Pure love…純愛4
闇の中で溺れかけていた。

もがく指先は空しく宙を掴み、じわじわと真綿で締め付けられる様な息苦しさ。
水ではない、何かねっとりとした物に捕らえられている。懸命に動かしている手足に力が入らない。
だるい、だるくてしかたがない、もっと必死に身体を動かさなければ溺れてしまうのに、もがく事に疲れてきた。

闇が蠢動する。
ずるり、ずるり、と肌の上を蠢動する。

蠢きながら中に入り込もうとする闇、足首を掴み、無理にこじ開け……
声がでない、叫びたいのに、声が出ない。

いやだ……いやだ!

セフィロス!セフィロス!!


「クラウド!」
視界がぱあっと明るくなった、目の前にあるのは、心配げな翡翠の瞳。

「セフィ……ロス?」
「そうだ、大丈夫かクラウド?」
気がつけば、クラウドの右手は、ぎゅっとセフィロスに握られていた。そして、左手には点滴の針が刺され、ぽとんぽとんと、透明な液体が管を通して身体の中に入っていく。見覚えのない室内、どこかの病室の様な殺風景な部屋。


俺はどうしてここに?


ぼんやりとクラウドが考え込んだ時、ドアが開いてウォルターが入ってきた。
「やあ、気がついたみたいだね、どこが具合が悪いところはないかい?」
「ウォルター先生?俺いったい……」
身体を起こしかけると、頭と顔、そして右胸と腰に鈍痛が走る。頬を触ると腫れている、不審に思って着せられている検査着の様な物もめくってみると、右胸に当てられている白いフィルム、そして一面の鬱血班……

「ウォルター、どうだった?」
低い、感情を押し殺したセフィロスの声、その顔には表情がない。
「ああ、大丈夫だ、検体の採取しかされていない様だ。ジェノバの反応も魔晄の反応もない。」

検体の採取?クラウドは腰に手を伸ばした、そこにもフイルムの感触を感じる。

「本当にそれだけなのか?」
「ああ、各種X線と造影、エコーの画像、心電図、血液、骨髄液、脊髄液、それと……精液。全て処分してきた。」

「ウォルター!」
いきなりセフィロスは立ち上がると、ウォルターに詰め寄った。
「それを大丈夫で済ます気か!」
「レイプはされていないよ、医者として他にどう言えばいいって言うんだ?」
淡々とあえて顔色も変えずに言うウォルター、クラウドの頭にその単語がひっかかる。


『レイプ』
『精液』
そして、この胸の鬱血班……


「うわーーーー!!!いやだ!いやだ!」

突如点滴を引き抜き、暴れ出したクラウドを慌ててセフィロスが押さえ込む。
「クラウド、落ち着け!大丈夫だ、もう大丈夫だから!」
「いやだ!いやだ!あいつ、俺をだまして……だまして……いやだ!いやだ!」
「クラウド!クラウド!」
強い力で無理に押さえ込むと、細い身体が、がちがちと震える。
一瞬ひるんだセフィロスだが、抜き去られた針痕から流れ出る血液を見て、怒鳴った。

「ウォルター!止血を!早く止血しろ!」
慌てて側にあった脱脂綿を取り、ウォルターが圧迫止血する。
その間もクラウドの恐慌状態は収まらない、叫びながら押さえられた腕から逃れようと、力任せに懸命にもがく。

「クラウド!クラウド!」
必死に呼びかけるセフィロス。しかし、その蒼い瞳に、セフィロスは映っていなかった。映っていたのはおぞましい悪夢……




最初感じたのは、軽い浮遊感、ひどい頭痛、妙に火照る身体……そして、異様な感触……

ぼんやりと目を覚ました、どこにいるのか解らなかった、最初に目に入った物が理解できなかった。
素っ裸の自分、抱えられて大きく広げられた両脚、そしてその間にある男の顔、その口に含まれているのは……

理解した瞬間、クラウドは絶叫した。
その声で気がついた男は、口を離すと顔を上げてにやりと笑う。
「薬が切れてきたか、気持ちがいいだろう?どうやら精通は済んでいるらしいから、もっと気持ちのいい事をしてやるよ。」

アルフレッド・ビューニング!自分をここに連れてきた男。少しの間ここで待っていてくれと言われ、出されたコーヒーを飲んだのだ、その後からの記憶が全くない。

「本当に滑らかで気持ちのいい肌だ、心配しなくても優しくしてあげるからね。」
気持ちの悪い笑いを浮かべて、なで回され、クラウドは総毛だった。指を差し入れかけられ、悲鳴を上げながら思い切り足を蹴り上げる。

「ぎゃっ!」
鈍い音と、悲鳴にかまいもせずに起きあがり、台の上から飛び降りると、がくっと足の力が抜けた。
頭がくらくらする、天井が回る、身体に力が入らない、それでも懸命に立ち上がろうとした時に、乱暴に押さえ込まれる。

「なんて事をするんだ!せっかく可愛がってやっていたのに、しっかりしつけてやらねばならんな。」
「離せ!」
大きく肘を後ろに振ると、再び悲鳴が上がる。ひるんだ腕から抜け出し、クラウドは夢中で這いながらドアに向かった。

いやだ!助けて!セフィロス!!セフィロス!!

