sensation…波紋 2
しゅんしゅんとお湯がたぎりだす。
クラウドは温めるためにティーポットに入れていたお湯を捨て、メジャースプーンで茶葉を測って投入すると、一息にお湯を注いだ。
専用の白ネコのついた砂時計を引っくり返し、慎重に茶葉を蒸らすタイミングを計る。最近ようやく、おいしい紅茶の入れ方をマスターしたのだ。

セフィロスが紅茶を入れると、とても美味しいのに、自分が入れるとあまり美味しくない。不思議がるクラウドに、セフィロスは笑って美味しい入れ方を教えてくれた。
要は、ポットとカップを冷まさない事と、茶葉を蒸らすタイミングなのだが、セフィロスは時計も見ずに絶妙のタイミングでカップに注ぐ。
自分ではとてもそんな真似はできないので、じーっと時計を見ていれていたら、この砂時計を買ってきてくれたのだ。

『おまえは妙な所に凝り性だな。』
『だってどうせ入れるなら、美味しい方がいいじゃないか。』

本当は、セフィロスに美味しく飲んで欲しいからだ。
カップに一口、口をつけて、
『美味しい。』
と優しく笑う顔をみたいからだ。

特に今日の様に難しい顔をして、ずっと黙っている時は。




「はい、セフィロスお茶が入ったよ。」
入れたての紅茶の芳醇な香りが鼻孔をくすぐる、セフィロスはカップを手に取るとゆっくりと口を付けた。

「美味いな、ダージリンのセカンドフラッシュと、ウバのブレンドか。」
「へへ…オレのオリジナル、今色々試してみてるんだ。」
無邪気な笑顔を見せるクラウドに、セフィロスの頬が緩む。

物覚えのいいこの少年は、一緒に暮らすうちにセフィロスの好みを覚えてしまった。
そしてセフィロスが気持ち良くすごせる様に、色々気にかけてくれるのだ。
今まで自分に気を使われるとたまらなく不快だったのに、この少年がそうしても不快にならない、むしろ微笑ましく、嬉しく思う。
それはこの少年が、お世辞とかおべっかとかと無縁に、純粋に好意で行っているからなのだろう。
それがたとえ、衣食住の面倒を見てもらっているお礼のつもりでも、自分にできる最大限の事でセフィロスに気持ち良く暮らしてもらいたい、その気持ちに嫌らしさはどこにもない。
昔、あの白いラボ(研究室)で、独りぼっちだった自分をその温もりで慰めてくれた、モルモットの子供の様に。

ラボ…そこに思考がいきつくと、セフィロスの顔が再び曇る。先ほど帰ったウォルター・スティンがもたらしたありがたくない情報。


『気をつけろ、ラボのやつらに目を付けられたぞ。』


クラウドが魔晄とジェノバに過敏に反応する?

両方ともソルジャーを作るためにはなくてはならない物だ、それに過敏に反応すると言う事は一見いい事の様に思えるが…

ウォルター・スティンはキッチンのクラウドに気付かれない様、小声で会話を続けた。

「…君も知っての通り、ジェノバは魔晄を照射すると、爆発的に増殖する。しかし体質により、ジェノバ増殖が抑えられ、うまくいかない者がいる。その際は、通常より多めの魔晄照射が必要となる。しかし、ジェノバに反応のよい者は、魔晄に対する耐性が弱い、又魔晄に耐性が強い者は、ジェノバの反応が悪い、むやみやたらの過剰な照射では『魔晄中毒』や『ジェノバの暴走』が起こり、廃人同様になるものが多くなる。そこで、魔晄とジェノバに対する反応を調べ、JーML係数により照射量を決めるわけだが…」
「おまえが理論だてた係数だな、あれのおかげでソルジャー施術後に魔晄中毒になるものが、ほとんどいなくなった。」
セフィロスがウォルターの話に、相づちをうつ様に言った、クラウドはまだキッチンから出て来ない。

「ああ、あの係数で最初から異常が予想される者は、ソルジャーの施術を行わない事になったからな。では、ここからが本題だが、ジェノバに対して反応がよいと言う事は、ジェノバが増殖しやすいと言う事だ、それも少量の魔晄で。そして魔晄に対して反応がよいと言う事は、それだけ魔力の大きさと、耐性の良さを示す。つまり、それだけ多くの魔晄の照射ができると言う事だ。」
セフィロスはじっとウォルターを凝視した、言わんとする事が予想できる。

