| それすらも快い日々 3 | |||||
| 「わぁ……」 クラウドは思わず声を上げた。 まだ早朝のコスタ・デル・ソルの海、登ったばかりの朝日が水面に反射し、美しく輝いている。 清冽とさえ感じるその光を浴びて、雄々しく海中に立ち、剣を構える英雄セフィロス。 膝丈までの短い衣、鈍い光を放つ黒の甲冑、見事な筋肉がついている両の脚。 打ち寄せる波に膝まで洗われてキラキラと、白い飛沫がキラキラと、黄金律の肉体を彩る。 一際大きな波が打ち寄せ、セフィロスはそれをなぎ払う様に剣を鋭く振った。はじけとぶ飛沫と光にまみれ、ふわりと舞う銀色の髪が、朝陽を吸って神々しいばかりに黄金に輝く。 まるで古代の軍神の再臨を、祝福するかの様に。 呆然と見とれるクラウドに、ルーファウスが笑って話しかけた。 「惚れ直したんだろう?」 とたん真っ赤になる少年に、今度は、ご機嫌な声で囁く。 「私としては、君のその姿の方が、ずっと映えると思うのだが。」 きょとんとするクラウドは、そういや、自分が着ている衣裳は、この人がデザインしたって聞いたなと、のんきに思い出した。 淡いブルーのシルクで作られた、膝丈までのギリシャ調の短衣。 凝った意匠の掘られたブローチで右肩は留められ、上質のシルクが流れる様なラインを作る。華奢な腰にはこれまた繊細な刺繍の帯が結ばれ、脚には編み上げのサンダル。 クラウドにしてみれば、映画とかに出てくる昔の服で、どこがどう普通と違うか解らないのだが、この服の裾を5cm短くするか否か。又、ブローチで留めていない左胸を露出するか否かで、セフィロスと、醜い争いを繰り広げたルーファウスにしてみれば実に感慨深い。 「私としては、もう少しドレープを深くして、こう左胸のラインをもう少し出したかったのだが……」 「はあ、そうですか。」 服に興味のないクラウドには、何の事かさっぱりだ。それよりも、この衣裳に合うようにと、ロイドがくれた物の方が嬉しい。腰に差した細身の銀の短剣、見た目によらず切れ味は抜群なので、気をつける様に言われたが。 「それにしても、実にそそられるな。」 ルーファウスが含みたっぷりの笑みを浮かべて、クラウドを見つめた。 早朝とはいえ、南国の力強い太陽が、黄金色の髪を豪華に輝かせる。そしてこの強い光は、薄いシルクを軽々と透過させ、セフィロスの心配も何のその、中世的なクラウドの魅力的な肢体を、くっきりと浮かび上がらせていた。 「はあ、そんなもんですか。」 「そんなもんだよ、プリンス。ところで、今日も例の下着を着ているのかい?」 裾をめくろうとした悪戯な指が、触れるやいなや、ばちっ!と小さな火花が飛んだ、途端指を引っ込めるルーファウス。 「大丈夫ですか?静電気かな。」 心配げなクラウドに、ルーファウスは引きつった笑みで答える。 「そんな可愛いものじゃ、なさそうだな。」 撮影中のはずのセフィロスが、ギロリと二人を睨みつけていた。 その後ろで、護衛のザックスが思わず首をすくめて、レオに小声で話しかける。 「あーあ、にーさんってマジに器用だな、あれはバリアと、サンダーの応用?」 「クラウドの身体全体にバリアをかけて、その上を薄い膜状に弱いサンダーで覆ったんだろう、さすが連隊長、あんな真似はとてもとても。」 「つーと、あの魔法は名付けて『ジェラシーガード』か!」 ザックスが馬鹿笑いした瞬間、黄金の光の矢が飛んできて、髪がパラパラと何本か散った。 「ダメですよ、セフィロスさんそっちじゃなくて、あの岩をめがけてくださいよ。」 「ああ、すまん手が滑った。」 ジロリとザックスを睨みつけながら、スタッフに謝るセフィロス。 「ザックス、おまえ自爆するクセ、早く無くせよな。」 