sensation…波紋 6
「は、放せ!」
クラウドは、思わず手にしたソフトクリームを、男の顔にぶつけようとしたが、すかさずその手をねじり上げられた。
「相変わらず威勢がいいな、いい服着てるじゃねーか、あれからどこに潜り込んでたんだ?こっちはおまえに逃げられて大損なんだよ。」
「いやだ、放せよ!」
「おまえには、ちゃんとその分返してもらわねーとな。おい、おまえら、こいつも連れて行け、うちの店から逃げ出した奴だ。」
その声で、飛び込んできた男を殴りながら引きずり出そうとしていた用心棒らしき男の一人が、嫌らしげな笑いを浮かべて近づいてくる。

「放せ!」
クラウドは思い切り男のすねを蹴った。
「いてぇ!このガキ!!」
ひるんで男の手が放れた隙に駆け出そうとしたが、服の端を捕まれる。
「このガキ、人が優しくしてやればいい気になりやがって!」
男の手が振り上げられた、殴られる!思わず目をぎゅっとつぶった。


衝撃はこなかった…不思議に思って目を開けると、男の後ろに怖い顔のセフィロスがいた。
セフィロスは、クラウドを殴ろうとした男の手をねじり上げ、サングラスの上からでも解る鋭い視線で睨みつける。
「その手を放せ、この下種!」
「何しやがる!よそ者は引っ込んでろ!こいつはうちの店を勝手に逃げ出した奴なんだぜ!」
「何も知らない子供を、騙して連れて行こうとした奴が、何を言うか!」

怒りと共に、つかんでいた腕を折ろうとセフィロスが力を込めた時、誰かが肩を叩いた。
「およしなさい、あなたが手を下す価値もない、私が代わりますよ。」
ロイドがにやっと笑って立っていた。
「いや、こいつだけは…」
「ガード(護衛)を怠ったのは私の不備です、それにあなたでは目立ちすぎる。」
今日のセフィロスは黒のノースリーブの上に、ベージュの麻のジャケットを羽織っていた。カモフラージュにサングラスを掛けて、長い銀髪は緩く括ってジャケットの中に入れているので、今のところ誰もセフィロスと気づいていないが、ここで立ち回りをやれば、自ずと気づかれるだろう。

セフィロスは舌打ちをすると、男の顎にめがけて思い切り拳を突き出した。
「ぐげっっ!」
男の顔が血に染まった、歯も何本か折れただろう。
「仕方ない、一発で我慢してやる、後は任せたぞ。」
うずくまった男を一瞥もせず、さっとクラウドの身体を抱き寄せて、後ろに下がる。
「では多少手加減していきますか。」
ロイドはにっと笑った。

「大丈夫か?クラウド。」
心配げに問いかけるセフィロスに、我に返ったクラウドは頷きながら問い返す。
「うん、大丈夫だよ、ねえ止めなくていいの?」
「ん?何を心配しているかしらんが、あの程度の奴ら、あいつならソルジャーの能力を使わずとも簡単だろう。」
「でも…私闘禁止って…」
セフィロスは笑った。
「心配するな、いい機会だからおまえもよく見ておけ、体格差など何の支障にもならないという事を。」
「え?」

振り向いたクラウドは唖然とした。

すごい!まるで相手にならない!

掴みかかろうとした腕を身体を捻ってよけ、バランスを崩した相手の首に軽く触れるように手刀を叩く。
どお!と音を立てて倒れる男の身体を余裕でかわしながら、後ろから殴りかかってきた別の男に肘打ちを喰らわせ、うずくまりかけた懐に潜り込み、首に両手をかけて投げ飛ばす。
突く、払う、蹴る、投げる…

自分より圧倒的に上背も体重もある相手を、軽々と翻弄するロイド。彼は成人の男としては、どちらかといえば細身でやや小柄の部類に入る、しかし、その細いしなやかな身体は、まるで水が流れるように、相手の攻撃をやすやすと受け流しながら、次々に倒していった。
集まってきた野次馬も、声もなく目の前の妙技に見とれている。
まるで何かの舞踊の様に、美しさすら感じるその動きに、クラウドは思わず呟いた。

「すごい…ソルジャーってすごい…」
「残念ながら奴はソルジャーとしてのスピードも、パワーも使っていないぞ、かなり遊んでいるなあれは。奴が本気なら、あの連中は一分で死体になっている。いいか、クラウド、格闘に必要なのは体格ではない、いかに自分のイメージ通りに自分の肉体をコントロールできるかだ。」
セフィロスが、まだクラウドの身体を庇うように、後ろから抱きしめながら言った。
「コントロール?」
「そう、そのために必要なのは、しなやかな柔らかい筋肉、おまえは小柄な事がコンプレックスだと言っていたが、おまえの筋肉の質もロイドと同じだ。奴に習うといい、あいつに組み手で勝てる奴は、ソルジャーの中でもそうはいない。」
「え!?」
驚くクラウドの肩をいつの間に来たのか、ザックスが笑いながら叩く。
「そーそ、主任は伊達にナンバー3張ってるわけじゃねーんだぜ、なんせ自慢じゃねーが、俺は組み手で主任に勝った事は一度もない。」
クラウドは更に驚いて、まじまじとザックスの顔を見ると、ザックスはにやっと笑う、その隣には穏やかな笑顔を浮かべるレオとジャックもいた。
「そうだね、主任に組み手で完勝できるのは、連隊長くらいだ。はいクラウド、ソフトクリーム落としちゃったろ?」

