それすらも快い日々 2
 船の上では軽やかな音楽が流れている、神羅提供の豪華客船でのディナークルーズ。応募者数万件の中から選ばれた、わずか50名の当選者は、目の前の美しい光景をうっとりと眺めていた。


舞台の中央には、黒のタキシードを身にまとい、銀色の髪をたなびかせた我らが英雄。
そして、腕の中には、輝く金色の髪の天使の様な美少年。

流れる音楽はショパンの『華麗なる大円舞曲』、優雅に流れるワルツの調べに乗って、恥ずかしげに頬を紅潮させ、羽根の様なステップを踏む少年を、見つめる英雄の翡翠の瞳は、限りなく優しく。
見つめ返す少年が浮かべる微笑は、ため息が出るほど美しい。

見つめ合う瞳と瞳、華奢な腰を支えるたくましい掌。
曲に合わせて長い銀色の髪が、美しい弧を描く。それを追うように揺れる、少年の細腰を締め付けた黒のサッシュベルト。
蒼い瞳が幸せそうに輝く、翠の瞳が満足げに応える。

蒼と翠、金と銀、鮮やかな対比、完璧な一対、まるで一枚の絵画のような。



甘く妖しい雰囲気に、女性ばかりの当選者は、すっかり魂を奪われたようだ。


「うーん、やっぱりこういうのって、隠していても解るものなのかね、女性は偉大だ。」
「おや、それを見越しての女性限定イベントだと、思ってましたが。」
グラスのワインを、傾けながら呟くルーファウスに、側に立つロイドが皮肉げに囁く。

「もちろんだ、この後、彼女達は取材に来た記者に『夢の様な光景だった』と、感想を漏らすだろう、連日タブロイドのトップはこのイベントだ。明日は間違いなくこのダンスシーンだろうな『英雄華麗に舞う』とかね。」
「一般人にとっては『セフィロスのダンス』だけでも、驚嘆ですからね。」

ルーファウスは可笑しそうにくくっと笑った。
「以前ならセフィロスに『イベントでダンスをしてくれ』等と頼もうものなら、剣もほろろに断られていたが、さすがに『プリンス』のダンスのお相手ともなれば断らないか。それにしても短期間で習ったにしては、見事なダンスだな『プリンス』は、教えたのは君か?」
「元々運動神経のいい子ですからね、それに身体も柔らかいし、飲み込みも早い。一通りのスタンダードダンスは叩き込みましたよ、あの年で、あれだけ踊れる者は、そういないでしょう。ワルツ、スローフォックスロット、タンゴ、クイックステップ、ウインナー・ワルツ……」
珍しく機嫌のいいロイドに、ルーファウスは興味を引かれる。実はこの二人、家同士の付き合いで、昔からの知り合いだったりする。

「ほう、君にそう言われるとは、他のダンスも是非拝見したいね、あれから社交界では、君の見事なダンスが見れなくなって、みんな残念がってたよ。」
「もう、あの世界とは縁を切りましたのでね、ルーファウス・神羅」
冷たい声でわざとらしくフルネームを呼ばれて、ルーファウスは大げさに肩をすくめた。

「残念がっているのは本当なのに、まあいいさ。ところで『プリンス』に教えたタンゴは、コンチネンタル?アルゼンチン?」
「両方。」
「それは、是非披露してもらわないとね。」
「何企んでるんです?」
「少々退屈でね、少しはスリルを味わいたい。」
ルーファウスが含みたっぷりの笑みを浮かべた時、ちょうど曲が終わり、割れんばかりの拍手の中、舞台の二人が戻ってきた。


ルーファウスも拍手をしながら、立ち上がって迎える。
「いや、すばらしかったよ、今回のイベントにふさわしい華麗なダンスだ。」
大げさな褒め言葉に、セフィロスは素っ気なく一礼すると、無言でクラウドに椅子を勧める。クラウドがらみでなかったら、誰がこんな所で踊ってやるもんかという見え見えの態度に、クラウドは素直に座っていいものかどうか、困って一瞬立ちすくんだ。
ルーファウスは気にするそぶりもなく、クラウドに話しかける。