白く固まったザックスに、レオは気の毒そうに呟いた。 「では、プリンス、あの櫓に登って。」 スタッフに、海の中にこしらえられた、5メートルほどの櫓にを指差され、クラウドはコンテを見ながら聞いた。 「あれがモンスターになるんですか?」 「そう、きみは巨大なモンスターに掴みあげられ、セフィロスに助けを求めるんだ。あとでモンスターを合成するから、そのつもりで演技してくれよ。」 解ってはいるが、クラウドにしてみればあんまりおもしろくない、これではまるでお姫様ではないか。 「この王子って、助けを求めるだけで、ちっとも自分で戦わないんですね。」 「まあ、そういうなよ、それがこのコマーシャルのコンセプトなんだから。」 まあまあと肩を叩かれ、渋々櫓を上り出すクラウド、セフィロスは、少しはらはらしながらそれを見ていた。 なんせ、海岸の風は強く、ただでさえ短い衣裳の裾がひらひらとまくれ上がる。それが高い櫓になんぞ登れば、すっかり中が見えてしまうわけで…… 「うーん、プリンスの腰から脚にかけてのラインは、絶品だね。」 風に乗って聞こえてくるルーファウスの戯言が、いちいちカンに触る。 望遠鏡まで用意しやがって! やはりあんな短い衣裳、許可するんじゃなかったと思いながらも、今更どうにもできず、セフィロスは苛ただしげに舌打ちした。 櫓の隣にはクレーンの様な機械が2台あり、一つにはカメラマンとスタッフ達が乗っている。 浜辺では監督がモニターを見ながら、無線で指示を出していた。 「次、プリンスが掴みあげられるシーン、クレーンに繋いで!」 ぴくっとセフィロスが反応する。 この上、あのクレーンでつり下げる気か! 遠目で見ても、戸惑っているようなクラウド。渋々と用意されたハーネスを装着しているが、あのまま持ち上げられたら、裾が風で捲りあがってしまうではないか。 さてはルーファウスの奴、俺とクラウドにはそこをカットした絵コンテを渡したな! ギロリと睨みつけると、お得意の余裕綽々の笑みが返ってくる。 軽く舌打ちして、クラウドの方に向き直ろうとした時、ざわっと皮膚が粟立った。 何かが来る、それも大きい…… ザックスがルーファウスの真横に走り、ぴったりとガードする。レオがインカムで指示を出し、スタッフに紛れていたガード達が一斉に壁を作った。 セフィロスだけが海に向かって走る、一際大きな波がクレーンに向かっていた。 「なんだあれは!」 誰かが叫んだ、波の間から現れたのは、亀のモンスター、アダマンタイタイ、元々巨大なモンスターだが、今まさにクレーンに襲いかかろうとしているのは、通常の3倍以上の大きさだった。 悲鳴があがる、アダマンタイタイがカメラクルーの乗るクレーンに体当たりを始めたのだ。台座が激しく揺れ、クルーは振り落とされない様に、必死に掴まっている。 少し離れたクラウドのクレーンも、振動で大きく傾きかけていた。ワイヤー一本で吊された身体が、振り子の様に左右に揺れる。海面より5メートル以上の高さの空中で、目が回りそうになりながら、クラウドは懸命にワイヤーと繋がったハーネスを外そうとしていた。 このままクレーンが倒れれば、最悪水面に叩き付けられる。うまく飛び込めたとしても、クレーンに繋がれたままでは、逃げる事も出来ない。泳ぎは苦手だが、そんな事は言っていられない。 支えのない空中で、四苦八苦していると、アダマンタイタイが、クラウドのクレーンに向き直った。大きく体当たりされ、ぐらりと揺れる。 「クラウド!」 セフィロスの声だ、海岸から懸命に走ってきてくれている。安心すると同時に、間に合わないだろうと冷静に思う。 地響きと共にクレーンが再度大きく揺れた。