sensation…波紋 1
セフィロスはクローゼットの扉を開けると、脱いだばかりの制服をハンガーにかけた。
代わりにシンプルな黒の薄手麻のシャツを取り出す、袖を通しながら時計が目に入り、不機嫌に軽く舌打ちする。

もうこんな時間じゃないか、下らない事に時間を取らせて!

時計は6時半を回っていた、定時退社の時間から1時間以上たっている。
今日は月に一度の治安維持部の会議の日、元々セフィロスは機嫌が悪い。
大嫌いな治安維持部門の上層部と顔を突き合わせるのも嫌いだが、延々議論をくり返したあげく次回に持ち越し、というふうに終わる事が多いこの会議に意義を見い出せないのだ。
おまけに今日は会議の後、近々始まるジュノンでの軍事演習に、急きょプレジデントが視察に来る事が決まったとかで、その打ち合わせを今から始めると言うので、セフィロスは切れかかった。

なら何故先そっちを優先させん!

不機嫌さを隠しもしない英雄を見て、周りのものはびくびくしながら会議をすすめて行くため、よけいに進行が悪くなると言う事もあるのだが、そんな事は知った事じゃぁない。
プレジデントが視察に来るという事は、セフィロスがその演習に参加しなくてはならないと言う事でもあるのだ。

2週間も家を空けなくちゃならないじゃないか、今回はジャックに任そうと思ってたのに…

いつもならどれだけ家を空けようと、一向にかまわないセフィロスなのだが、今は一人ではない…独りではないのだ。

着替え終わって、時計をもう一度見ると7時に近くなっている、きっと夕食を待っているだろう。
一度ミッドガル近辺でテロ騒ぎがあり、その対応に追われ、連絡も忘れて帰りが午前様になった事があった。
いや、そもそも連絡をしなければならないという意識はなかったように思う。

家に帰るとリビングに明かりがついていた、そしてついたままのテレビの前のソファで、金髪の少年がうたた寝をしていた。
ベッドに連れて行こうと抱き上げたとき、少年は目を覚ました。
『…あれ?セフィ…オレ寝てた?』
『ああ、風邪を引くぞ。』
『ごめん、起きて待っているつもりだったのに…セフィ夕飯は?』
『何かしらその辺にあるものをつまんできた。』
『そっか…』
そう言ったとたん少年のお腹が派手にグーと鳴った。
セフィロスは目を丸くして赤くなった少年を凝視する。
『クラウド…おまえまさか、夕食も食べずに待っていたのか?』
クラウドは照れくさそうに赤い顔で笑った。
『だって一人で食べても、美味しくないし。』

胸に染み通る柔らかい笑顔、それはどこか温かく、どこか甘酸っぱくって…
そのあと二人で遅い夕食を取ったのだ、その日あったたわいもない話しをしながら…

たったそれだけの事がセフィロスの心に、やんわりと暖かい風を送り込んだのをあの少年は気付いているだろうか?
誰かが自分を待っている、家に明かりを付けて待っている。
それがこんなにも心地よい事を改めて味わった、春の陽射しの様な温かさ…
それ以来セフィロスは遅くなるときは必ず連絡をいれるし、できるだけ定時で帰る様にしているのだ、それなのに今日は急に会議が長引いたおかげで、電話を入れる事もできなかった。

待っているだろうな、早く帰らないと。

いささか性急に執務室のドアをロックすると、いきなり声をかけられた。

「あ、にーさん、まだいたんだ。」
その、のんびらーとした口調に妙にいらつき、思わずきつい目で睨みつけていた。

「悪かったな、好きで残ってるわけじゃないんだがな。」
氷の視線をまともに浴びて、ザックスは思わず肩をすくませる。
「こわーー!誰もンナ事言ってないでしょーが、可愛いお嫁さんが待つ家に早く帰りたいのは解るけどさ。」
「おまえな…」

本気で怖がっていないのが解るだけ始末が悪い、どうしてくれよう、とセフィロスが思ったとき、気配を察したのかザックスがにかっと笑った。
「冗談、冗談だって、いや、てっきりもう帰ったと思ってたからさ、さっきDrスティンがあんたを捜してた。」
「ウォルタ−が?」
「あんたの部屋に電話をかけても出ないって、こっちにかかってきたんだ。てっきりもう帰ったのかと思って、そう言っといたけど。」
「そうか。」
「悪かった?あんた最近いつも定時で帰るからてっきり…何か約束でも?」
「いや、特には…まあ家にでもかかってくるだろう。」

ウォルター=ステインの家は同じマンションだ、大事な用事なら家に直接かかってくるだろう。
「それより、おまえこそこんな時間まで何してる?」
ザックスはにっかりと笑った。
「デート♪ここで待ち合わせvv」

と言う事は治安維持部の誰かだな、聞いた自分がバカだった、セフィロスは冷たい視線を投げ付ける。
「ホテル代けちってその辺にしけこむなよ、きっちり掃除させるぞ。」
「そんなバカなマネ、アフター5にはしませんて。」
「どうだか。」
振り返りもせずに出口に向かうセフィロスを、ザックスは笑って見送った。


