A Stellar Sonata 8
 クラウドは部屋の片づけをしていた、結婚したらもう少し広いアパートに引っ越すのだ。本当は、後任の誰かに仕事を任せる手続きをしに、ニブルヘイムに戻らなければならないのだが、今はまだロレンツォに会いたくない、顔を見るのがつらかった。
そして、ここしばらくティファの様子がおかしい、何か気に触る事をしただろうか?


あれから結婚を控えた普通の恋人達の様に、新居の話をし、式の打ち合わせをして、夜はティファを抱いて眠る。
じぶんはちゃんと、恋人の顔をしているのだろうか?彼女を抱く時に、ちゃんと相手を愛する顔をしているのだろうか?それを見破られているのでは……


物思いにクラウドが掃除の手を止めた時に、呼び鈴がなった。

「はい、誰ですか?」
「クラウドはん、ボクですわ。」
「ケット・シー?どうしたんだ、入れよ。」


入って来た猫型ロボットは、部屋を見回した。
「随分片付きましたな。」
「ああ、来週には引っ越すからね。」

はかなく微笑むクラウドの顔を見て、ケット・シーは小さな包みを差し出した。
「何だ、これ?」
「ロレンツォはんから預かりましたんや、あんたはんが結婚してから渡してくれと言われて、ボクも随分悩んだんですけど、やっぱこれは今渡すべきや。」

慌ててクラウドが包みを開く、入っていたのは青く光るサファイアのピアスと、ロレンツォからの手紙。

『クラウド、おめでとう、心の底からおまえの幸せを願っているよ。セフィロスがおまえに送った様なマテリアのピアスを探したが、手に入らなかった。せめてこれを代わりに送る、いつまでも幸せに。   ロレンツォ』

クラウドは大きく目を見開いた。


マテリアのピアスだって?誰にも言った事はないはずだ
あのピアスが、セフィロスからもらった物だと言う事は

そう、セフィロスから、もらった大事な……


慌てて、片付けていた荷物をかき回す。中から小さな箱を取り出すと、震える手でそっと開いた。


セフィロスを葬ったあの日から、何年も光を浴びる事のなかった青いピアスは、はじめてもらったあの日と同じ様に、不思議な美しい光を放っていた。そのピアスと寸分変わらない同じデザインのサファイアのピアス。


「どういう事なんだ?ケット・シー!どういう事なんだ!?」

クラウドが声を荒げた時、ティファが陽気に入って来た。張りつめた空気にはっと気が付き、思わず責める口調で叫んだ。

「どういうつもり?ケット・シー!?」


「ティファはん、やっぱりフェアやないんや、随分迷ったけど、こんなんはフェアやないんや。決めるのはクラウドはんや、事実を知った時に決めるのは、クラウドはんなんや。」

ケット・シーは淡々と続ける、ティファはがっくりと膝をついていた。

「そう、決めるのはクラウドはんや、ボクでも、あんたはんでも、そしてセフィロスはんでもないんや。」
「セフィロス!?セフィロスだって!!?」
先ほど湧いた、ありえないはずの疑いが、クラウドの中で、確かな形になっていく。

「ロレンツォはんは、セフィロスはんなんや、5年前に死んだはずの、セフィロスはんなんや。」
「なんだって?まさか……そんな、まさか…」
驚愕するクラウド、ケット・シーは全てを語りだした。黙り込むティファから、視線を外しながら。



「それで、ロレンツォは、いや、セフィロスは、セフィロスは今どこに?」
聞き終わる前から焦るクラウドに、ケット・シーは静かに言う。

「ニブルヘイムや、今の仕事を片付けたらそのまま姿を消す、そう言うてはったわ。そして人知れずゆっくりと『セフィロス』に戻って、誰も居ないところで世を捨てて暮らす、そうしてただ無為に生き続ける事が自分の罪の償いになるだろうって。事実を知ってしまった今、幸福な『ロレンツォ』に戻る事はもうできない、そして今さら『セフィロス』としてクラウドはんの前に、現れる事もできないと……」


自然に足が動く、もう何も考えられない。クラウドは二つのピアスの箱を握りしめ、慌てて飛び出そうとした。が、座り込んでいるティファに気が付き、足が止まる。


「あ……ティファ……オレは……」
「いいのよクラウド、解っていたから……」

ティファは力なく呟く、そう解っていたのだ初めから……

「ごめんなさい、あなたが私を抱く時のつらそうな顔、知っていて気付かない振りをしていたの。解っていたわ、あなたに、セフィロスを憎みきる事はできないと。」
「ティファ……」
「行ってクラウド!お願いだから、振り向かずに行って!私だってあなたを愛している。あなたが幸せになれるのなら、私にはもう何も言う事はない。」