「英雄はお疲れのようだね、ところでプリンス、願わくば、不詳のこの身にぜひ一曲お相手を。」
そうして片膝を直角に折ってひざまづき、クラウドの手を取ると、軽くキスをする。
嫌みなほどに、そのキザな動作が似合うルーファウスに、来客達は、喜んで拍手を送った。
ルーファウスも、次代神羅を担う若き貴公子として、十分すぎるほど知られている、おまけに滅多にいない美形だ。趣の違う美しい男達の競演を見る事が出来て、自分達は運がいいとばかりに、彼女達は、競って拍手を送る。
それでなくても、最上級の儀礼を含んだ申し込みに、当然クラウドが断れるはずもなく、仕方なしに頷くと、ルーファウスが軽く手を取り、舞台にエスコートした。


舞台の中央で、ルーファウスはオーケストラに向かって、パチンと指を鳴らす。
「ラ・クンパルシータを。」
室内が黄色い歓声でざわめいた、アルゼンチンタンゴの代表的な曲だ。


「あいつ、どういうつもりだ。」
曲名を聞いて露骨に嫌な顔をするセフィロスに、ロイドが小声で囁いた。
「どうやら囮になってくれる様ですよ、護衛がずっと側にいては敵も仕掛けれれないでしょうから。」
「余計な事を。」


曲が始まる。ワルツの優雅な調べと違い、早い4拍子の切れのいい曲。そしてワルツの時よりも密着するパートナー。
ルーファウスはなかなかの踊り手で、右に左にクラウドをターンさせる、かと思えば急に引き寄せ、添えた右手で官能的にクラウドの細腰を撫でる。
しだいに上気してくるクラウドの頬に、セフィロスのイライラは、厭が追うにも増してきた。
コンチネンタルと違って、アルゼンチンタンゴに決まった型はない、曲に合わせて燃えるような恋情を表現するわけで、ダンスの中でも臨機応変のテクニックを要するのだが、クラウドは見事にそれについて行っている。

……それにしても、限度というものがあるだろう!

セフィロスは、ぐっと拳を握りしめた。

ルーファウスの脚がクラウドの両脚を割り、太ももがぴったり密着する程奧に入り込む。そのまま大きく後ろに倒されたクラウドは、自然上がった右脚をルーファウスの腰に絡めた。ルーファウスはうっとりする様な表情を浮かべ、腰を支えている右手で、情熱的に細い身体を抱き締める。そして開いた左手で、柔らかく、薄い胸から顎にかけてなで上げると、びくんと身体を震わせたクラウドが、陶然と微笑んだ。
大きく弓なりに逸らされた華奢な身体を、より美しく彩る扇情的な表情に、女性客達は大きなため息をつく。


しかし、セフィロスの心中は穏やかでない。


あの顔は、自分だけが見るのを許される、クラウドの夜の顔だ。
それをこんな大衆の面前で、他の男相手に見せるとは!

ルーファウスの指が、掌がクラウドに触れるたび、セフィロスはぶすぶすと嫉妬の炎を燃え上がらせる。
その怒りの矛先は、こんな事態を招いた襲撃犯にいくのは当然の事だろう。
セフィロスは、無言で手首を翻した。


ひゅっと、小さな風を切るような音がした、最もその音が聞こえたのは、セフィロスの後ろに立っているロイドだけだっただろう。観客は相変わらず舞台の二人を夢中に見ている、何事もなかったかの様に。当のセフィロスですら、素知らぬふりを決め込んで、舞台を見ている。
しかし、ソルジャー達は、素早い行動に移っていた。

ロイドが鋭い視線を走らせる、セフィロスが手首を翻した方向へと。

オーケストラの後ろに小さなドアがある、ショーが終わるまでは、ぴったりと閉じられているはずのそのドアが数センチ開き、その隙間にセフィロスはデザートナイフを放ったのだ。

拳銃が床に転がっている、ドアの外では、ナイフが右手に突き刺さった船員が、ぴくぴくと痙攣しながらその場にうずくまり、突き刺さったナイフからは、パチパチと青白い火花が散っていた。セフィロスがナイフを投げる前に、サンダーの魔法を蓄えていたのだ。雷の直撃を受けた様な衝撃に、声も立てられなかったのだろう。


