前略 母さん元気ですか?
前略、かあさん元気ですか

   『前略、かあさん、元気ですか。俺は相変わらず元気です。
   少しは目標に近づけたのか……まだわかりません。
   そっちでもそろそろ春が来る頃ですね。
   油断をして風邪など引かないように気をつけて。
   今回は手当てが思ったよりあったので少し多めに送ります。
   美味いものでも食べ下さい。 じゃ、また。 クラウド』


 シェリル・ストライフはそれこそ相変わらず簡素な内容の手紙に目を通すと自然と笑みが浮かんでくるのを止めることは出来なかった。
14になった息子から決まったように一月に一回、律儀に届く手紙は本当に短くてどんな暮らしをしているのか推し量ることは出来ないが、こうやって手紙を定期的に書ける程度には気持ちの余裕があるのだろう。
元気でいるのだろうか、母としては心配になる。シェリルは干したばかりの洗濯物の向こうに気持ちよく晴れた青空を眺めながらクラウドへの思いを馳せた。

 2年前、いや正確には3年前、突然にクラウドがミッドガルの士官学校に入学したいと言い出したとき、心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受け、神羅に関ることへの不安から頭ごなしに反対してしまった。
その結果、父親譲りの一途に夢を追って現実にする実行力と忍耐力……一言で表すなら頑固な性格そのままに、息子は自分一人で進路を定め計画を建て、実行してこの村を出て行ってしまったのだった。
その時、このまま息子を失うのではないかと随分と心を痛めたのだが、ミッドガルに出たクラウドは必ず一ヶ月に一枚の葉書を送ってよこす。短くて素っ気ない内容の葉書であっても、シェリルにとっては掛け替えのない宝物である。

 詳しい内容は書かれていないのでよくは判らないが、去年の暮れから給与が出るようになったらしいクラウドは葉書ではなく封書を送ってくるようになり、その中には必ず幾ばくかの現金が同封されている。
親孝行な息子が誇らしくも嬉しくもある反面、心配になるのが親心である。一体14の少年がどのようにこの金銭を得ているのかまるで見当がつかないのだ。
ミッドガルのような大都市は概して物価が高く生活だって決して楽ではないと想像することは難しくない。無理をしてヘンな仕事に関っているのではないだろうかと不安がよぎる。

 去年の夏休みに、ブラウンさんという方のお宅に下宿をしてバイトをすると連絡が来たときも、そんな見ず知らずの人の家に下宿などと随分と心配をしたのだが、下宿先の主であるブラウン夫人と名乗る女性から何度か手紙を貰いその心配も杞憂であったと安堵したものだ。
その手紙はいつもクラウドの近況を事細かに知らせてくれたり、こっそりと撮った写真を同封してくれたりしたので母としては心が休まるものであったが、息子が自分の知らないところで良い人たちと巡り合っている、ホンの少し遠い存在に感じたりもした。
いつまでも子供のままではいない、確実に成長をしているのだ……当たり前のことだが、つい忘れがちな事実を実感したのもこの手紙のお陰である。
 クラウドの内容のハッキリしない手紙によるとこの冬から本格的にブラウン夫人の家に住んで仕事をしているらしい。
『ソルジャーになる』と家を出て士官学校に入学したはずの息子がどんな仕事をしているのか?どれほどの収入があって送金してくるのか?一途な息子の性格を考えれば考えるほど、ソルジャーにならずに仕事をしているとは納得出来ない。一度、そのことに気がついてからは全てのことがかえって謎に満ちてくるのだ。
ブラウン夫人の家に住んでいるのなら安心だろうと思う反面、お世話になりっぱなしで心苦しさも感じるし、同時にたかが下宿先の夫人がここまで気を配ってくれるのも嬉しい反面、不自然でもある。

 ウジウジと悩むのは性格的に合わないシェリルは、幸い冬も過ぎ季節も良くなってきたことだし、思い切ってミッドガルにまで出かけてみようと思い立ったのは洗濯を終えた月曜の朝のことだった。


 仕事を終えていつものように三人で帰宅すると一通の手紙がダイニングとキッチンの間にあるカウンターの上に置いてあった。この家に手紙が来ることは滅多にない。
今まで手紙が来ると必ずそれは何らかの波乱の予兆であったりするのだ。そして今回もその例に違わぬことのない内容であった。

 「おぉ、クラウドに手紙がきてんぞ。」
 目聡く手紙を見つけたザックスがクラウドに手渡した。
 「あっ、かあさんからだ。」

 クラウドは普段より早い返事であることを気に留める様子もなく封を切って手紙を読み出した。
いつもなら村の様子を事細かに書いてくる母の手紙は字がギッチリと詰まっているのだが、今回の手紙は短くてあっという間に読み終わってしまった。
クラウドはその短い文を何回も何回も読み直してしまう。