クラウドは少しかがむと、蒼白なティファの頬に、優しくキスを落とした。


「ごめんティファ、そしてありがとう、いつも大好きだったよ、ティファ。」
そう言ってクラウドは、一目散に外に飛び出す。今から不眠不休でバイクを飛ばすのだろう、待ち望んでいた愛しい男に会いに行くために。

そして彼は、二度と振り向く事はない、二度と振り向く事はないのだ。



「すみまへんな、ティファはん…」
ぼつりと呟くケット・シーにティファは静かに首を振った。
「いいのよ、こうなるのは解っていたのだから。クラウドは、最後まで私を愛してくれはしなかった、最後まで幼馴染みとしてしか……ただそれだけよ。」







 セフィロスは一人、ほぼ改装が終わった、魔晄炉あとのホテルにいた。
モンスターよけの電磁柵と、音波発信器のスイッチは、点検のため、あと24時間しないと入らない。このじょう状態で一人で山に登るなぞ、愚の骨頂だ。
誰か自分がいなくなった事に気が付いただろうか?自殺するつもりではなかったが、もしモンスターに襲われて死んでも、それはそれでいい気がしていた。


自分という人間に、それはある種恵まれた死に様ではないか、そんな気がしていた。


この場所で自分は最初に狂ったのだと言う、どれほど考えてもそれを思い出す事はできない、未だ自分が『セフィロス』だという認識もない。たとえどんなに思い出したく思っても、せめてクラウドとの事だけ思い出したくても、まったく思い出せない過去の記憶。

人はなんて不確かな生き物だろうと思う、自分を確立しているのは、こんなふうに、いつなくなるかもしれない記憶でしかないのだ。

耳の、不思議な色に輝く、緑色のピアスに思わず手を触れる。


『おまえにこれを返しておく。不思議だった、このピアスはマテリアでできていると言うのに、あの時おまえの身体に、吸収されなかった、なぜなんだろうな。』
そう言って父であった人に渡されたピアス、せめてこれがクラウドとの思い出を、伝えてくれればいいのに。


ぼんやりと想いを巡らせて、ホテルの外に出ようとしたセフィロスの目に、ありえないはずの者が映った。

「セフィロス!セフィロース!!」
半分泣きじゃくりながら駆けて来る金髪の青年、もう二度と会う事はないだろうと思っていた、最愛の青年。

「クラウド……どうして?」
震える声で問いかける。
「やっぱりここだった、みんなあんたを捜していた。でも俺はここだと解ったよ!すぐに解ったよ!」
「クラウド……」

泣き笑いのくしゃくしゃな顔で、クラウドは思い切り抱きついてきた。
「聞いた、全て聞いたよ、セフィロスだったんだね、やっぱりセフィロスだったんだね。」

笑顔が眩しい愛しい身体を、おずおずと抱きしめながら、セフィロスは自信なげに言う。

「今の私には、セフィロスとしての記憶は、何もない、何もないんだ。」
「いいんだよ、そんな事どうだっていいんだよ!」
「私は、おまえの母親や友人を、目の前で殺したと聞いた、いいのか、そんな男をおまえは許せるのか?」
「関係ない!関係ないんだ!!オレはセフィロスなら全部愛せる、憎しみも、喜びも、セフィロスなら全て愛せるんだ!!」

真正面から言葉とともに射ぬく、蒼い宝玉の様な魔晄の瞳。記憶を失っても、彼を捕らえて離さないもの。

気が付けば激しく唇を奪っていた、想いの丈を込めて何度も何度も向きを変えて、唇を合わせた。
クラウドも自分から舌をからめ、食いちぎらんばかりにセフィロスの舌を求める。
蕩けそうだった、キスをするだけで一つに融けあっていけそうで、いつの間にか床に倒れこみ、互いの身体をまさぐりながら、二人はもう何もかも忘れていた。


衣服を剥がし、現れた白い滑らかな肌に、セフィロスは夢中で唇を滑らす。
その間に自分を呼ぶクラウドの甘い、切ない声。
桜色に染まる肌、跳ねる引き締まった、それでいて華奢な身体……愛しかった、全てが愛しかった。