「さすが、にーさんだぜ、器用な真似してくれちゃって。」
音もなく走り込んできたザックスが、ぼりぼりと頭をかいた。
「感心していないで、早く捕縛しないかザックス、くれぐれも客に気付かれないようにとの、副社長の厳命だぞ。」
反対側から走ってきたレオが、注意を促すと、ザックスは肩をすくめた。

「だってよ、このまま触ると、こっちまで感電しちまうぜ、にーさん、もう少し出力落として欲しいよな。」
「クラウドと他の男との、熱いタンゴを見せられている連隊長に、それは無理な相談だ。むしろ殺さなかっただけでも、上出来じゃないか。」
「それはそうなんだけどね、どうやって放電させる?」
「まあ、無難なところで、こうか。」
レオが放った魔法は、極微弱な『ウォーター』だった、霧の様な水が男の全身を包み、帯電していた電気を空気中に放出させる。

「へえ、兄貴も器用だね、今度教えて。」
「授業料高いぞ。」
レオが男の身体を掴もうとした時、耳元を何かが掠めた。みるみる真っ赤に染まる男の左胸、サイレンサー付きの銃がどこかで火を噴いたのだ。

二発目が発射される前に、横に飛んだレオは、ザックスが、甲板の上で銃を構えている男に向かっていくのを、視線の端で捕らえていた。


男は二発目が命中したのかも見届けず、瞬時に手すりを乗り越え、海に飛び込んだ。

「この野郎!逃がすか!」

ザックスが続いて飛び込む、ソルジャーの運動能力ならば、海に飛び込んだにせよ、簡単に捕まえられるはずだ。だがしかし、水中に飛び込んだ瞬間、ザックスは水底に引きずり込まれた。

足になにかの触手が巻き付いている、冷静に、腰のホルダーからアーミーナイフを引き抜くと、ザックスは思い切り突き立てた。

青い体液をまき散らしながら、触手が緩む。その隙に、一気に水面まで浮上すると海上に顔を出し、思い切り空気を吸い込んだ。そして、再度すばやく水の中に潜っていく。


うーん、ソードがあれば早いんだが、まあやってみるか


ザックスは不敵に笑うと、自分を追って上昇してきたモンスターに突進する。
巨大なイカ型のモンスターは、ザックスに向かって再度触手を伸ばしてきた。

最初の一撃を右によけ、次の一撃を左にかわす。瞬間、大きく開いた11本の足の間をザックスは見逃さない。

「サンダー!」

ナイフが見る見る青白く輝き出す。
にっと笑ったザックスは、巨大イカの大きく開いた口にめがけて投げつけた。

ばしゅう!と衝撃が趨り、巨大イカが電球の様に発光する、そして次の瞬間、大音響と共に四方にはじけ飛んだ。

ナイフを投げた後にすぐさま反転して、水面に浮かんだザックスは、ぺろりと舌を出す。

「うーん、ちと俺も出力オーバーかな、にーさんみたいに、小器用じゃないしな。」
今度は、もう少し上手にコントロールしよう等と思っていると、頭上から救命用の浮き輪が降ってくる。
甲板の上で、レオが大きく手を振っていた。



浮き輪に捕まり、するすると引き上げられると、撃たれた男の周りで、医者がなにやら指示を出していた、他の船員達が事件を聞きつけ、右往左往している。

「サンキュ!あいつは?」
ザックスが差し出されたタオルで、顔を拭きながら聞いた。
「おまえが遊んでいる間に、小型船に乗って逃走、ずっと、つけてきていたらしいな。」
「撃たれた奴は?」
「今、手当てしているが、ダメだろう。副連隊長がレーダーで追跡しようとしたが、妨害電波を出されて無理だったらしい、これは大きな組織だな。」
「副社長は狙ってくる奴らの目星、ついてるのか?」
「さあ、あの人も『タヌキ』だしな。」
レオが笑うと、ザックスも釣られて笑う。確かに大きな組織のようだ、モンスターまで引き連れているとなると、護衛にソルジャーがついている事も、当然解っているのだろう。

