非時香果
…ときじくのかのみ…
epi
コーヒーメーカーに豆をセットしながら、クラウドはふっと笑った。
休暇が終わって、久しぶりに出勤して、久しぶりにお茶の準備をする、それだけの行為がなんだか嬉しい。
前半はともかく、後半は思いきり休暇を楽しんだはずなのだが、やはり日常に戻るとほっとする。

村にいた頃は自分がどこにいようと、誰も気にしなかった、帰るべきところはどこにもなかった。
唯一気にかけてくれた母親は、夜遅くまで仕事をしていたので、帰ってくる頃にはクラウドはいつもベッドの中だった。
それでも帰って来ると、そっとお休みのキスをしてくれた、それだけが嬉しくて、クラウドは頑張って寝たふりをしていたのだ。

だから夜ベッドに潜り込むまでは、クラウドがどこで何をしようと気にする人間はいなかった。
いや、クラウドが目に入っても知らないふりをされていた、それが自分の父親に関係する事だとはおぼろげながら解ってはいたのだが。
母親以外で唯一心を通わせたのは、もう亡くなった猟師の老人だけだった。

それがここに来てからは、誰もがクラウドの心配をしてくれる。
帰ったその日にお土産を持って行ったウォルター医師は、島での事を聞かされていたらしく、ひどくクラウドの負った心の傷を心配してくれた。
それに今日出勤すると、司令部の留守番組の3人はザックスをちゃかしながらも、クラウドを気遣い、いなかった間とても困ったと言ってくれた。

ここでは自分は必要とされている、その事がとても嬉しい。
村にいた頃の日常は、自分がいなくてもよかった日常、自分がいなくてもあの村ではだれも困らない。
しかしここに居ると、誰もが自分を必要としてくれる、自分がいるのが当たり前の日常なのだ。

胸がじんわりと温かくなるような優しい気持ち、クラウドはもう一度くすっと笑うとミデェールで買って来たお菓子の箱を開けた。

「へえ、そのお菓子買って来たんだ。」
後ろから声をかけたのはレオだった、ひょいと後ろからカップの乗っているトレイを奪うと、穏やかに笑う。
「手伝うよ。」
「ありがとうございます少佐、でも仕事はよろしいんですか?」

仕事中のクラウドは決して敬語でしか話さない、レオはこつんとおでこをつつく。
「今からお茶の時間、敬語は無しだよ、そのお菓子美味しかっただろ?」
「はい、この間少佐にお土産でいただいたのがとても美味しかったので、買って来たんです。」
「だから、敬語は無し、お茶の時間に敬語を使うと、副長と隊長が怒るぞ。」
レオはお菓子を一つ取ると、クラウドの口に押し込んだ。
それはココナッツミルクを練り合わせたお菓子で、餅の様に柔らかく、口に含むと甘いココナッツの香りが広がる。
この間お土産にもらって以来、クラウドの好物の一つなのだ。
「美味しい。」
好物を口にして、クラウドの顔が子供にもどる。

「クラウド、隊長のいない時にそんな顔したのがばれると、あとでたっぷりお仕置きされますよ。」
いつの間にか現れたロイドにからかわれ、クラウドは赤くなって口を尖らせた。
「しょうがないじゃないか、だってこのお菓子美味しいんだもん。」
すっかり素に戻ってしまっているのに気が付いて、クラウドははっとするのだがもう後の祭り。
「美味いだろ?それ彼女の好物なんだ。」
嬉しそうに言うレオに、もう今さらしょうがないとクラウドは開き直った。

「へえ、じゃあレオはこの前、彼女とミデェールに遊びに行ったんだ。」
何気なく返した一言のつもりだった、しかし、レオの顔がわずかに曇った気がした。
「いや、オレの彼女、ミデェールにいるんだ、だから長期の休みの時にしか会いにいけないんだよ。」
「ふーん、いつも会えないなんて寂しいね、美人?」
「美人だよ、写真見せようか。」
レオはポケットから携帯を取り出すとpipipi…とボタンを操作する、画面に映ったのは色白の長い黒髪の奇麗な女性、こちらを向いて儚げに微笑んでいる。

「アンナ…アーニャって呼んでる、この間撮ったばかりの写真だよ。」
「ほんと美人だね、レオとお似合いだよ。」
言いながらクラウドは違和感に気がついた、確かに奇麗な女性だが、常夏のミデェールにいるのに何故日に焼けていない?自分ですらこの2週間で、すっかり焼けてしまったというのに。

「さあ、彼女自慢はその位にして、早く持って行かないとコーヒーが冷めますよ。」
ロイドに促され、レオが笑って携帯をしまう、画像が消される瞬間にクラウドは、はっとした。

あの女性の後ろに小さく映っていたのは、エレが入院した病院の聖母像ではなかったか?
そういえば後ろの壁の色は、エレが遊んでいたプレイルームの壁と同じ…

クラウドがコーヒーを運ぶレオの後ろ姿に、複雑な顔で何か言おうとした時、ロイドが静かに言った。
「クラウド、早く持って行きましょう、みんな、待ってますよ。」

そうして、何も聞くなと言う様に、そっと人さし指を口に当てた。


見た事もない様な哀しい微笑みで。



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