かつて自分はどういうふうに、この青年を愛したのだろうか?この指で、唇で。
思い出したい、全てを思い出したい……


すっかり立ち上がったクラウド自身を、噛み付く様にくわえる。容赦なく舌を絡ませ、吸い付き、たまらずクラウドが許しの言葉を叫んでも、セフィロスはクラウドの精を吸い付くすかの様に、何度も何度も吸い上げた。

口だけの愛撫で、すっかり息が上がってしまったクラウドは、息も絶え絶えにセフィロスにねだる。

「来て……セフィロス、オレの中に来て……早く……早く……」

もう一度激しく唇を奪われ、両足を抱えられ、どくどくとした熱い物が押し入って来る。クラウドが待ち望んでいた、熱い、熱い、セフィロスの器官が。

今まで誰の器官を受け入れても、冷めていた。誰の器官に押し入っても、冷めていた。

だけど今はどうだろう、まるで一つになろうかとする様に、自分の内部は激しくセフィロスの器官に絡み付き、奥へ奥へとさそっていく。

離したくなかった、もう二度と離したくなかった。


「あぁあ……セフィロス……もっと……もっと……」

クラウドは、激しく突き上げるセフィロスに、負けじと腰を揺らす。そして、両手でしっかりとセフィロスの腰を押さえ、離さない。
セフィロスも、腕の中で何度果てても、次をねだる愛しい青年の身体を、時を忘れて貪っていた。
この一体感、この幸福感、記憶はなくても解る、かつてこの身体を、どれだけ自分が愛していたのかを。

日がすっかり落ちても、二つの影は、互いを貪り食う事を、止めようとはしなかった。





 最初に目を覚ましたのは、セフィロスだった。辺りは、しっかり夜の闇に包まれ、聞こえるのは隣に眠るクラウドの寝息だけ。
愛しい柔らかい金色の髪に手を伸ばしかけ、セフィロスはその手を止める。


あれだけ激しい時を持っても、自分は未だクラウドと過ごした日々を、思い出す事ができない。
『セフィロス』としてはあまりに中途半端で、かと言って今さら『ロレンツォ』としては生きられず。かつての自分の犯した罪の認識もない自分、こんな自分が、今さらクラウドの側に居るのが、許されるのだろうか?たとえクラウド自身が赦しても。


そっとクラウドの隣を抜け出し、衣服を身に付ける。
毛布代わりに被っていたコートを、クラウドに優しく掛けなおすと、セフィロスは、すっかり冷えきった外に出ていった。


降り積もった雪を踏み締め、魔晄炉……いや、ホテル全体が、見渡せるところまで歩いて、振り返る。


身体が弱いというのも、母が掛けた暗示だったらしい。いつもなら、こんな寒空に外に出れば、たちまち震え上がり、咳が止まらなくなるのに、コートも羽織らずシャツ一枚しか着ていない自分の身体は、凍える事もない。


ホテルの上では、針の様に細い月が、凍えそうな蒼い光を放っていた。真夜中のニブル山は、空気が澄んでいる。かつてこの山は、死者の国に続くと言われていたそうだが、その意味がよく解る。
過去の自分の記憶も、ひょっとしたら、この山に彷徨っているのだろうか。この手で殺した、幾千幾万もの人々の怨嗟と共に……


ぼんやり星を眺めていると、ばたばたと音がして、正面のドアが明き、クラウドが走って来る。

「セフィロス!セフィロス!!」

さっき掛けたコートだけを身にまとい、必死な声で自分を呼び、駆け寄って来るクラウド。
その蒼白な顔には涙が滲んでいた、きっと目を覚まし、隣に自分が居ない事に気が付いて、必死で探したのだろう。


ああ……やはり離れられない……離れたくない……


走りよろうとして、血の気がひいた。

クラウドの上に覆いかぶさろうとする巨大な影!
ブルードラゴン!!

