Only Pair…比翼… 6
 校長の長々とした挨拶を聞きながら、クラウドは、少し緊張した面持ちで座っていた。ここは神羅兵学校の入学式の会場、見た事のないくらいのたくさんの人達、その一番前に座っているのだ。

後ろの方の父兄席には、ジャックとロイドが座っている。この学校は神羅関係者、特に軍の子弟が多い関係上、父兄席でも軍服が目立つ。しかし、ソルジャー・クラスファーストの黒地に金の縁取りの礼服が、2つ並んでいるのは、その中でもかなり人目を引いた。校門のところで写真を撮っている時も、皆羨望の眼差しを送ってくる。

『家から通ってもいいんだぞ。』
寮の手続きをしている時に、ジャックが言った。最初の一月は、全員寮生活だが、神羅社員が保護者ならば、寮を出る事ができる。一人暮らしはできない、あくまで保護者監視下での生活が条件だ。ジャックが保証人の欄に名前を書いてくれたので、クラウドも、ジャックの家から通う事はできるのだが、そこまで甘えるつもりはなかった。
『そうか、でも、週末には遊びに来いよ。』
心底残念そうな声に、クラウドの胸がきりっと痛んだ。
ジャックの好意を断ったからではない、もう一つの声が重なったからだ。

『入学したら、週末に遊びに来てはくれないのか?』

懐かしいセフィロスの声……

クラウドは思わず頭を振った、考えてはいけない。あの人と暮らしたのは、夢のようなものだったのだ。自分のような普通の人間が、あの人と関われた事自体が、奇跡だったのだ。


「セフィロスが来るんだろ?」
「すごいな、写真撮れるかな。」


今日この会場の来る途中でも、時々セフィロスの名前が聞こえて、ドキリとした。そう、本来なら、自分もあのざわめきの中の1人で、セフィロスをひと目見る事が出来たと言うだけで、舞い上がるほど喜んでいたはずだ。

校長の話はまだ続いている。
黒を基調に、金で彩られた礼服を着たセフィロスは、壇上の来賓席の中で、一際目立つ。長い銀の髪を一つに束ね、軍帽を目深にかぶっている姿は、さながら一枚の絵の様だ。かつてテレビのニュースや、新聞の写真の中でしか見る事が出来なかった、憧れの英雄。この上もなく、遠い、遠い存在。


だから……

もう望むまい、これ以上の事は……


手に持つ原稿に、目を落とす。入学手続きをした時に、係の人から渡されたものだ。
『クラウド・ストライフだね、今年の新入生代表として「決意の言葉」を述べてもらいたいのだが』
クラウドは、トップの成績で入学したから、その役が回ってきた。原稿はあるから、それは構わないが、次の一言で固まった。
『「決意の言葉」を述べた後、セフィロスと握手してもらうからね、楽しみにしておいで』


壇上でセフィロスと握手するのか、どんな顔をすればいいんだろう。

その事を聞いて以来、クラウドの胸に思い鉛の塊が乗っている。できるだけ考えない様にしていたが、もうすぐその時がやってくる。

くよくよ考えてもしょうがない、握手して、一礼するそれだけだ。


「新入生代表、クラウド・ストライフ。」
「はい。」

クラウドは大きく深呼吸すると、ゆっくりと立ち上がった。



そして、こちらも平静ではいられない。
毎年恒例の事とはいえ、色々な行事に引っ張り出されているセフィロスは、それまでさほど興味のなかった、神羅兵学校の入学式での自分の役割について、すっかり失念していた。

いや、クラウドが新入生代表だという事を、忘れていた。入学式に出席すれば、遇う可能性がある事は解っていたが、まさかこんなに接近する機会があるとは。正面向かい合って握手をして、肩を叩くのだ、そして、言葉を述べる。

『勉学に励み、立派な兵士になってくれ、私は軍で君たちを待っている』

言えるのか?クラウドの顔を見て、この白々しいセリフを。


名前を呼ばれて、クラウドが立ち上がる。金色の髪が、青い制服によく映えて、来賓席から感嘆とも取れるため息が漏れ、セフィロスは苛ついた。
あのまま何事もなければ、この場は、とても楽しみなものと、なっていたはずだ。
何事もなければ……

淡々と誓いの言葉を述べるクラウドを凝視するが、当然視線は合わない。あいかわらず華奢な身体だが、少し痩せたような気がするのは、自分の気のせいか?
ちゃんと食べているのか、ちゃんと眠って……



「では、英雄セフィロスから、新入生代表に握手を。」

気がつけば、言葉はとうに終わり、クラウドが自分を見ている、少し強ばった顔で。
慌てて立ち上がり、中央に向かう。セレモニー用に飾られた、巨大な神羅社章の真下に。


ああ、やはり痩せた、そして顔色があまりよくない。
久しぶりに見るクラウドは、以前のような薔薇色の頬をしていなかった。青ざめた顔に引きつるような笑顔を浮かべ、セフィロスを見上げている。


こんな顔を、しているのは、誰のせいだ?
クラウドが、こんな顔をしているのは誰のせいだ?