「おもしろくなってきたぜ。」

ザックスは、もう一度不敵に笑った。



「そうか、解った。」
無線で連絡を受けたロイドは、セフィロスに報告する。

「逃げられました。」
「遊びすぎるな、と言っとけ。」

セフィロスが素っ気なく返した時、黄色い悲鳴混じりの歓声があがった。
反射的に振り向いたセフィロスは、怒りで、持っていたグラスを握りつぶす。ロイドは思わず額に手を当てた。

舞台の上では、後ろからクラウドを抱き締める形になったルーファウスが、両手で腰から胸までなで上げた後、フィニッシュと同時に口づけをしていた。

びっくりして何の反応もできないクラウドに、にっと笑うと、腰を抱いて今度は深く口づける。
クラウドは完全にパニックだ、どうしてこんな事になるのか解らない。普段なら即殴りつけるところだが、ここが衆人環視の舞台の上、しかも相手が副社長なので、躊躇していると、調子に乗ったルーファウスが、更に舌をからめようとしてきた。
クラウドは、あからさまにルーファウスを睨みつける。

次の瞬間、びくっとルーファウスは顔をしかめ、クラウドから離れた。しかし、すぐに微笑み耳元で囁く。
「手強いな。」

思い切りではないとはいえ、キスの最中、舌を噛んだ相手に、不快を示すどころか、ますます興味をそそられた様だ。

クラウドが返事をする間もなく、観客に向かって思い切りの笑顔で、こう言った。

「プリンスのキスは、今度発売されるお菓子『Shining bubble』の様に甘い。皆様、お楽しみ頂けましたか?」


割れんばかりの歓声と、拍手が鳴り響く。その向こうで、自分を憤怒の表情で睨みつけるセフィロスの冷たい瞳を、ルーファウスは平然と笑顔で返した。




クラウドは困っていた、部屋に戻ってから、セフィロスが無言なのだ。
さっきまで、司令部のみんなで今日の報告と、今後の打ち合わせをやっていた。その時までは、不機嫌なりにそれなりの返事をしていたのだが、クラウドと二人きりになってからは、ずっと話さない。

やっぱり、キスされたから怒っているのかなぁ?
でも俺、ちゃんと噛み付いてやったぞ、あれ以上どうしろって言うんだ!

なんか腹が立ってきたクラウドは、考えるのを止めにした。こういう時のセフィロスをまともに相手にしてもしょうがない、ほんとにヤキモチ焼きなのだこの御仁は。

「俺、先にシャワー入るよ。」

テレビのニュースを見ていたセフィロスは、無言で頷いた。



コックをひねって熱いシャワーを浴びる、クラウドはワシャワシャと髪の毛をかきまわした。

「うーん気持ちいい!」
 
『プリンス』として公の場に出る時は、いつもは跳ね放題の髪をきちんとムースで固められている。どうにも突っ張った感じがして気持ちが悪い。それにほんの少しだが、メイクもされていて、べたつく感じがイヤなのだ。

それにしてもセフィロスって、ヤキモチ焼きすぎ!
俺なんかが、そんなにモテるわけないだろう、ほんとバカみたい!

この前も学校の組み体操の話しをしたら、とたん不機嫌になって、相手はどんな奴だの、同じ相手とばかり組んだのかだの……

「俺の方がよっぽど不安なのに……」


イベントの間中、招待された女性達が、セフィロスを見て頬を染めて囁き合う。中にはクラウドから見ても、とても綺麗な人達がいて、あの中の誰かにセフィロスが引かれないという補償はない。


「セフィロスは、バカだよ、俺なんてあの人達からは、ただの『お人形さん』としか思われていないのにさ。」

クラウドは身体を洗いながら呟いた、この聡い少年は解っている、女達が自分とセフィロスに向ける視線の違いを。しかし、それと同時に解ってもいない、自分が周りから、どれだけ魅力的な存在だと思われているか、という事を。


一通りシャワーを浴び終わると、クラウドはため息をついた。


どうやってセフィロスの機嫌をなおそう、どう話しかけたらいいんだろう……


考えても憂鬱になるだけだが、いつまでも、シャワーを浴び続けるわけにもいかず、バスタオルを手に取った。高級ホテルのバスタオルは、厚手で吸収性がよく、肌触りがとても良い。身体を拭いて同じ素材のバスローブを羽織ると、クラウドは意を決して、外に出た。