 『今週の金曜日にミッドガルに行きます。』

 読み終えた文字が頭のかなでリフレインしている。

 ミッドガルに行きます……今週の金曜日………今日って………

 「えぇ〜!」

 突然に大声を上げたクラウドに驚いてキッチンからセフィロスが声をかけてきた。
冷蔵庫の中を漁っていたザックスも何事かと顔を捻ってみている。

 「何があった。」
 「セ、セフィ!どうしよう!ねぇ、どうしたらいい?」
 「落ち着け。まず説明しろ。相談はその後だ。」
 いつになくパニックになっているクラウドをダイニングの椅子に座らせると、ザックスがミルクが入ったグラスを手渡す。クラウドはそれをゴクゴクと一気に飲み干したのだった。

 「ふぁ〜。」
 大きな息を吐いてから、落ち着いた声でクラウドはセフィロスを正面から見据えて一言。
 「明日、かあさんが来る。」
 「…!」
 セフィロスもその言葉で打ちのめされたかのように固まってしまった。

 「明日って随分と急なこったな。」
 他人事のようにノホホンと能天気なコメントを出しているのはザックスである。手には冷蔵庫から引っ張り出したタラトゥヤが入ったボウルがある。
 「かあさん、『思い立ったが吉日』な人だから。……これを投函したのが月曜の午後だから、その足でここまでの段取りをつけたんだと思う。前もって手紙が来ただけましなのかも知れない。下手したら、ヒルダんとこの玄関に立ってても不思議ないもん。」
 「明日の何時だ。」
 「五番街ステーションに14時到着予定の長距離バスに乗ってくるって。」
 「後20時間しかないではないか。」
 「……そういうことだね。」
 「ヒルダと相談したほうが良くねぇかい?」
 ザックスの提案にセフィロスが頷く。
 「もっともだな。」

 早速、ヒルダに事の説明をしてセフィロスのアパートまで来てもらうことにした。
 「ヒルダが来る前に飯、済ませちまおうぜ、なっ。」

 クラウドにしてみれば食欲どころではないが、ザックスはいつでも食うことだけは外せねぇという人物であるし、セフィロスもある意味ザックスと同じで食事は食事であるという性格である。
悩みがあるからといって食事が出来ないという事はないようである。
そんな二人と一緒にいればクラウドだって食べたほうが気持ち的に落ち着いていい案も出るかもしれないと、無理やり食事に付き合わされることになる。

 食卓についても味わって食べるというよりは、野営基地で携帯食料を口にしているような気分で機械的に口へ運んでいるだけのクラウドを、訝しげに見ているのはザックスだけである。
何故なら、セフィロスも心、此処にあらずと言った風情で考え込んでいるからだ。

 クラウドの母親がミッドガルにくる。クラウドの住所は書類上、ヒルダの家に住んでいることになっている。
勿論、クラウドの母もそう信じている。しかし、明日の午後に到着するとなると時間的な問題としてクラウドがヒルダの家に住んでいると偽装するのは困難である。
無理をしてもどこかで破綻が生じるだけである。それよりは正直にすべてを話してしまったほうが得策だと思える。

 事実、クラウドの部屋には使われていないがベッドはまだあるから、此方に住んでいると言った方が自然かもしれない。住所が違う事は『安全対策』という大義名分でよいだろうし、クラウドの今の立場も口頭なら簡単に説明しても差し支えはないだろう。
 上司として指導担当者としてクラウドと一緒に住むことはそれほど不自然とは思えない。スポーツの世界でも年若い選手は、コーチの家に一緒に住んでいる事がよくあることだ。

 しかしだ。問題は『同居』ではなく『同棲』ということ。これを隠したままでよいのだろうか。
セフィロスとしては真面目に将来のことも考えているし、成長してもクラウドの気持ちに変化がなければきちんと合法的に結婚するつもりでいる。勿論、クラウドにこんな話をしたことはないが、自分としては既にこれは決定事項だ。
 ならば、母に挨拶をするべきではないのだろうか。しかしなんと言えばよいのだ。それにミッドガルでは同性婚は認められているが、他の地域ではまだ禁忌に近いのも事実である。
クラウドの葛藤や背徳感を考えればニブルヘイムはそういった地方の一つだと考えられる。
更に、クラウドの年齢である。15歳以下との淫行はたとえ合意の上でも犯罪である。クラウドの母に知れて連れ帰られたりでもしたらそれこそ目も当てられない。一体どうすればよいのだ。セフィロスは一人で思考へと沈み込んでいた。

 そんなセフィロスとは打って変わってザックスはそんな二人を見てワクワクしていた。

 (楽しいことになってきたなぁ〜。旦那、どーすんのかね。クラウドのおっかさんに『息子さんを嫁に下さい』って言うんかね……嫁っつーのもへんだな、婿か?で旦那が嫁ってか?それもなぁ〜。この場合、婿二人何のかねぇ……。ジョニーにいっぺん聞いてみっか。)

 どうやら、高みの見物を決め込むつもりらしい。そうは問屋が卸すのだろうか?




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