STIGMA 5
 あまりの最低さに、吐き気がする、強ばった笑顔を浮かべるティファの顔、それを見ても何の罪悪感も感じない自分自身に……

自分の部屋で事務デスクに座って、クラウドはさっきの自分の言動を逡巡する。

もし、誰か他の男がティファに対して、そういう態度をとれば、自分は声を荒げて抗議をするだろう。

『なんだ!今まで散々思わせぶりな態度を取っておいて!ティファが可哀想じゃないか!!』

そう、彼女の為にそうやって怒る事ができる、その意味ではティファは自分にとって大事な家族なのだろう、それはマリンだって、テンゼルだって同じ事。

だけど……

彼女が望む意味での家族にはなれない、彼女が望む形の家族にはなれない。
いっそティファが本当の家族ならよかったね、そうしたらこんな思いはさせずにすんだ、でも、もしティファが本当の家族でも、きっと俺はこの日常に耐えられない。
俺の心はいつだって……


昔セフィロスと暮らしていた頃、一度も帰省しなかった、それは目的を果たしていなかったせいでもあるが、もう一つ理由がある。セフィロスと離れたくなかった、セフィロスの側に居たかった、ずっと、ずっと側に居たかった。
母さんよりもセフィロスの側に……だから、だから……

ずくんと左腕が痛んだ、袖をめくってみれば、蛇がのたうつような、どす黒い刻印、ちょうど夢の中でセフィロスが握ったその場所に。

きっとセフィロスがくれたんだ、忘れようとしていた俺に思い出させるように……

腕が痛めば痛むほど、強く強くセフィロスが自分を呼んでいるようだ。
早く来いと、早く自分の側に来いと……

クラウドは箱を開いて、ピアスを見つめる。
やっと正直になれる、やっと自分を偽らなくてもすむように……

うっすらと口元に笑みが浮かんだ時、誰かが階段を上がってくる音がした。慌ててピアスの箱を引き出しになおし、袖を元に戻す。



入ってきたのはティファだった、少し思い詰めた顔をしたティファは、最初無言でじっとクラウドの顔を見ていたが、ようやく口を開いた。

「ねえクラウド、どうして、さっきあんな事言ったの?マリンや、テンゼル、傷ついていたわよ。」
「どうしてって、本当の事だろう、来ているお客さん達みんな誤解しているみたいだから、この辺で解いておいた方がいいと思っただけだ。」
「クラウド……」
「それとも、あの場でエンゲージリングよろしく、俺も喜んで、左手の薬指に嵌めればよかったとでも言うのか?ただ、お客さんたちを喜ばせるために。」
クラウドは精気のない瞳でじっとティファを見た。

いつからだろう、クラウドがこんな瞳をするようになったのは、少なくともあの戦いが終わった直後はそうではなかった。だってあの飛行艇の中、自分を勇気づけてくれたのは、クラウドだったはずなのだ。
ようやく宿敵セフィロスを倒して、犯したテロリストとしての罪に、押しつぶされそうになっていた自分を勇気づけてくれたのは……

「君が一番知っているだろう?俺達の仲が、決して幼なじみ以上じゃないって事、不自然だよ、いかげんに。」

ティファは言葉が返せなかった、そう、自分達の関係は決してそれ以上ではない、一緒に住むようになってもそれ以上では。でも、いつかは、いつかは……と思っていた。
クラウドは違ったのか、この家族ごっこが重荷だったのか、でも、でも……

「でも、クラウド、私たち家族でしょ?」
ティファは哀しい瞳でクラウドに問いかける。

「違う?私もクラウドも、もう本当の家族はいない、みんなあのセフィロスが殺してしまった。あのセフィロスが……みんなセフィロスに奪われてしまった。でも、私には新しい家族を作る事ができる、そう思ったわ。少なくともあなたに飛空挺で元気づけれれた時にそう思ったわ。『ティファ、これからは俺が居るよ』って。」

クラウドの身体がぴくっと震えた。
「テンゼルを連れてきたのはなぜ?少なくともあなたも家族が欲しかったんでしょう?違う?」

見つめるティファの強い瞳に、ああ、自分はいつまでも卑怯で、卑屈だとクラウドは思う。
あの飛空挺で、自分は生まれ変わろうと思った、セフィロスの事も何もかも全て忘れて、やり直そうと、そう思った。
だけど、忘れようとすればするほど、心の中に押し込めようとすればするほど、あの幸せだったミッドガルでの日々が、鮮やかに蘇る。

ティファ、君は全てをセフィロスに奪われたのかもしれないけど、俺は全てをセフィロスにもらったんだ。君は故郷のあの村の全てが大切だったかもしれないけど、俺には、あそこで大切なものは母さんだけだった。

俺と君は確かに同じ村で育った、だけど、あの村で幸せだった君と、常に孤独だった俺、思い入れは全然違う。
君は知ろうとしない、そして疑いもしない、俺が君と同じように、故郷が失われた事を悲しみ、セフィロスを憎んでいると。故郷を離れた俺が、ずっと不幸だったと。

君は知らないだろう?俺がどれだけミッドガルで幸せだったか、あの居心地のいい力強い腕の中でどれだけ安心できたか。


「エアリスが連れてきたと思ったんだ。」
「エアリスが?」

「エアリスが俺に罪を償わさせる為に、連れてきたと思ったんだ。」

卑怯にもクラウドは知っている、どう言ったらティファが黙るのか、どう言ったらティファが『可哀想なクラウド』をこれ以上責めないのかを。

ティファはじっとクラウドの顔を見ていたが、やがてゆっくりと慰める言葉を吐き出す。

でも、クラウドにその言葉は聞こえていない、今のクラウドに、ティファの言葉は届かない。
ティファ達を裏切ること、家族を否定してはいけない事を、今までクラウドは意識的に自分に強いていた、しかし、左腕に穿たれたstigmaが、その枷をあっさり外してしまった。

嘘をつくことも何ともない、早くこのしがらみから自由になりたかった。


テンゼルを連れてきた本当の理由……大剣を背負い、戦士のなりをした自分を見つめるあの子が、あの羨望の眼差しが、昔の自分に重なって見えた。セフィロスに憧れていた自分に、あの頃の自分に……

そんなテンゼルを側に置けば、少しは自分の心が慰められると思ったのだ、あの頃の空気を少しでも思い出せると、セフィロスの思いを少しでも……



「……クラウド、テンゼルはあなたの所に来たんではない、私たちの所に来たのよ。」
そう言ったティファにクラウドは鮮やかに微笑んだ、ティファが安心できるように鮮やかに。
「解ったよ、ティファ。」

ほっとしたようなティファの顔、無事に騙せたことを確信し、クラウドは心の中で呟く。

違うよティファ、あの子は俺の所に来たんだ、俺だけの所に。セフィロスがよこしてくれたんだ、二人で過ごした日々を思い出せるように。


もう一度微笑んだクラウドに、ティファは、ほっとした笑顔を浮かべた。
その日の夜遅く、クラウドが居なくなるとも知らずに。





                        ーENDー


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