湧いてくる言葉が苦い、セフィロスは自嘲げに顔をゆがめた。


クラウドは、戸惑っていた。セフィロスが怖い顔で、自分を睨み、微動だにしないからだ。進行の説明だと、セフィロスの方から握手しようとするはずなのに。

しかたなく、おずおずと手を伸ばす。セフィロスは、はっとしてその手を掴んだ。


柔らかい、暖かい


どのくらい、この手に触れていなかったのだろうか、触れているだけで、優しい気持ちになれるこの温かい手に。蒼い瞳が自分を見つめている、以前と変わらぬ真摯さで、じっと自分を見つめている。

ごく自然にセフィロスは、その手を引き寄せた。華奢な身体を胸に抱き締め、耳元で囁く。

「クラウド、悪かった、帰ってきてくれ。」


自分でも驚くくらい、するっと出てきた言葉だった。クラウドを前にして、飾るでもなく、言い訳をするでもなく、ありのままの自分の気持ち。

『言葉というのはね、自然と出てくるもんですよ、頭で考えるから解らなくなるんです。』

ああ、本当だなレオ、おまえが言った通りだ


ひゅん!と嫌な音がして、感傷に浸る間もなく、セフィロスはクラウドを抱いたまま、横っ飛びに飛んだ。

どすん!という重い音と共に、先程まで自分達が立っていた位置に、真上に飾られていた神羅の巨大な社章が落ちている。

「大丈夫ですか?」
慌てて会場の係達が、駆け寄ってくる。セフィロスは、平然と答えた。
「大丈夫だ。」

「君も大丈夫か?ケガしなかったか?」
「は、はい。」
「そうか、良かった、しばらくそこにいてくれ。」


 右往左往する係の人達、何やら怒鳴っている来賓の男、響き渡る注意を促すアナウンス。

クラウドは呆然としていた、気がつけばセフィロスの腕の中で、会場は大騒ぎだ。何が起こったんだろうか、どうしてこんな事に??


セフィロスの腕が、未だに自分を抱き込んでいる。慌てて外そうとすると、翠の瞳が不安げに自分の顔を覗きこんでいた。

「あ、あの……」
「……返事は?」

返事?返事って……


『悪かった、帰ってきてくれ』


唐突に先程囁かれたセリフが浮かんだ、自分を抱く腕に力がこもる。見下ろす瞳は怖いくらいだが、どこか不安げに揺れていた。


ああ、セフィロスだ、俺の知ってるセフィロスだ


「返事は?」
もう一度問われる。
青ざめていた頬が、薔薇色に染まり、クラウドは、はにかんだ様に微笑んだ。
「うん、帰る。」



そのままキスに及ばないだけの分別は、セフィロスにも残っていたらしい。
係の男を捕まえると、威圧的な声で聞いた。

「どうするんだ、式は続けるのか?」
「はい、片づけと、他の飾りの点検を至急行います。その後に式を続けますので、申しわけありませんが、控え室でお待ち下さい。」
「解った、じゃあ、この子も連れて行く。ちょっとショックを受けている様なので。」
「はい、解りました。」

セフィロスは、さっさとクラウドを連れて退場した。間際に父兄席にいる二人に、ちらりと意味ありげな視線を送りながら。


「おまえも大概セフィロスに、甘いな。」
やれやれと、ジャックが囁いた。
「しょうがないじゃありませんか、あれはクラウドの為ですよ。ああしなければ、明日からクラウドは、どんな顔をして学校に通えるって言うんですか。」
ロイドが笑いながらため息をつく。

「予想はしてたんじゃないか?この展開。とっさに、にしては、余裕綽々だったぞ。」
「まあね、本当に世話が焼けますから、我らが英雄は。」

セフィロスがクラウドを引き寄せた瞬間、ロイドが社章を吊っている金具に、ピンポイントでクエイガの魔法をかけたのだ。荷重に耐えられなくなった金具は切れる。入学式の出席者の目には、社章が落ちてくるのに気がついたセフィロスが、とっさにクラウドを助けた様に見えていた。

「でもいいのか、今日の係の責任問題だぞ。」
「いいんですよ、今日の会場責任者は、総務のジョンソンですから。最近なにかと、業者と私腹を肥やしている。ついでに、うちの部署の要望に冷たいですし。」
「お前は怖いな。」
ジャックは笑いながら、肩をすくめた。



それからは、あっという間に日が過ぎた。その日の内にセフィロスは、クラウドを従卒として、自分所属にする手続きを申請し、受理される。
本来なら一年生を従卒になど、出来ない相談だったが、半ば強引に受理をもぎ取ったのだ。

『とても有能で真面目な生徒だ、面倒をみたい。従卒になれば給料も出るから、学資の足しになるだろう。』

もっともらしい理由を付け加えて、書類を突き出すセフィロスに、人事担当は目を白黒した。早急に返事が欲しいと言われ、それは無理と言いかけた途端に浴びる、最大級の不機嫌オーラ。慌てて上司に相談に行き、すったもんだのあげく受理をする旨を伝えた彼には、ご褒美に『ありがとう、世話をかけた』と言う英雄の言葉と、熱い握手が与えられた。見たこともないような明るい笑顔で去っていく英雄の姿は、魂が抜けた様に立ちつくす人事担当の姿と共に、ながらくその部署での語りぐさになったという。

