Pure love…純愛2
「なんか落ち着かないな。」
クラウドはそう呟くと、真新しいベッドに腰掛けた。

このベッドは昨日セフィロスが購入したばかりのものだ、敷かれているのは上等の真新しいリネン、しかも、わざわざ一度洗って糊を落とし、汗の吸水性をよくしているという丁寧さだ。
色は薄めのアクアブルー、ピロケースも、ベッドスプレットも同じ色彩で統一され、丁寧に彫り込まれたマホガニーのベッドボードに、しっくりとなじんでいる。
ゆっくりと手足を伸ばして眠れるように、セミダブルサイズを取り寄せたと、セフィロスは言ったが、このサイズのマホガニー製のベッドが、どれだけの値段がするのか、田舎物のクラウドだってよく知っている。

セフィロスはどうしたんだろう、急にこんな物取り寄せて……

元々この部屋は、アンティークなライティングデスクとチェアが、ぽつんと飾りのように置かれている部屋だった。この家に着たばかりの頃『勉強するならこの部屋を使え』と言ってくれた、セフィロスの書斎の隣の部屋。
昼間クラウドは掃除や洗濯などの雑務を済ませると、この部屋で勉強するのが日課となっている。だけど、夜この部屋で過ごしたことはなかった、何故ならこの部屋にはベッドがなかったから。

夜は寝室でセフィロスの広いベッドで一緒に眠る、キングスサイズより更に一回り大きなそのベッドは、二人で寝ても全然狭くない、それなのに気がつけば寄り添って、互いの体温を感じながら眠っている、それはとても心地よい。
ニブルヘイムにいた時は、クラウドは一人で眠っていた、母親が夜遅くまで働いているため、ずっと小さい頃からそうだったのだ。
人の体温を感じながら眠ることに、こんなに自分が飢えていることに、クラウドは改めて気がついた、そして、それは自分だけではなく、セフィロスも?
そう思うと、クラウドの胸に甘い痛みが走る、初めて感じる甘い痛みが……

2ヶ月近くそうしてきた、それなのに昨日いきなりセフィロスは、このベッドを取り寄せたのだ。

『どうして今更?あと少しなのにもったいないよ』というクラウドの問いに、セフィロスは笑顔で答えた。
『おまえは学校に入れば寮に行くのだろう?週末ごとに休みがある、その時に遊びに来てはくれないのか?きちんとおまえの部屋を整えてやりたいんだ。』
その答えはとても嬉しかったのだけれど、学校に入っても、ここに来ていいと言われた事は、とても嬉しかったのだけれど。

どこかセフィロスはぎこちなかった、どこかおかしかった。
久しぶりに一人で寝た昨日は、なかなか寝付けず、水を飲みに部屋を出ると、ダイニングでセフィロスが一人で酒を飲んでいた、どこか難しい顔をして。だからそのまま部屋に戻ったのだ。

そして今日、セフィロスの帰りは遅い、先に食事を済ませて休んでおく様、電話があった。

「さみしいな……」
静かな部屋に、ぽつりと響く自分の声、クラウドは、ため息を一つついた。




あれほど先に寝ていろと、言ったのに……

リビングのソファーで、うたた寝をしているクラウドを見て、セフィロスは苦笑する。
そっと起こさない様に抱え上げ、寝室に向かおうとして、はっとし、クラウドにあてがった部屋へと向かう。

ふわふわと揺れる金色の髪、かすかに漂うシャボンの香り。腕の中の細い身体は、温かく、柔らかく、この重みすら心地よい。
すーすーと漏れる寝息は、甘く、優しく、吸い込まれるように唇を重ねていた。
柔らかい弾力と、自分より少し高い体温、ゾクリと何かが駆け上がる。

左の手はすらりとした背中に、右の手は形の良いむき出しの大腿に、軽く右の掌を滑らせると、吸い付くような感触が伝わってきた。
一気に自分の体温が上がるのが解る、うるさいほどの動悸、触れているところから伝わって、クラウドを起こすのではないかと心配するほどに。
それなのに、触れることをやめられない、唇を合わせることをやめられない。
ただ、触れているだけのキスなのに、身体の芯まで蕩けそうだ。