「ジェノバ細胞の増殖が多ければ多い程、身体能力は爆発的に増える、魔晄とジェノバに反応が良いと言う事は、理論上でいけば最強のソルジャーを誕生させる事ができる、あくまで理論上は…」

その先の事は聞かないでも解る、確かに理論上はそうなのだが、人間の身体というものは、己以外の細胞が増殖し過ぎるのをよしとはしないらしい、ある一定以上ジェノバ細胞が増殖すると、それを攻撃しにかかるのだ。そしてジェノバ細胞は、それまでは大人しく増殖しているもが、一旦攻撃されると、身体細胞を食い荒らしはじめる。これを『ジェノバの暴走』という。
暴走したジェノバは食い荒らしながら増殖し、ついには丸ごとその身体を乗っ取ってしまう。
その結果、100%ジェノバになった身体の持ち主は、ミュータント現象を引き起こす。異形のモンスターになり、発狂するか、先に精神を食われて廃人になるか…
中枢神経までもがジェノバ細胞に食われるからだと言われているのだが…
そしてジェノバとの反応がよい、つまり適合率の良い者はこの『ジェノバの暴走』が起こりにくい。

「気になって入試の時の健康診断から、クラウド君のジェノバとの適合率を見てみた、83%…脅威的だ、知っている限り2番目だ。」
「一番目は…オレだな。」
セフィロスは、少し唇を歪ませる様な笑みを浮かべた。

この未知なるジェノバ細胞を発見したのはガスト・ファミレス博士。
そしてその助手をしていた自分の母親は、実験中の事故で誤って体内にジェノバ細胞を取り入れ、それに気付かず魔晄照射の実験を重ねるうちに『ジェノバの暴走』が起こり、異形化して死んだのだ、自分を産み落としたその後で。
その細胞は母の名をとって『ジェノバ』とよばれる様になり、異形化した身体から産まれた自分は、神羅のラボの厳重なる監視下に置かれた。

「きっと誰も、オレがまともに育つとは思っていなかったのだろうな、実の父親ですら、オレの養育権をとっとと放棄したというし。」

セフィロスのファミリーネームは『神羅』
成長するに従い、脅威的な能力を示した彼は、12才でラボを出ると同時に、プレジデント・神羅の養子にされた。
それは今でも、セフィロスを公的に神羅に縛り付ける、鎖の一つになっている。

「…セフィロス、君が無事に育ったのは奇跡的だったんだ、あの後同じ様にして産まれた子供は皆、生きていけない程の奇形か、重度の薄弱児。もしくは幼児のうちから統合障害を引き起こし、社会適応はできない。」
「神羅のラボは、まだ『オレ』を再生産する事には、成功していないと言う事だ。」
皮肉げな笑みを浮かべるセフィロス、かつてその非人間的な集団の一人だったウォルターは思わず目を伏せた。

そう、自分も何も解っていなかった、数々の実験で消えていった命、それがこの生きている自分達と同じ物だということが…
それが自分の身に降り掛かるまで…解っていなかった。

急に黙ったウォルターに、セフィロスはゆっくり話し掛ける。

「ウォルター、昔の事はもういい、オレはクラウド守らなければいけないのだな。」
「ああ…」
ウォルターは、ほっとした様に息をついた。

「ラボの連中は第二の君を作り出す事をあきらめたわけではない、胎児性でもないのにこの脅威的な適合率をもつクラウド君は、やつらにとって絶好の被験体だ。」
セフィロスは無言で頷いた、ラボの連中の頭には、自分達の研究で生み出される異形の命が、自分達と同じモノだと言う認識はまるでない。
自分達は人類の発展のために寄与しているのだ、そのためには少しの犠牲はつきものだ…その少しの犠牲に自分達は含まれるわけないのだから…

「救いは、いくらラボの連中でも、成績優秀で、将来トップソルジャーになる素質を持ったクラウド君を、勝手に被験体にはできないと言う事だ。会社の方針も、ソルジャーに関しては『量より、質』に変わってきているから、むざむざ有望株をラボに渡しはしないだろう、牽制の意味でクラウド君が成績だけでなく体質的にも、最高にソルジャーに適している事を、上に報告しておいたが…」

