Pure love…純愛1

 ギシ…ッと音を立てて、ベッドが軋んだ、痛む身体を横たえながら、アルフレート・ビューニングは、呪いの言葉を吐いていた。


畜生…あの下賤なやつらめ…


再度提出した研究計画と要望書を却下され、憂さ晴らしにダウンタウンに出かけた、客引きをしていた少年の白い肌に惹かれて、いかがわしい店に入ってこのざまだ。

あのガキ!綺麗な顔をしているくせに、腹黒な!おまけに店では他の奴に相手させやがって!

悔しさに思わず歯を噛みしめると、切った唇と、折れた歯が激しく痛んだ。

「くそお!あのガキ!!」

声に出すと、腹筋に力が入り、蹴られた腹とヒビの入った肋骨までも痛み出す、ビューニングは低く呻いた。

痛みは苦手だ、山の様に痛み止めを飲んだと言うのに全然効かない……
あのガキ……おまえなんかただの娼夫クセして、おまえなんか……
一瞬でも惹かれた私が馬鹿だった、おまえなぞ美しくも何ともない……あの少年に比べれば……

……あの、クラウド・ストライフに比べれば……




「セフィロス、俺あがったよ。」
「あ、ああ…」

リビングのソファーに座ってウイスキーのグラスを傾けているセフィロスは、難しい顔をしたまま返事をした。クラウドは髪を拭きながら、そっとため息をつく。

セフィロスは帰ってきてからずっと考え込んでいる、先にバスを使えと言われて、入ったが、今も何か考えている様だ。
ダウンタウンで襲われていたあの男の人と関係があるのか?
セフィロスは名前を知っていた様だったけど。


『アルフレート・ビューニング……』
セフィロスがその名を呟くと、側にいたジャックが思い出した様に言ったのだ。
『ああ、科学生物部門の主任課長か。』


何か難しい事にでもなったのだろうか?……あ……ひょっとしたら……

クラウドはそっとセフィロスの隣に座った、気配を感じてセフィロスが振り向くと、思い詰めた蒼玉の瞳がじっと見つめていた。

「どうした?」
「セフィロス、困った事になっているんじゃないの?」
「は?」
意外な言葉に戸惑った様に問いかけ直すと、クラウドがぎゅっと手を握ってきた。

「隠さないでよ、俺のせいなんだろう?」
「クラウド……おまえ何を……」
誤解して……と言いかけて、セフィロスは自分が帰ってきてから、ほとんどまともに口をきいていないのに気がついた、これではクラウドが何か誤解しても仕方ないだろう、いくら自分の思考に沈んでいたとはいえ。

「悪かったクラウド、おまえにいらない気を遣わせたな、俺はちょっと考え事をしていただけだ、別に何も困った事にはなっていない。」
「本当に?会社の人にばれたから困ってるんじゃないの?」
クラウドは、こぼれ落ちそうに大きな蒼い瞳を見開いた、そのあまりに真剣な眼差しに、セフィロスの胸はドキリと高鳴る。

「ばれたって……何をだ?」
できるだけ平静を装って、聞き返すと、今度は妙に切なげな瞳で見上げてきた。
「ソルジャーは私闘禁止なんだろう?それがばれたら会社クビになったりするんだろう?」

ああ、その事か……と、はやる鼓動を押さえつつ、ようやくセフィロスは、クラウドが何を言いたいのか理解した。
確かにそれは事実と言えば、事実だが、今まで私闘でクビになったソルジャーはいない。
何故かというと、まずソルジャーになって一般人と喧嘩は、よほどの事がない限りしない、まるで相手にならないからだ。それに絡まれて万が一喧嘩になっても、あっというまに決着がつき、警察がくる前にとっとと逃げ出すからだ。
そしてもし理不尽な理由で、意味もなく一般人をソルジャーの能力で殺した場合、クビになるより怖いものが待っている、それは同じソルジャーからのリンチ、平たく言えば、処刑だ。

ソルジャー達は、自分達の能力が人間兵器と呼ばれるほどに、常人からかけ離れている事、その能力を与えられた事に一種誇りを持っている、そしてその能力を持つ危うさを理解している。だからそれが理解できず、その能力を私利私欲の為に使うものを、ソルジャーの名を汚すものを決して許さない。

今度の場合、確かにロイドは私闘だったが、せいぜい相手の怪我は、打撲と骨折ぐらいのものだろう、おまけに絡まれたクラウドを助けたからだ、もし他のソルジャーに知られたとしても、誰も問題にしないだろう。
第一、あのビューニングがそれを会社に報告するわけがない、それを報告するにはビューニング自身が何故、ダウンタウンにいたのか、何故売春宿の用心棒に追われていたのかを説明せねばならないからだ、あのプライドの高い男がそれをするわけがない。
考えればすぐに解る事なのだが、まだ子供のクラウドには、こういう大人の考え方はできないのだろう。