部屋では、相変わらずセフィロスがテレビを見ていた。聞こえてくる音楽は『ラ・クンパルシータ』そして映っているのは、ルーファウスとクラウド……

「え?なんでこんなものテレビで……」
クラウドが言いかけると、コメンテーターが興奮気味に話し出した。

『いやあ、ルーファウス・神羅も、様々な浮き名を流してきましたが、今度は美少年です。今話題の『プリンス』今年のバレンタインデイに鮮烈なデビューを果たし、一躍トップスターに躍り出たにもかかわらず、その後ぴったりと鳴りを潜めていた美少年。本名も出自も一切謎、噂では、さる高貴な家柄の御曹司とも言われております……』

「んなわけ、ないだろう!」

思わず叫んだクラウドを、セフィロスが無言で抱き寄せた。


「な、何するんだよ。」
「黙って見ていろ、おまえは自覚がなさ過ぎる。」

画面にタンゴを踊る自分のアップが映り、クラウドは妙に恥ずかしくなった。
踊っている時は一生懸命で気がつかなかったが、こうして見てみると、この踊りはかなり色っぽい、さすが情熱のタンゴと言われるだけある。
おまけにルーファウスの視線がヤケに熱い、あの時は夢中で気づかなかったが、クラウドを支える右の掌も、身体をなでる指先も、わざと愛撫するかの様に、指先を動かす。


これが不機嫌の原因か……副社長調子に乗りすぎだよ……

なんとなく状況を理解したものの、改善策は思いつかない。

「へーこんな風に見えていたのか、俺、ついていくのに夢中だったけど、ミスはしてないみたいだね。」
ごまかす様に言ってみたが、セフィロスは未だ無言で画面を見ていた。

別のコメンテーターが、茶化す様に話し出す。
『……うーん、これはルーファウスは本気なんじゃないですかね、プリンスとセフィロスとのワルツが、この日のメインイベントだったそうですが、突然ルーファウスが割って入ったそうなんですよ、そして見てください、このお熱いキスシーン……』

画面に大写しになるクラウドと、ルーファウスのキスシーン。げっ!と思いながら恐る恐るセフィロスを見上げると、怖い瞳で思い切り睨みつけられた。

『……このルーファウスの目つきが、実に熱い、タンゴの時も実に熱い目線でしたが、確信しましたね……』

セフィロスはプツンとテレビを切ると、ゆっくりとクラウドに向き直った。


「怒ってるの?」
「どうしてそう思う?」
「だって、怒ってるじゃないか!俺がキスしたから!でもあれは不可抗力だったし、俺ちゃんと噛み付いてやったし……」

「俺が怒っているのは、キスしたからじゃない。」
「じゃ、なんで……」
いきなりセフィロスは立ち上がると、備え付けのミュージックボックスのスイッチを入れた、流れて来る曲は『ラ・クンバルシータ』そして、クラウドを抱え上げると、いきなり踊り出す。

「セ……セフィロス!」
「ん?俺とは踊れないのか?」
「そ、そうじゃないけど……」
焦るクラウドを無視してセフィロスは、見事なステップでタンゴを踊る。タンゴ独特の、美しい8の字を描く様なステップ。かと思えばいきなり、クラウドをターンさせ、その手に情熱的に抱き締める。

パートナーを美しく舞わせる、巧みなリード、しかしクラウドは、妙にモジモジとして、進んで踊ろうとはしない。


「どうした?俺と踊るのは嫌なのか」
「解っているくせに!」

真っ赤な顔で叫ぶクラウド、それはそうだろう、クラウドは、風呂上がりに、バスローブを羽織っているだけなのだ。
もちろん下着も着けておらず、さっきからの激しいタンゴのステップで、裾がヒラヒラとまくれ上がり、ほとんど見えそう、いや、ターンの時には完全に見えている。