足首を捕まれ、引きずり戻される。
「本当に悪い子だ、きつく仕置きをしてやるぞ。」
俯せに両膝を押さえつけられ、動けない。

「綺麗な形の尻だ、まだ何の汚れもない……」
べろりと中心を舐められ、おぞましさにクラウドは絶叫した。
「セフィロス!いやだ!セフィロスー!!」

「セフィロスだと?」
急に口調が変わり、俯せにのし掛かられる。
「おまえ、あいつと出来ていたのか!なんて奴だ、この淫売めが!!」
「違う!離せ!!おまえなんか嫌いだ!!」
「何が違うだ!毎晩あいつと、ヤッてたんだろう!?せっかく大事にしてやろうと思ったのに!」
ビューニングは罵りながら、クラウドの身体をまさぐった。
「綺麗な身体だと思ったのに、汚れていたとは!だが、安心しろ私は慈悲深いからな、汚れた身体でも可愛がってやるよ。」

嫌なのに、こんな男に好きにされたくないのに、ただでさえ力が入らない上に後ろから体重をかけて押さえ込まれ、クラウドは悔しさに叫んだ。

「離せ!セフィロスはお前と違う!この変態!離せよ!変態!変態!!」
「変態だと!このスベタめ!」
ビューニングは、思い切りクラウドの頭を殴った。
「何がセフィロスだ、あいつはただのサンプルだ。何が英雄だ、たまたま成功しただけの実験サンプルだ!」
衝撃で呻くクラウドの顔を無理矢理自分の方に向け、いやらしく嗤う。
「あいつが、どんな生まれ方をしたのか教えてやろうか?人間じゃないんだ、あんな生まれ方をしたあいつはモンスターと変わらない……」

得意げに言いかけた言葉は、吐きかけられた唾に中断させられた。
「変態がセフィロスを罵るな!この下種!!」

蒼い瞳が正面からビューニングを射抜く。それまで無力な兎を追いつめ、嗜虐の喜びに浸っていた男は、瞬間そのきつい瞳に怯えた。

どうしたのだ、この少年は自分を怖がっていたのではなかったか。怯え、逃げまどいながらも、ついには圧倒的な存在の自分に従い、服従するのではなかったか。

そんなはずはない!そんなはずは……

唖然とした顔が怒りに変わる、ビューニングはもう一度したたかに、クラウドの顔を殴った。

「こいつ!こいつ!サンプルの分際で!!こいつ!!」


殴ればこの少年は、自分を強者と認めるはずだ、殴れば自分の怯えに気づかれずに済むはずだ……


殴っても、殴っても、きつい瞳で睨むのをやめない無力な少年に、ますます怯える自分を認めたくないビューニングは、きちがいじみた声をあげながら、更に暴力を重ねる。



クラウドはもう限界が近かった、こんな卑怯な男に屈したくない。セフィロスを侮辱し、暴力で自分を屈服させようとする様な下種な男に、屈したくなんかない。しかし、何度も殴られ、ただでさえ薬で朦朧とした意識が、さらに薄れてきた。
もう動く気力もなくなったクラウドは、気持ちの悪い笑い声を聞きながら、ぼんやりと自分の腰が高く持ち上げられるのを感じていた。何かが中心に押しつけられる……と思った時、ふっと身体が軽くなった。


「クラウド!……貴様!!」

聞き覚えのある声、そしてドンという音、目の前のドアが開いていた。

誰かが自分を抱き起こす。

「クラウド!大丈夫か!!しっかりしろ!クラウド!」
ぼやける視界に、不思議な輝きを宿す翡翠の瞳が映る。

セフィロスだ、来てくれた……

クラウドの身体から、がっくりと力が抜けた。




「クラウド!」
「セフィ……ロス?」
「そうだ!俺だ、クラウド!」
「セフィロス……」
蒼い瞳に光が戻る、ようやく恐慌状態が収まったクラウドに、セフィロスはほっと息をつく。