「大丈夫だクラウド、そんな事には絶対にならない。」
「本当に?」
まだ不安げな瞳に、安心させようと、軽く頭をぽんぽんと叩く。
ふわっと、シャンプーの香りが鼻腔をくすぐった、そういえばクラウドは風呂上がりだ、夏物のパジャマから覗く大腿は、薄いバラ色に輝いている。
心配げにセフィロスの手をぎゅっと掴んでいる手は、少し汗ばんで柔らかい。
きっとパジャマに隠された素肌も、シャボンのいい香りがするのだろう、この掴んでいる掌の様に滑らかな手触りで…
見つめる大きな蒼い瞳、上気した頬、淡紅色の唇……

思わず抱き寄せようとして、愕然とした。


俺は今、何をしようとした?抱き寄せて、そして…


「セフィロス?」

この瞳が真っ直ぐに俺を見上げてくれるのは、俺を信頼しきっているからだ。
俺を信頼して……

「クラウド、大丈夫だ、おまえが心配している様な事には、決してならない。だから安心しろ。」
「本当?」
「ああ、本当だ、さあもう遅いから先に寝ろ、俺は風呂に入ってくるから。」
「うん。」

何も気づかずに、にっこり笑ったクラウドに、安心して立ち上がろうとすると、いきなり細い指先がセフィロスの顎を捕らえた。
びくっ、として動けずにいるセフィロスに、艶やかな唇が近づき、頬にそっと触れる……
甘いしびれが広がった、そこから信じられないほどの衝動が走る。

無意識に手が伸びた、迷うことなく華奢な肩を抱き寄せる、柔らかな唇に触れようと形のよい顎をクイと持ち上げた時、向けられたのは無邪気な笑顔。

「おやすみ、セフィロス。」

ぴく…と身体が強ばる、そっと目をつぶるクラウドが求めているのは、親愛のキス…間違えてはいけない、あくまで親愛のキスなのだ。

柔らかな頬に唇をよせ、何もなかったかの様にセフィロスは返した。

「おやすみ、クラウド、もうベッドに休め。」
「うん。」

ほとんど逃げる様にバスルームに向かった、むしり取る様に衣服を脱ぎ捨てると、熱いシャワーを頭から勢いよく浴びる。


どうしたんだ俺は!どうしたんだ俺は!?


触れたかった、あの柔らかな肌に触れたかった、この掌で、唇で。
華奢な鎖骨に、薄い胸に、滑らかな稜線を描くまだ柔らかい臀部に、形のいい大腿に、余すところなく触れて、自分の印を刻みつけたかった。

ザーザーと熱い湯を浴びながら、セフィロスは懸命に自分を鎮めようとした。

俺は一体どうしたんだ、俺はあの子にそんな事を求めていたはずはないのに…

同じベッドで眠る様になって、どのくらい経つだろうか?ずっとこの腕に抱いて眠った、そんな想いでいたはずはないのだ、ただ、あの子の柔らかさと、温かさが心地よかったはずなのだ。


…いや……違う……

いつの頃からだろうか、夜中にふと目を覚ますと、頬にクラウドの寝息を感じる、それはどこか甘い香りを含んでいて……
金色の長い睫毛が、濃い影を落とし、かすかに震えている、わずかに開いた幼い唇は、何も塗っていないのに、艶やかな淡紅色に輝く……

触れたいと思ったのは、初めてではないのだ、何度もそう感じていたのだ。それを自分は今まで、何かの思い違いだと、無理にごまかしていただけなのだ。

熱いお湯を全身に浴びながら、セフィロスは今更ながらに自覚した自分に、愕然としていた。


随分時間が経って風呂から上がると、クラウドはベッドの中ですーすー寝息を立てていた。
柔らかな前髪を持ち上げる、いつもセフィロスを魅了する蒼玉は、絹の様な金色の睫毛に縁取られたまぶたの奧に隠されている。
だが、かすかに開いた淡紅色の唇、ちらりと覗く赤い舌、まだ幼さが残る、それでいて十分に劣情を誘う美しい少年の寝顔……

そっと指先で唇に触れてみた、感じるのは、甘く漏れる吐息と、温かい柔らかさ……

その指を自分の唇にゆっくりと押し当てると、セフィロスは何かを振り切るかの様に首を振り、ベッドに潜り込む。

広いベッドの、できるだけクラウドから離れた所に。




クラウド・ストライフ……セフィロスの元にいたとは、どうりで住所がダミーだったわけだ…


ビューニングは考えていた、方法を。


どうしてセフィロスの元にいるのかは知らないが、居場所が解ればどうとでもなる……


少年を手に入れる方法を。

写真よりも数段美しかった、数段輝いていた、それに加え、ジェノバと魔晄にあれだけ適した数値を持つとは…


あれは、神が私に与え給うた者に違いない

私の物になるべく使わされた物に違いない


手に入れてやるぞ、クラウド・ストライフ、待っていろ、それがおまえの宿命だ。

一目で解った、おまえはこの私を、喜ばせるためだけに生まれた存在だという事が……

だから……待っていろ……待っていろ……

必ず手に入れてやるからな……


闇の中で陰気な顔が、醜く歪んだ笑いを浮かべていた。




     
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