もっと欲しい……もっと触れたい……

思わず強く吸い上げた時、クラウドの身体がぴくりと動いた。
慌てて唇を外す、うっすらと目を開けかけたクラウドに、氷のように固まっていると、そのまま何も知らずに再び眠ってくれた。
安堵のため息をつき、部屋のベッドにそっと寝かせる。そのまま寝顔を見ていると、又よからぬ想いが沸いてきそうで、そっとドアを閉めて部屋を出た。



リビングでウイスキーをストレートで煽る。
あのベッドを買っておいてよかった、この凶暴な想いで、同じベッドで眠ることはできない。
いや、二度と同じベッドで寝てはいけない、そんなことをしたら、俺は……俺は……

今日娼館に行った、この凶暴な気持ちを少しでも鎮めようとして、しかし……抱けなかった。
選んだのは、クラウドと同じような年頃の金髪の少年。
慣れた手つきで自分の上に跨り、服を脱がしかける少年の指の爪の先端が、赤黒く変色していた。
聞いたことがあった、こういう娼館では、客を相手にしくじったり、逃げようとした者を懲らしめるのに、身体に傷を作らぬ様、爪の間に針を差し込んで折檻すると。
クラウドも自分が助けなければ、こういう娼館で客を取らされたりしたのだろうか、この少年の様に最後には暴力で屈服させられ、夜ごと何人もの男達の相手を……自分のような、ただ欲望の発散をするための、男達の相手を……


急に気持ちが萎えた。
興を削がれた自分に、少年が慌てて何が気に入らなかったのかと聞く。金は払うと言っているのに、何をそんなに焦っているのかといぶかしんだが、自分が時間が来る前に帰れば、この少年が折檻されるのだと言うことに思い当たり、そのままそこで酒を飲んでいた。
ぽつり、ぽつりと身の上話をする少年の言葉を、全部信じたわけではなかったが、都会に憧れて、騙されて売られたという件(くだり)に、つい倍額の金を渡していた。



グラスのウイスキーを一息に飲み干し、大きなため息をつく。

いつかレオが言っていた、自分はもう、遊びで女は抱けないと。

『ダメだよ連隊長、俺は娼館には行けない。アーニャをあんな目に遭わせた奴らと、同じ、欲望にギラつく目で女を見たくない。例え相手が娼婦でも。』

かつて起こった事件で、神羅の社員だというだけで、ソルジャーの恋人だというだけで、テロリスト達の怒りをその身に受け、狂ってしまった彼の恋人。

あの時は、レオの言っている事が解らなかった、それとこれとは全然関係がないではないかと。でも、今はよく解る、クラウドが娼館に売られて男達の相手をさせられていたら、自分は全てを八つ裂きにする。それと同じように、あそこで客を取らされている者達にも、きっと、そういう思いでいる者がいるのだ。
自分がその一人になると言うことは、八つ裂きにしたいと思う自分の心をも、裏切ることになるのだ。

そして、娼館を後にした時、急に不安になって家路を急いだ自分がいる。
クラウドがこの前の様な連中に、見つけられてはしないかと、急激に怖くなった自分がいる。リビングで静かに眠っている姿を見た時は、ほっとして……やはりこれからは、できるだけ早く帰るようにしようと、心底思ったのだった。


「ざまぁないな……」
セフィロスは、自嘲気に呟いた。




翌日からセフィロスは、以前と同じ時刻に帰ってきた、普通に夕食を摂って他愛もない会話をして……
以前と違ったのは、夕食がすむと、すぐに書斎に閉じこもるようになった事、それと突然くれた携帯電話。

何かあったら、すぐに自分に連絡をよこすようにとくれた、携帯電話。

いらなかったのに、そんな物いらなかったのに。そんな物より、以前のように、一緒にリビングで過ごしたかった、同じ部屋で、お互い好き勝手な事をしながら過ごしたかった。ずっと会話をするでなく、何かの拍子に話し出して、又静かになる。それでも同じ部屋にいると言うだけで、空気が暖かかったのに。