弾みで最初に登った櫓が、目の前に迫っているのに気付く。 大きく振られたタイミングを見計らって、素早くワイヤーつきのハーネスを外した。慣性で飛ばされながら懸命に手を伸ばし、櫓にしがみつく。ほとんど同時にクレーンが倒れる、ワイヤーに引きずられて海の中に落ちるハーネス。 間髪の出来事に、セフィロスは大きく息をつく。しかし、安心するのはまだ早い、アダマンタイタイはまだ暴れている。クレーンを一つ倒しただけでは満足せず、カメラクルーが乗っている、もう一台のクレーンに再度向き直っていた。いつ気が変わって、クラウドの乗る櫓に襲いかかるか解らない。セフィロスはクラウドを風の魔法で引き寄せようと、呪文を唱えかけたその時、クラウドが櫓から飛んだ。 手に腰から抜いた銀色のナイフを構えて。 あの巨大モンスターを、ナイフ一本で倒そうと思ったのだろうか。いや、そうではない、目の前のカメラクルーの悲鳴と、このままではすぐに自分もやられるという覚悟、記憶に残る教科書で習ったアダマンタイタイの弱点……目と目の間、亀に飛び乗れば振り落とされない限り、手出しはされないという判断が、モンスターの上に飛び乗る事を決意させたのだ。 相手は亀のモンスター、弱点に、いや、片方の目でいい、ナイフを突き立てれば、防御で首を引っ込め動きを封じられる。 瞬時に意図を察したセフィロスは、呪文を唱え、風の魔法で大きくクラウドの身体を舞い上がらせた。右手を振るうと、銀のナイフめがけて稲光が走る。セフィロスの右手に宿った雷の魔法が、細いナイフの切っ先その一点に集められたのだ。 クラウドはふっと唇の端に笑いを浮かべた。柔らかな風が優しく自分の身体を包み込み、しっかり体勢を整えさせてくれる。 なんだってできる、セフィロスとなら。 次の瞬間、クラウドは、空中でくるりと一回転し、黄金に輝くナイフを、アダマンタイタイの眉間に正確に突き立てた。 ドーンという落雷にも似た光と衝撃、巨大亀の身体は大きく揺らいだ。焦げ臭い匂いが辺りに立ちこめ、クラウドは衝撃ではじき飛ばされる。しかし、柔らかな風が、すぐにその身体を捕まえ、ふんわりと降ろした。一刻も早く、その無事を確かめたかった逞しい腕の中へと。 少し呆然としながら、クラウドはセフィロスに聞いた。 「ありがとうセフィロス、モンスターは?」 「即死だろう、もう大丈夫だ。しかし、クラウド無茶をしないでくれ、寿命が10年は縮んだぞ。」 その言葉が嘘でない証拠に、セフィロスの額には、冷や汗がにじんでいる。心配をかけたと反省するが、同時にそこまで思ってくれていると、妙に嬉しくなってくる。 「ごめん、でもセフィロスが走ってくるのが見えたから、何とかなると思ったんだ。」 えへへと笑われて、セフィロスは大きく溜息をついた。この笑顔には、到底かなわない。愛おしさが急速にこみ上げ、思い切り抱き締めようとした時、ぴくっと気配を感じた。同時に雷の魔法を放つ、海岸からこちらを見ているルーファウスの真後ろへと。 直撃を喰らったはずの男は、瞬時にその魔法をよけていた。ザックスが感嘆の口笛を吹く、セフィロスの魔法を避けるなど、通常の人間ではあり得ない。 「副社長、なんか心当たりあるんでしょ?あの巨大モンスターも明らかに遺伝子操作されてるし。」 「心当たりがありすぎるのも大変でね、もてる男はつらいのだよ。」 微妙にはぐらかされ、ザックスは肩をすくめた、本当に喰えない御仁だ。 男が逃げていく先には、ジャックとロイドが率いた別働隊がいる。たちまちぐるりと取り囲まれ、一瞬観念したかに見えたが、いきなり跳躍し、その囲みを越えた。常人にあるまじきジャンプ力、まさにソルジャーの能力だった。 