マンションのエントラスのキーをあけ、セフィロスはエレベーターに乗った。
最上階の自分のフロアを押す、軽い浮遊感を感じながら、セフィロスはふっとため息をついた。

ウォルター…何の用だ?
かつての彼ならともかく、今の彼が自分に用事があるなどとは…

ウォルター=ステイン、23才、天才少年と呼ばれた彼と出会って10年。
思えばあの白い研究室で、同年代の子供を見たのは彼が初めてだった。
若くして、神羅の科学生物部門の主任課長まで上りつめた彼が、あっさりその地位を投げ捨てたのは2年前。
本当は会社を辞めたかった彼を、会社は引き止めるために士官学校の校医という場所を与えた、いつか彼が元の部門に戻る事を願って。

しかし、彼は決してそうはしないだろう。
ガスト博士の再来と言われ、いずれ統括の宝条博士にとって代わるだろうと言われていた彼が、なぜいとも簡単にその道を閉ざしたのか、自分はよく知っている。

たいした用ではないのかもしれない、オレだってこの前、クラウドを診てもらうためだけに呼び出したではないか。

そう思いながらも、なぜか胸騒ぎを感じ、エレベーターを降りて、セフィロスは玄関の扉を開けた。

「お帰りなさい、セフィロス。」
元気よく金髪の少年が飛び出してくる。
「ただいま、クラウド。」

最初は照れくさく感じていたこういう挨拶をかわす事が、徐々に当たり前になってきている。
少し面映さを感じながらセフィロスは微笑んだ。
「すまない、遅くなってしまった、夕食はすんだか?」
「ちゃんと待ってたよ、それよりセフィ、ウォルター先生来てるよ。」
「何?」
セフィロスの翡翠の瞳がいぶかし気にリビングを覗き込んだ。

「やあ、留守中にすまない、会社からは帰ったって聞いたもんでてっきり家にいると思ってたんだ。」
ウォルター=ステインはリビングでジグソーパズルをしていた、それはこの前セフィロスが、クラウドに買ってやった2000ピースのジグソーパズルで、留守番のクラウドが退屈しない様にと買ってきた物で…

「ウォルター先生、ジグソーうまいよ、さっさとピースみつけだすんだもん。」

オレだって、簡単に見つけられる!
なぜかむかむかしてきた、それに『ウォルター先生』だと?この間までDrステインと呼んでいたくせに、いつのまにそんなに親しくなった?

セフィロスの機嫌が氷点下に下がって行くのを感じたのか、ウォルターは慌てて言った。
「用がすんだらすぐ帰るよ、君の耳に、是非入れておきたい事があって。」
セフィロスが返事をするより先に、クラウドの声が響く。

「えー?ウォルター先生、御飯食べてくでしょう?オレちゃんと先生の分までつくっちゃったよ。」
ぐっとつまったセフィロスをちらりと見上げて、笑うに笑えない顔でウォルターは言った。
「でも悪いしなぁ…いいかい?セフィロス?」
「食ってけばいいだろう。」
セフィロスは不機嫌に答える、クラウドは一向にそれに気付かず、準備をしにキッチンに行った。

「で、何の用だ?」
セフィロスはぶすっとした顔で、ソファーに座る。

ホントに表情が出る様になったな、セフィロス

この男はもっと子供の頃から知っている、こんなに簡単に感情を表に出す男ではなかったはずだ。
それはこの男にとってもおそらく戸惑われる事なのだろう。

「ウォルター?」
「ああ、すまない、本題に入ろう。」
不審そうなセフィロスに詫びを入れながらウォルターはチラっとキッチンの方を碓認する。

クラウドには聞かせたくない話か?
ますますイヤな予感がする、セフィロスはじっとウォルターの顔を凝視した。

「セフィロス、アルフレート=ビューニングという男を知っているかい?」
「ああ、お前が辞めた後に後釜に座った奴だな。」
「そうだ、そのビューニング博士がこの前士官学校に来ていた。」
「ほう何をしに?」
セフィロスは興味なさそうに答える。
不健康そうな顔をした三流学者、おそらくウォルターが辞めなければ、永遠にその地位にはつけなかっただろう。そのくせ、プライドだけは高く、自分より年少のウォルタ−が昇進して行くのを歯がみして悔しがっていたはずだ。

まるで誰かのようだな…

定期的に検診にラボに行く度に、自分の事をモルモットを見る様なイヤな目つきで見る男。
そういう処も自分が一番嫌いなあの男によく似ている…

「今年度の新入生の検診で、検査をいくつか加えて欲しいと言ってきた。」
「どうして?」
ウォルタ−が又チラっとキッチンを碓認する、クラウドはまだ出てくる様子ははない。
「今年度の新入生に、ジェノバと魔晄に対して極めて過敏に順応する者がいると。」
瞬間セフィロスはいやな予感が当たった事を知った。
「まさか…」
「そのまさかだよ、その子の名は『クラウド=ストライフ』クラウド君だよ、気をつけろセフィロス、ラボの奴らに目を付けられたぞ。」




      
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