クラウドは知らない、リビングで、セフィロスの後ろから新聞をのぞき込んだ時、どれだけセフィロスが焦ったか。ノースリーブのシャツの隙間から覗く華奢な鎖骨や、耳元に触れる吐息が、どれだけセフィロスを煽っていたか。
風呂上がりに、バスローブから伸びたすらりとした白い足首が、どれだけ欲情に火をつけていたか。

彼がどんな想いで、書斎に籠もったか……

知らない故にクラウドは、言いようのない寂しさを感じていた、それと同時に、セフィロスは何かを自分に隠しているとの確信も。





そんな日が1週間も続いた頃、クラウドはいつもの様に、買い物に出かけた。夕食と、朝食用のパン、それと切れていたミルクとベーコン……

今晩は何を作ろう、夕食のひとときは、今ではセフィロスとゆっくり過ごせる貴重な時間だ。だから、美味しい物を作って、セフィロスを喜ばせたい、何か悩みを持っているだろうセフィロスを、少しでも安らげさせたい。


マンションを出た所で、いきなり声をかけられた。

「クラウド・ストライフ君だね。」
30過ぎ位の、殴られた様な痣のある、やせ形の男、ちょっと陰気な印象の……
「はい、そうですけど、あなたは?」

不審そうに問い返すクラウドに、男は人の良さそうな顔を作った。
「おや、私を覚えていては、くれなかったのか?この間君たちに助けられた男だよ。」

言われてみれば、あの時殴られていた男だ、確か神羅の生物化学部門の偉い人……

「ああ、あの後大丈夫でしたか?」
「まだ、あちこち痛いが、どうにか起きれるようになったよ、君たちのおかげでね、お礼をしたいのだが。」
「セフィロスはまだ帰ってきていません、会社だと思います、帰ってくるのはいつも6時過ぎですから。」

この時クラウドは、もう少し警戒心を持つべきだったのかもしれない。しかし、世界的に有名な会社に勤める偉い人、しかもセフィロスの顔見知りの……
田舎から出てきたばかりの少年に、それは無理な話だった。

「そうか、今日はもっと遅くなるかもしれないな。」
「え?どうしてですか?」
「うーん、実は、この間私を助けた時に、一般人を相手に喧嘩をした件が問題になっていてね。君は知らないかもしれないが、ソルジャーは仕事以外で喧嘩をしてはいけないんだ……」
クラウドの顔が瞬時に青ざめた、最近のセフィロスがおかしかったのはこのせいだったのか。

そんなクラウドの表情を伺いながら、男は話を続けた。
「……十分に処罰対象になりうるんだ、それの査問会が今日会社であるのだが……」
「あれは、仕方なかったんです、あなたも知ってらっしゃるでしょう?」
思わず叫んだクラウドに、陰気に笑って男は答える。
「もちろん、私としても、この件で彼らが罰せられるのは不本意だ。しかし、私も当事者の一人なので、私の証言だけではなかなか認めて貰えないんだよ。」
「そんな……」
後が続かないクラウドを、満足そうに見て、男は言った。

「そこで君の助けが必要なんだ、君が査問会で証言してくれればきっと彼らに有利になる。」
「え?俺の?」
「そう、一般人の君が、あの時の事情を説明してくれれば、きっと会社も認めてくれる、ただ、セフィロスは……」
そこで、男はちらりと見聞するようにクラウドの顔を見た。

「……セフィロスは君を巻き込みたくないから、君を招集すると言う意見は、突っぱねたようだが……」
「行きます!俺をその場所に連れて行って下さい!」

いつものクラウドならもっと考えていた、いつものクラウドなら矛盾に気がついていた。しかし、あの事件から、あからさまにおかしい行動のセフィロス、妙に自分を避けているような、考え込んでいるような……あまりに符号が合いすぎていた。

「そうか、では私の車に行こうか、ああ、申し遅れたが、私の名はアルフレッド・ビューニング、神羅の科学技術部門の主任課長だ。」

妙に汗ばんで湿った感触……握手に伸ばされた手を握った時、クラウドはそう思った。





       back           top          next