セフィロスは冷たい翡翠の瞳で、じろりとウォルターを見た。
「そのくらいで、絶好の被験体をあきらめるラボの連中ではない、と言うことだな。」
「ああ、気をつけろセフィロス。特にビューニング博士は、出世欲の高い男だ、そして倫理観は無いに等しい、あの男が簡単にあきらめるとは思わない。」


幼い頃より目の前で、実験のために次々に殺されていった、ラットやマウス、モルモット。そして奇形の胎児や新生児達、自分も少し間違えればその仲間に入っていたのだ。
それを自覚した時の恐怖、そしてそれを上回る怒り。
あの屈辱の日々を、クラウドに送らせるわけにはいかない。




「どうしたのセフィロス?紅茶やっぱり美味しくなかった?」
クラウドが不安げに顔を覗き込んでいた、かなり険しい表情をしていたらしい。
セフィロスはくしゃくしゃと、クラウドの髪をかき混ぜると優しく笑った。

「いや、ちょっと仕事の事で考え事をな…紅茶は本当に美味かったぞ。」
「ほんと?」
「ああ、明後日休みだから、この紅茶にあいそうなカラメルチーズケーキを焼いてやろう。」
「わ、ホント?楽しみにしてるね。」
満面の笑顔を浮かべるクラウドの髪を、セフィロスは嬉しげにもう一度くしゃっとかき混ぜた。





アルフレッド・ビューニングは、イラただしげに廊下を歩いていた。

『ビューニング君、残念だが上から許可が下りなかったよ、君の新しいジェノバの移植法の被験体にするには、この新入生はあまりにもったいないと。』
『そんな…宝条博士!私の理論は完璧です、それを証明するのに、この脅威的な適合率の被験体が必要なんです。』
『ビューニング君、会社はせっかくの貴重な人材を、君の不確かな実験で廃人にされたくなないのだよ。』
『博士!』
『君がウォルター・スティンの様に、過去に何度も実績をあげていれば、認められたのだろうが…』
『……』
『あきらめたまえ、適合率の低い被験体で失敗が続いているのだろう?高い被験体ならば成功するという保障はない。』
『でも宝条博士、私の理論では、適合率が高くなる程…』
『あきらめたまえ、許可は下りない。被験体を選ぶという事自体、すでに君の理論は破綻しているという事が解らないのか?所詮三流だな、ウォルター・スティンと違って。』


宝条博士め!

ビューニングは乱暴に自室のドアを開けると、もっていた資料を、机に叩き付けた。

何かと言えばウォルター・スティン!確かにあの男を失ったのは悔しかっただろうが、その一因を作ったのは自分ではないか、そのくせ未だに未練たらしくその名前を口にする。
あんな負け犬、生命を探究する学者とは思えない小心者!
それなのに…
所詮おまえは三流学者だ!ウォルター・スティンがいなければ何もできないではないか!
いつか必ずおまえを蹴落としてやる、オレはおまえの様な三流とは違うんだ!!

何度も宝条博士を頭の中でののしりながら、机の上に散らかった資料を重ねあわせる。
その中に陽の光を溶かした様な、鮮やかな金髪の少年の写真があった。

クラウド・ストライフ…このような貴重な被験体を、むざむざ逃がしてなるものか…
崇高な実験のためだ、たとえ廃人になってもいいではないか、数人の犠牲で他の大勢の役にたつならば、どうして上の連中はその事が解らないのだ!

それにしてもこの少年は実に美しい…

ビューニングは蛇の様ないやな目つきで、クラウドの写真を凝視する。

本当に美しい少年だ、宝条の後ろでせせら笑っていた秘書の女ども等、比べ物にならん
女…本当にくだらない連中だ、おしゃべりで、低能なくせに、すぐに見た目のいいやつに騙されて、オレの事をバカにする。
何が陰湿で側に寄ると気持ちが悪いだ?お前達等こちらから願い下げだ。
それに比べて…

実に美しい…まだ汚れを知らない無垢な身体…さぞ滑らかな肌をしているのだろう…この少年ならたとえ廃人になっても、自分が面倒をみてやってもいいだろう…

ビューニングの瞳に、好色そうな笑みが浮かんだ。長年の歪んだコンプレックスで、この男の性的嗜好は女性には向かない。

どうしても手に入れたい…そうだ、この少年はまだ入学していない、入学していない神羅に関係のない少年が一人消えようと、何も問題はないはずだ。

ビューニングは何かを思い付くと、がさがさと資料を探しはじめた。





        
back           top          next