「解らないな。」
セフィロスはクラウドの足を大きく割って、太ももを滑り込ませた。
「あ!やだ!」
逃げようとしたクラウドの上体を大きく反らし、右足を持ち上げ、脇の下に抱え込む。

「ふ……いい眺めだ。」
裾が大きく割れて、臍の所から、だらりと下がったバスローブ、明々とした室内で、全てを晒してしまったクラウドは、空いている右手で、思い切りセフィロスの顔を張った。
「いいかげんにしろよ!」

しかし、セフィロスは平然と、見下ろしているだけだ。クラウドは、右手をセフィロスの胸に突っ張って、逃れようとするが、右足は抱え上げられたまま、左足一本しか床についていない状態では、左手はセフィロスの首にしがみつくしかない。
第一、腰はがっちりと右手で抱き込まれ、ほとんどセフィロスの太ももの上に乗っている状態では、どうやっても逃れられない。

「セフィロス!?……やめ……」

セフィロスは少し腰を落とすと、曲に合わせて、膝の動きだけで浅く深くクラウドの足を割る。当然、直接そこを刺激される形となったクラウドは、慣れた感覚にぞくりと背筋を震わせた。


「セフィ……どうし……あ、イヤ……だってば……」
クラウドの声に、徐々に違う色が混じってくる。セフィロスは満足げな顔をすると、抱えていた右の足首を掴み、ぺろりと舐めた。

「や……セフィ!……どうしてこんな……あ……」
「どうした?俺はおまえと、タンゴを踊りたいだけだ。」
「嘘だ、こんな……あんっ……んっ……」
左手を裾から差し込まれ、腰から背筋を直に焦らす様に撫でられて、クラウドは大きく身をよじる。バスローブの肩がずるりと落ち、華奢な胸が露出した。セフィロスは足での刺激を続けながら、唇を滑らせる。左手の指で双丘の狭間をゆっくりと刺激してやると、さらけ出しているクラウドの足の間は、隠しようがないくらい反応していた。

熱い吐息がセフィロスの頬をくすぐる、リズムに合わせて、うなじから鎖骨にかけて舌でなぞれば、びくびくっと震えながら切ない声を漏らした。

「そう、もっと踊れ、クラウド、もっと淫らに、情熱的に。」
低い声で揶揄する様にそう言われ、クラウドは喘ぎながらも、ぐっと唇を噛んだ。
悔しい、セフィロスの思った通りの反応をする自分の身体が、楽しそうに自分の身体を弄ぶセフィロスが。
どうしてこんな事をされるのか解らない、自分を貶めたいだけなのか、それとも、ただ、怒りであたられているだけなのか。


嫌いだ!セフィロスなんて!


声なんて出したくないのに、声が出る。自分は今、どんな顔をセフィロスに見せているのだろう、きっと、セフィロスが悦ぶような、淫らで淫靡な娼婦の顔……

悔しさで喘ぎ声を噛み殺そうとすると、更に強い刺激が襲ってくる。


「ああ……ん……あんっ……や……」
狭間を強く擦られ、思わず喉を仰け反らせると、いきなりぎゅっと抱き締められた。


「セフィロス?……」
突然の事に、クラウドが呆然としていると、少し掠れた様な声が聞こえた。

「見せるな、クラウド。そんな顔を他の男に、見せるな。」
「セフィロス……」
「見せないでくれ、俺以外の奴に、そんな顔見せないでくれ……」
金色の髪に顔を埋めながら、セフィロス切なそうに呟く。


クラウドはようやく解った、セフィロスは怒っていたのではない、不安になっていただけなのだ。


ほんとに、子供っぽいとこ、あるんだから……


セフィロスの顔を両手で挟み、まじまじと顔を見てため息をつく。

「セフィ……バカだね、他の奴の前で、こんな顔見せるわけないだろう。できないよ、そんな事。」
クラウドが呆れたように言うと、少し情けない顔で、聞いてきた。
「では、どうしてルーファウス相手に、あんな顔を見せた?」
「それは……」