穏やかな口調でソフトクリームを差し出したレオに、クラウドはすぐに聞き返した。
「じゃあ、レオは?いやレオさんは?それにジャックは?」
「レオでいいよ、副長も俺も3回に1回は負ける。クラウド、入学したら小柄だからってウエイトトレーニングばかりするんじゃないぞ、せっかくのいい筋肉を殺してしまう。大切なのは筋肉の量じゃない、質だ。いかに柔らかく、伸びと粘りのある筋肉を維持させていくかが、大事なんだよ。」
ジャックがぱちんと片目をつぶる。
「俺が尻に敷かれているの、解るだろ?まあこればかりは、もって生まれた筋肉の質が物を言うからな、クラウドはいい筋肉を持っている、ロイドと同じ柔らかな筋肉を、間違ってつぶすなよ…にしてもロイド…かなり遊んでるな、あれは。」

そんな物なのか…と思いつつ、差し出されたソフトクリームを舐めながら、なにげにちらりとセフィロスの顔を見上げると、蕩けるような甘い翡翠の瞳と目があった。
赤くなって慌てて視線をそらしながら、今更ながらに、まだ後ろからぎゅっと抱きしめられているのに気づいて、更に血が上る。
さっき自分を助けにすっ飛んできてくれたセフィロス、そのあとも大事に抱きしめて守ってくれている。そういえば出会ったあの時も、この腕の中で抱きしめられて、安心して眠ったのだ。
嬉しい様な、くすぐったい様な…ずっとこうされていたい様な…

照れた顔をごまかすように、ソフトクリームをぺろりと舐めるクラウドの顔を、セフィロスは優しく見つめる。
腕の中の確かな温もりが嬉しい、さっきクラウドを殴ろうとしていた男の腕を、本気で折るつもりだった、いや…殺すつもりだった。
ロイドが声をかけるのが、あと数瞬遅かったら、あの男は見るも無惨な死体に成りはてていただろう、だからこそ、ロイドは自分を止めたのだ。
手加減なんかはできなかった、それほどまでに怒っていた…でもなぜ?

ソフトクリームを舐めているクラウド、何故か少し紅潮した柔らかな頬、クリームを舐めるためにちらちらと覗く赤い舌。

ちり…と身体の奥底に火がともった。

瞬間の衝動に、自分でも驚いて思わず抱く手に力を込める。
いぶかしげに見上げたクラウドの、濡れた赤い唇…

そのまま重ねたい、赤い唇に自分の唇を、そして、まだ何も知らない柔らかな舌をさんざん貪り…

次々と沸いてくる衝動をごまかすために、セフィロスは力無く微笑んだ。クラウドは不思議そうな顔をして、にっこりと微笑み返した。



それは時間にしてみれば物の10分も立っていなかったのだろう、男達は這々の体で逃げ出した。周りにいた野次馬は、その様子をおかしげにはやし立て、ロイドに意味不明な賞賛の声を送っていた。

「だらしないですね、最初、人に散々絡んで、でかい口を叩いた割には。」
ロイドが吐き捨てる様に呟く。
「へえ?主任に絡むなんて、なんて言われたんですか?」
落ちている上着を拾って渡しながら、レオが聞いた。
「『綺麗な兄ちゃん、うちの店で働くなら許してやるよ、なんなら最初に客になってもいいぜ』だそうで、あいにく私は高いんですよ、身の程知らずが。」

「おお、こえー!主任にそんな口聞くなんて、知らないって言うのは怖いね。…おい、おっさん、しっかりしなよ。」
ザックスが最初に男達に絡まれ、店に逃げ込んで来た男を助け起こした。

男は散々蹴られ、殴られはしていたが、命には別状ないようだ、揺すられて呻くような声を上げて、ゆっくりと顔を上げる。

「あれ?俺、このおっさん、どこかで見たような…」
ザックスが呟くより早く、セフィロスの唇が動いた。

「アルフレート・ビューニング…」

神羅の化学部門の主任課長、アルフレート=ビューニング。ウォルターが忠告してきた、まさにその男。
これは偶然か?それとも?

『気をつけろ、ラボ(研究室)の連中に目をつけられたぞ。』


セフィロスの耳に、ウォルターの残した忠告が、いつまでも響いていた。



        back           top          next