「クラウド、クラウド、解るか?俺だ、セフィロスだ。」
背一杯の優しさを込めて、セフィロスはクラウドに呼びかけた。
「……あ、……あ、セフィ……ロス?」
「そうだ、何度も俺を呼んでたろう?俺だ、セフィロスだ。」
ふいにクラウドの身体から力が抜けた、じっと見つめる蒼い瞳から、涙がぼとぼとと落ちてくる。

「……セフィロス、俺……俺……」
「クラウド、大丈夫か?」
「俺……俺……あいつに……あいつに……」
身体が再び、ガチガチと震え出す。気持ち悪い、おぞましい、こんな言葉では言い表せない程の……

「悪かった、もっと早く俺が気づいていれば……」
悲痛な顔のセフィロス、こんな状況なのに、久しぶりに腕の中に納められ、安心仕切っている自分をクラウドは不思議に感じる。

「セフィロスが悪いんじゃないよ……」
そう、悪いのはセフィロスではない、自分が不注意だったのだ、あんな男に騙されるなんて。


「悪いのは俺だよ、ノコノコついて行った俺……」
そう言って、項垂れるクラウドの頭をセフィロスが優しく撫でる。
「なんて言われて、ついて行ったんだ?」
「この前の喧嘩が上にばれて……セフィロス達が責任を取らされる……俺が証言すれば大丈夫だって……」
言いながらクラウドは、情けなさに涙が再び沸いて出てきた。どうして騙されたんだろう、考えてみればこんな子供の証言が通るわけがないじゃないか。

「いいや、悪いのはあの男だ、殺してやれば良かった、殺してやれば……」
セフィロスは、ぎり……っと歯を噛みしめる。全裸のクラウドの上に、ズボンを膝まで下ろしてのし掛かっていたビューニングを殴り飛ばした。ビューニングは壁まで吹っ飛んだが、日頃意識的に自分の力を制御しているせいか、死にはしなかったらしい。

頭に血が上っていると思ったのに、いや、血が上っていたから、日頃のクセが出たのだ、ビューニングなど眼中になかった、早くクラウドをこの手に取り戻したかった。
少し頭が冷えた今だからこそ、あの時に殴り殺せばよかったと思えるのだ。
さっき、クラウドの腕から流れ出た、点滴痕の血液。散々見慣れた人間の血液、それがクラウドの物というだけで、圧倒的に動揺する自分に、セフィロスは唖然としていた。

今まで自分が流してきた量に比べれば、比べられないくらいの微々たる量なのに、白い腕に鮮やかに筋を作る血液に、確かにセフィロスは恐怖を感じてたのだ。
同時に、どうしようもない愛しさが、腕の中で怯える少年に沸いてくる、そして、この少年をここまで怯えさせた男に対する猛烈な怒りも。

「殺せばよかった、あの男、殺せば……」
繰り返すセフィロスに、クラウドはぎゅっとしがみついた。



「死にはしなかったけど、当分死んだ方がマシな状況が続くだろうね、ビューニングは。」
「ウォルター先生?」
不意にかけられた声の方を向くと、いつもの穏やかな顔。そういえば、最初に目を覚ました時に、ウォルターもいたのを思い出す。

「さっき様子を見てきたが、上顎、下顎粉砕骨折と、胸腰椎圧迫骨折だ。顎を固定されてしゃべれずに呻いていたよ、下手すると下半身に麻痺が残る。」
「当然の報いだ!」
吐き捨てる様に言うセフィロスから視線をそらしながら、ウォルターはクラウドに声をかけた。

「頭を殴られているから検査したけど、異常はない。胸と腰の突刺部位は骨髄液と、脊髄液を採取された痕だ、もう塞がっているから心配はいらない。ただ、今日は風呂には入らない様に。どこか他に気になる所はあるかい?」
冷静にいつもの口調で尋ねられ、クラウドはどこかほっとする。ウォルターは優しい目で続けた。

「悪いのはビューニングだ、君じゃない。浅ましい目的で君を騙したビューニングだ、間違うんじゃないよ。」
こくんと頷いたクラウドに、ウォルターの顔にも安心の笑みが浮かぶ。

「どうする?セフィロス。僕としては、今日一日はここで安静にして、様子を見た方がいいとは思うが。」
「冗談じゃない、連れて帰る。こんな所に、もう一分たりともクラウドを置いておけるものか。」
「だろうね。じゃあ、今晩クラウド君がぐっすり眠れる様に、軽い精神安定剤だけもらって来るか。」

ウォルターがそう言った時に、不意にドアが開いた。
冴えない白衣の中年男が立っていた、すっと、セフィロスの目が細まる。

「宝条……」
「宝条博士。」

「久しぶりだな、セフィロス。何やら、えらい騒ぎを起こしてくれたな。」

何者だ?

一瞬で変わった空気に、クラウドは戸惑いながら、セフィロスにしがみついた。





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