STIGMA 1


目の前に白い光を感じた。

ああ、又朝が来るのか……

軽くため息をついて、一瞬ためらいながら目を開ける。
まず目にはいるのは打ちっ放しの天井、急ごしらえで乾かしたコンクリートのヒビ。無個性なパイプベッドは身を起こすと、安物のスプリングがぎしりと音たてる。
急ごしらえの事務デスクの上には、引いたばかりの電話と、依頼のメモの束と、スケジュール表。
昨日遅く、依頼のスケジュールを見ながら食べたサンドイッチの包装紙、隣のカップの底には乾いたコーヒーがこびり付いているだろう。

いつもとかわらぬ日常、そう、これが俺の日常だ……

クラウドはベッドから降りると、もう一度ため息をついた。
日はとうに高く登っている、寝たのが明け方近くだったから、仕方がないといえば仕方がないが。



顔を洗って階下に降りていくと、ティファ達がランチメニューの準備をしていた。

「クラウド、夕べは随分遅かったみたいね。」
「ああ、遠出をしたからな。」
「あまり忙しいと、身体壊すわよ。」
「別に、これくらいでバテたりしないよ。」

そう言って、視線をそらせたクラウドに、ティファは黙ってフライパンに卵を2つ割り入れた。
微妙に続かない会話、最近クラウドはおかしい、時々妙にぼんやりと遠くを見たり、急に黙り込んだり……
仕事が忙しくて、家にいる時間が段々短くなってきているからだろうか?
それとも……

考え込んでいるティファをよそに、マリンがトーストと、野菜ジュースをクラウドに持って行く。
「はいクラウド、昨日テンゼルと、帰ってくるの、待っていたのよ。」
「そうか、悪かったな、テンゼルは?」
「お使いに行ってるよ、もうすぐ帰ってくると思うけど、クラウド最近、お家にいないね。」
「ああ、仕事が忙しいからな。」
トーストにバターを塗りながら答えるクラウドを、マリンはじっと見つめていたが、やがて、ぽつりと言った。

「本当に?」
問い返されてクラウドが怪訝な顔をする。
「どうして?他に理由はないだろう。」
「よかった、クラウドお家に帰って来たくないのかと、思っちゃった。」
ほっとした笑顔を浮かべるマリン、クラウドの顔がぎこちなく強ばる。

「そんなはず……ないだろう。」

口では否定しているが、その強ばった顔を見て、ティファの顔が曇る。

クラウドは家に帰ってきたくないの?どうして?自分の家なのに……

そう、ここはクラウドの家なのだ、最初は自分とマリン、バレッド親子が一緒に住んでいた、そこにクラウドが加わって、バレットが離れた後、テンゼルを連れてきたクラウド。
まねごとのような家族だが、彼にとっては温もりのある場所のはずだ、現に周りの人達も、若すぎる夫婦だが、家族4人で暮らしていると思っているのだ。

それなのにクラウドは……

フライドエッグにソーセージを添えた皿を、無言で目の前に置いたティファに、クラウドは少し顔をあげた。

「ありがとう。」
短く礼を言って、ソーセージにフォークを突き刺す、黙々と口に運びながら、表面上は何の変わりもないように振る舞った。


マリンにまで見破られるようでは、ダメだな……


心の中で何度目かのため息をつく、何故だか解らないが、イライラするのだ。
争いのない何気ない日常、あの戦いのあと、やっと安らげたはずなのに、日ごと募ってくるこのイライラはなんだろう。
仕事をしている時は感じない、バイクを飛ばしている時は感じない。感じるのはこの家にいる時だけだ、一人でいても、誰かと一緒にいても。

そして俺は気がついてしまった……いや、気がついていながら、気づかないふりをしていた

……そう、それは、それは……




昼近くになった店内は、徐々に客が増えてくる。愛想がよく、陽気な美人のティファと、幼いながらもしっかり店を手伝っているマリンは、すっかり常連客の人気者だ。

「あいかわらず、この店のポークビーンズはうまいな。」
「まあ、ありがとう、おかわりいかがですか?」
「おじちゃん、今日のオススメの鯖のフライサンドも美味しいよ。」
「お!マリンちゃんは商売うまいな、じゃあ、それも、もらおうか。」
「マリンちゃん、又大きくなったな、ママにそっくりの美人になるぞ。」
「この店はいいよな、料理はうまいし、美人親娘が目の保養だし。」
「まあ、おだてても、何も出ませんよ。」

楽しそうな笑い声、ティファはマリンのことを自分の娘と、店の客に説明している。確かにそれが一番面倒がないのだろうが……

クラウドはゆっくり席を立つと、無言で皿をカウンターに片づけて、二階に上がっていった。
その背中に、店の客の会話が聞こえてくる。

「なあ、あんたの亭主、すこしは店を手伝ったらどうなんだ?」
「クラウドは仕事で疲れているんですよ。」
「でもなぁ、こんな小さいマリンだって手伝ってるのにな。」
「……それに、あいかわらず愛想ないね、ティファ、あんたからも言っときな、せめて店に客がいる時は、もうちっと愛想よくしろってよ……」



部屋のドアを閉めると、店の喧噪も聞こえなくなる。ベッドに寝転がったクラウドは、イライラを落ち着けるように、大きく深呼吸をした。

ティファがマリンを娘と紹介していれば、当然自分はその父親だと、周りが思うのは自然な事なのだろう。いや、かえって、ただの同居人であるという事の方が、不審がられるのは解っている。人の中で暮らす時、不自然に思われる事は、できるだけ避けたほうが良いことも……そして……


……そして……ティファも、マリンも、口には出さないが、それが本当になる事を心の奥では望んでいる事も解っている。偽物でなく、本当の家族に。

それが一番良いことなのだろう、自分だってこの家で同居しようと決意した時は、そうなってもいいかと言う気が少しはあった……しかし……

なんだろう、日が経つに連れ、感じるこの居心地の悪さ。強いて言うなら、合わないジグソーパズルのピースを、無理矢理押し込んでいるかのような……
決して、そこに収まらない事が解っているのに……

そう、解っているのに……



ここは俺の居場所ではない……と





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