クラウドは胸がいっぱいになった、自分こそ聞きたい、どうしてセフィロスは、こうまで自分に、弱い所を見せてくれるのだろう。ありのままの、隠さないセフィロス自身を。

さらりとセフィロスの、銀色の髪を掻き上げると、いつもの尊大な顔とは違う、セフィロスの不安げな顔がある。自分しか知らないセフィロスの……

「ロイドが言ったんだ。」
「ロイドが?何を……」
「タンゴは情熱の踊りだから、タンゴを踊る時は……」
そこでクラウドは真っ赤になって、口籠もってしまった。考えれば、かなり恥ずかしいコツを教えてもらったのだ。

「踊る時は?」
不安げなセフィロスの真剣な顔、滅多に見せないその顔に、意を決してクラウドは続きを口にした。
「踊る時は、セフィロスに抱かれている最中を、思い出して踊れ、って。セフィロスにイカされていると思って、踊れ……って……」
恥ずかしさで、クラウドはプイと横を向いて、続けた。
「じゃなかったら、俺、あんな顔、できないよ、出来るわけないだろう?ばーか。」

セフィロスは唖然とした顔をしたが、すぐに忌々しげに呟いた。
「あいつめ……」
その顔を見て、クラウドは思わず笑った。こんな風にくるくる表情が変わるセフィロスを、世界中の誰が見る事が出来るだろう、世界中の誰が……

「クラウド、本当に俺の事を考えて、踊ったのか?」
「だから、そうだって言ってるじゃないか。」
再度問われて、まだ疑ってるのかと言いたげにクラウドは答える。セフィロスは嬉しそうに笑うと、ゆっくりとクラウドに口づけた。くちゅくちゅと啄みながら、舌をねっとりと絡め、柔らかい口腔内を思う存分味わう。

クラウドもセフィロスの首に両手を回し、情熱的なキスを余すところなく受け止めた。流れているラテンの調べは、二人の気持ちを否が応でも、高ぶらせている。それでなくても、先程十分すぎるほど煽られ、薄紅色に染まったクラウドの身体は、もう悲鳴を上げていた。耐えられない様に震わせ、自分からセフィロスに身体をすりつける。

セフィロスはそのまま抱き上げると、ソファーに座りながら、バスローブの紐をするりと解いた。ほとんど、引っかかるだけになっていたバスローブが、ぱらりと落ち、魅了してやまない少年の裸身が、明るい光の中で全て晒される。


セフィロスは、ゆっくりと唇を外すと、華奢な身体を眩しげに眺めて囁いた。

「ルーファウスと、どっちがよかった?」
「セフィロス……」
クラウドが、喘ぐ様に、酔っているかの様に、うっとりと答える。

「俺にだけ見せてくれ、おまえの全てを、俺の腕の中だけで見せる、おまえの踊りを。」
「うん……あ……」
クラウドの返事を聞くより先に、セフィロスは滑らかな胸に唇を滑らせた。舌先で突かれ、クラウドが小さな吐息を漏らした時、いきなり電話が鳴り出した。

ち!という顔をしたセフィロスは、そのまま無視を決め込んだが、電話はなかなか鳴りやまない。それでも無視してクラウドの肌を味わってみるが、当のクラウドが落ち着かなくなってきた。

「セフィロス……もう50回くらい、鳴ってるよ。」
「おまえ、数えていたのか?」
「だって……」
完全に素に戻ってしまっているクラウドに、セフィロスはため息をついた。諦めて受話器を取ると、超不機嫌な声を出す。

「もしもし!」
『やあ、お義兄様、相変わらずご機嫌麗しい様で。』
今一番聞きたくない声を聞き、セフィロスは受話器を叩き付けそうになった。

「何の用だ、ルーファウス!」
『いきなり怒鳴りつけないでくれよ、ちょっと伝えたい事が合ったんだから。』
「だから何の用だ!」

不機嫌オーラを、隠そうともしないセフィロスに、ルーファウスは少し笑いを含んだ声で答えた。

『明日は海で撮影だ、肌の露出が結構あるから、今晩のセックスはキスマークなしで頼んでおきますよ、セフィロスお義兄様。今日のダンス騒ぎで、記者の数も倍に鳴ってるだろうし……それとも、もう遅い?』




翌日、コードを引き抜かれて、壁の隅に追いやられた電話機に、ルームキーパーは首をかしげていた。








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