス達に助けられた話しを聞いていたのだ。ならば近づく口実も、接点もあるはずと。

研究所のフロアで、ウォルターから事情を聞いた受付の女性から、そういえばビューニング博士はサンプルをおもちゃにしているという、良くない噂があると聞いた時の焦り。実験室に向かう途中、常人離れした自分の耳に聞こえてきたクラウドの悲鳴。

『助けて!セフィロス!セフィロス!』



セフィロスは、ぐっと唇を噛みしめる。

クラウドをあの男の毒牙にかけてしまった、自分がうかつすぎたばっかりに。


もう一度ウイスキーを煽ろうとした時、眠っていたはずのクラウドの悲鳴が聞こえた。
慌てて部屋に駆けて行くと、声を上げてうなされている。

「クラウド、クラウド。」
軽く揺すって、呼びかける。目を覚ましたクラウドは、罠にかかったネズミの様に怯えた瞳で、ガチガチと震えながら、じっとセフィロスを見つめた。


「どうした?大丈夫か?」
「……怖い……怖い……」
「クラウド?」
「怖いんだ、セフィロス。又あいつが来そうで、怖い、怖くて怖くて仕方がないんだ。」
そういってセフィロスにしがみついて、クラウドは安心した様に息をついた、カタカタと震えてながら。
夢にでも見たのだろう、乱暴されかかった事を。心に負った傷の深さを思い、胸が詰まる。

「もう大丈夫だ、俺がちゃんとここにいるから、安心して眠れ。」
優しく頭を撫でてやると、しがみついた腕に力がこもった。
「お願い、今日は一緒に寝て。」
「クラウド……」
柔らかい金髪を撫でていた手が、ぴくっと止まる。
「怖いんだ、セフィロスの温もりが側にないと、怖くて怖くて仕方がないんだ……」


怯えた目で見上げるクラウド、いつも生き生きと輝いていた蒼い宝石の様な瞳が、心細い光に満ちていた。
震える細い肩、青ざめた頬、噛みしめる唇。そしてパジャマの襟から覗くうなじに浮かぶ、紅い鬱血班。
セフィロスの不甲斐なさを責める様に見せつける、あの男がクラウドを汚した跡……


セフィロスはぎゅっとクラウドを抱き締めた。
「解った、今晩は一緒に休もう。」
「セフィロス、ごめんね。」
「何を謝る必要がある?謝るのは俺の方だ、おまえをこんな目に遭わせてしまった、こんな目に……」

トクン、トクンと伝わるクラウドの心臓の音、自分が抱き締めていると、安心した様に次第にゆっくりとなっていく。抱き締められて、心底安心しているのだ。



愛しい、愛しい……

愛しい、愛しい……



そのまま、ひょいとクラウドを抱き上げる。
「俺のベッドに行こう、ここでは狭すぎるからな。」
「セフィロス、俺一人で歩けるよ……」
「安定剤を飲んで寝たから、まだ足下がふらつくかもしれないぞ、遠慮するな。」
軽く額にキスを落とすと、クラウドは安心した様に頷いた。微かに浮かんだ微笑みが、セフィロスの胸を締め付ける。

こんな時でも自分に微笑んでくれるクラウドへの愛しさと、守りきれなかった悔恨で。


寝室に運ぶ途中で眠ってしまったクラウドの額に、セフィロスはもう一度キスを落とした。




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