アーミーナイフが煌めき、追ってきたロイドの喉元を狙う。とっさに身をかがめたロイドは、足下を大きく払った。転倒したかに見えた男は、すばやく受け身を取り、一回転した反動で跳躍し、姿勢を低くしたままのロイドの頭上にナイフを構えて襲いかかった。 ぴしっと澄んだ音が響き、ジャックの放った氷の魔法が男を捕らえる。くるりとロイドが身を翻し、氷に覆われたまま、男は地面に倒れ込んだ。 「近寄るな!」 ジャックが鋭い声を上げ、男に手をかけようとしたガードの一人を突き飛ばした。 同時に男の身体全体に、バリアの魔法をかける。ソルジャーにしか聞こえない、微かなカチリという音。次の瞬間、視力と聴力を引き裂く暴力的な光と音が、ラップフィルムで覆った様な人体の形に響き渡った。衝撃で一瞬地面を浮き上がったそれは、ぐしゃりと潰れながら地面に落ちる。 「自爆ですか。」 砂を払いながら、ロイドが聞いた。 「いや、氷に覆われてスイッチは押せない、遠隔爆破だろう。それにしてもさっきの能力は、どうみてもソルジャーだが…」 ジャックの呟きを受けて、ロイドはゆっくりと、肉片と化した人体の一部を指差した。 「眼球は、魔晄の色をしていませんね、これは一体どういう事でしょう。」 「何か起こっているんだろう、俺達の知らないところでな、それを一番よく知っているのは、あの御仁だろうが。」 ジャックが親指で、後ろを指差す。 ガードに囲まれたルーファウスは、少しも慌てることなく、優雅な仕草で手元のモニター画面を操作していた。 「うーん、やはり本物の迫力はすごいね、CGとはまるで違う。」 「ちょっと、副社長、遊んでないで一時撤退しますよ、第二波が来るかも知れませんから。」 あきれるザックスに、ルーファウスは、問題ないと言いたげに続ける。 「そういうなよ、ベストショットが撮れたんだから、カメラを望遠と2台にしていたかいがあったな、もう一台のカメラは、どうなのかな、壊れていないといいけど。」 数メートル先で、暗殺犯が爆死したというのに、全く関係がない様にモニター画面に夢中な副社長。ザックスは溜息をつきつつ、どれ、どんな画面だと覗きこむ。 アダマンタイタイに向かって飛び降りるクラウド、次の瞬間ふわりと身体が浮き、くるりと空中で一回転して、ナイフを構え直す。 「げ、これはダメでしょ、にーさんが許すわけないって!ここ、カット!」 ザックスが、思わず叫んだ。それもそのはず、空中でくるりと回転した時、クラウドの服の短い裾がひらりと捲れあがり、真っ白なTバックが食い込んだ、形のいいお尻がぺろっと見えているのだ。 「どうしてだい?すごくいい場面だよ、躍動的で、急遽コンテを変更しよう、王子がモンスターを退治する。」 ザックスはたたみ掛けた。 「無理!あのヤキモチヤキのにーさんが、こんなクラウドの尻が丸見えの画像なんか、絶対に了承するわけないって。」 「まあ、それはそうだが、ここは一つ、君は見なかった事にしてくれないか、セフィロスにはこの映像を内緒にしようと、思うんだ。で、クランクアップの後に……」 ひゅーっと背筋に、冷たい風が吹いてきた。 「俺に内緒でなんだって?」 気が付けばセフィロスが、真後ろに立っている。 「いや、なんでもないよ、あ、あっちでみんなは、死体検分してるみたいだよ。」 「ほう、で、俺に内緒の映像というのを見せてくれ。」 「いや、別に内緒と言うわけでは……」 「いいから見せろ、それとも器械もろとも粉砕して欲しいか?」 諦めた様に、モニターを操作するルーファウス。その後響き渡った英雄の怒鳴り声は、モンスターの咆吼より大きかったと言う。 back top next |
|||||