クラウドはそれに気付かず、ただセフィロスめがけて走りよろうとする。

「クラウド!後ろだ!!」
セフィロスが叫んだのと同時に、ドラゴンの爪が、クラウドめがけて振り下ろされる。


一瞬、頭の中が真っ白にスパークする。身体中の血がざわざわと沸騰し、全身の毛が総毛立ち、無意識に頭にうかんだ呪文を詠唱していた。
それと連動し、セフィロスの耳に嵌ったマテリアがするどく輝き……


あまりの魔力に、一瞬気を失ったクラウドが、次の瞬間目にしたものは、ほとんど炭になるほど焦げたドラゴンの死体と、その前で、クラウドを守るかの様に、立ちはだかるセフィロス。

月の光を浴びて、蒼く輝くその長身にたなびくのは、クラウドが求めてやまなかった、美しい銀色の髪。


「クラウド……無事か……」

振り返ったセフィロスの瞳は、魔晄の色だった。かつてクラウドが『吸い込まれそうだ』と言った、輝く翡翠の魔晄の色。

「セフィロス……髪が……目が……」
「ああ、思い出した、何もかも……何もかも……」

「セフィロス!」
抱きつこうとしたクラウドに、セフィロスが軽く首を振る。

「だめだ、クラウド、だめだ。」
「どうして?やっと思い出してくれたのに!」
セフィロスの顔、が苦痛に歪む。

「思い出したからこそ、お前の側にいられない、オレはおまえからたくさんの物を奪った。故郷も、親も、友人も……オレは赦されるわけにはいかないんだ。」
「セフィロス……」
「殺してくれ、クラウドオレを殺してくれ……」

クラウドは、一瞬あぜんとしてセフィロスを見るが、次の瞬間、思いきり抱きついた。

「いやだ!いやだ!オレはもう二度もあんたを殺した、その度に、オレがどいういう想いでいたのか、あんたに解るか!?」
「クラウド……」
「いやだ!もう二度とあんな想いをするのはごめんだ。あんな……いやだ、セフィロス……いやだ……」

涙の混じった声は、セフィロスの心をも濡らす。セフィロスは、クラウドの髪をそっと梳いた。

「だが、オレはおまえに償わなければ……」
「じゃあ、側にいてくれよ!ずっと側にいてくれるって、約束してよ!オレに償いたいのなら、二度とオレの側から離れないでよ!」
「それでは償いに……」
「罪の意識を抱えて、ずっとオレの側に居る。それがあんたの償いだ!オレがそう決めた、決めたんだ!!」

言うだけ言って、泣きじゃくるクラウド。その手はしっかりと、セフィロスのシャツを掴み、絶対に離さないと全身で訴える。


あんたしかいらないと、この世のことわり全てに背いても、あんたしかいらないと。


セフィロスは無言で梳いていたが、やがて耳元でそっと囁いた。

「愛してる、愛してる、クラウド……」
「セフィロス……」

そっとクラウドが顔を上げると、降ってくるのは不思議な色の翡翠の瞳、月の光よりも美しく輝く銀色の髪、そして甘く優しくクラウドを呼ぶ、通りのよいバリトン。

「愛しているクラウド、おまえが望むならずっと側に居よう、オレの全てはおまえのものだ、これからのオレの一生はお前の物だ。」
セフィロスの翡翠の瞳が、迷いをふっ切るように、美しく輝く。



そう、何を迷う事がある?オレはあの時に全て決めたではないか。

ジェノバに操られ、正気と狂気の狭間で、自らクラウドの手にかかったあの時。
魔晄炉に落下しながら、これでもう、クラウドに害をなす身体は、始末できたと、思ったあの時。

そして再び目覚め、ジェノバの支配下にあったあの時。


次第にはっきりしてくる意識で、決めていたではないか。


この腕の中の温もりさえ無事ならば、オレは何を犠牲にしてもいいと……
たとえ、この星を砕こうとも、世界が滅ぼうとも、この腕の中の温もりさえ無事なら……

だったら、クラウドが望むのなら、クラウドがそう望むのなら

自分の引き起こした罪の重さに、どれだけ自責の念に駆られ、狂いそうになろうとも、オレは……




「セフィロス!セフィロス!」
クラウドが、ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、抱きついて来た。
その柔らかな温もりを、セフィロスはしっかり抱きしめる
「愛しているおまえがそう望むのなら、オレは、オレは……クラウド……愛してる。」

「セフィロス……」





思い出はいつも優しかった
思い出はいつも温かかった

冴え冴えとした銀の色と、吸い込まれそうな翠の色
しなやかな長身、よく通る声

思い出すのは笑顔、穏やかな笑顔
甘く、優しく、オレを呼ぶ声

そこにはいつも、あなたがいた
春も夏も秋も冬も、春も夏も秋も冬も……

そこにはいつも、あなたがいた

あなたが世界の全てだった
世界のすべてがあなただった


愛してる、セフィロス、愛してる
愛してるよセフィロス、セフィロス




自然に唇が重なった。
抱き合う二人を、ニブル山の凍える月だけが静かに見下ろしていた。








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