 従卒だから当然同居、というセフィロスの論理に、学校側はあきれたが、真摯なセフィロスの態度と迫力に、前例がない事でもなく承知した。一月寮生活をして、基本生活を身につけた後での条件付きで。

で、当のクラウドはというと、正直『嬉しいな』と『困ったな』というのが、本音ではあった。ただでさえ、新入生総代で、目立っていたところに、入学式でのハプニング。これでセフィロスとの同居となると、とんでもなく悪目立ちする事になる。学校側も思春期の少年達の嫉妬心を考慮して、表向きは、ジャックの家に同居という形をとる事になった。

『セフィロスの名誉の為にも、特別待遇が当然だと、まわりに認識される成績を収めなさい』

校長先生から直に言われた言葉で、クラウドは、周りがどう思おうと、あとは自分次第なのだ、と開き直る事にした。


 そして初めての週末、クラウドは、セフィロスの待つ家に戻る。

「ただいま。」
ドキドキしながら、そっと呟いて、ドアを開けると目の前にセフィロスがいた。
「お帰り。」
びっくりして、まじまじと顔を見ると、おもしろそうに笑う。
「どうした?」
「ドアを開けて、すぐにいるとは思わなかった。」
「そうか、昼メシの用意しているぞ、腹が減ったろう。」

テーブルの上には、すでにランチの準備が整っていた。サラダのコンソメゼリー寄せに、冷たいカボチャのスープ、レモンチキンにはラタトゥユが添えられ、デザートはメロンのシャーベット。久しぶりのセフィロスの手料理は、クラウドの胃をとても喜ばせた。向かい側にセフィロスがいる、それだけで、こんなに食が進むなんてクラウドは自分の現金さに驚いていた。

食が進めば、会話も弾む。最初は遠慮がちだった二人の会話が、徐々に増えてきた。
セフィロスは、ジャックの家から置いてきたクラウドの物を、全て取り返してきていた事を話し出す。
「半分くらい置いておけよと、ジャックに言われたが、断った。」
「あとで、お礼を言いに行くよ、色々迷惑かけたしね。」
「その事だが、おまえが寮を引き払う時、ここで食事会をしようという事になった。レオとザックスも呼んでな。それと、あの二人が寮の荷物引き取る手伝いを、してくれるそうだ。」
「えー?そんなの悪いよ、俺1人で……」
「ダメなら、俺が迎えに行くが。」
クラウドは妥協した。


食事の後、セフィロスが引き取った荷物の整理をしようと、自分が使っていた部屋に行くと、大きなクローゼットと、本棚が増えていた。
「セフィロス、これは……」
「ずっとここに住むんだろう?これくらいないと不自由じゃないか。」

断言したセフィロスを思わず見上げると、すっと顎をすくわれた。
「違うのか?」
「うん。」
少し涙目になりながら、クラウドは頷く。

あの後控え室で、真っ先ににクラウドに謝ったセフィロス。
クラウドは謝る必要はないと言ったが、セフィロスは、自分の大人気のなさを、謝った。
そして言ってくれたのだ、クラウドだから、ああ振る舞えたのだと。
『お前だから、すがりつけた。俺の弱さを癒してくれるのは、お前だけだと思った。愛している、クラウド。』

そして何度も受けた熱いキスの後、セフィロスはこう言った。

『もう一度俺と暮らして欲しい、ずっとずっと一緒に。』

あの時の言葉を嘘とは思わないが、こうしてセフィロスが用意してくれるのを見ると、本当にずっとここに住んでもいいんだという安心が、湧いてくる。

「愛している、クラウド。」
囁きと共に、唇が落ちてくる。ゆっくりとその唇を受けながら、帰ってきた実感をクラウドは噛みしめていた。


そのあとは、二人で荷物を片づけ、夕食の支度をして、たわいもない話をして、あっという間に時間が過ぎた。まるで、ここ数週間のゴタゴタが、何もなかったかの様に楽しいひととき。
食後のデザートは、クラウドの大好きなチョコレートムース。久々にセフィロスの為に煎れた、特性ブレンドのお茶は、自分でもびっくりするくらいのいいできで、クラウドはとても嬉しかった。
そして、笑い声が溢れる、和やかな空気の中で、徐々に一つの決心を固める。


「おっと、もうこんな時間か、そろそろやすむかクラウド。」
セフィロスに声をかけられ、クラウドは頷く。
「じゃあ、お休み、明日はどこかにいくか?それとも家で……」
セフィロスが言いかけた時、クラウドが赤い顔をして、呟いた。

「俺……自分の部屋で寝なくちゃ、だめ?」
「え……」
一瞬言葉に詰まったセフィロスに、もう一度確認する様に問いかける。
「前みたいに、セフィロスの部屋で……一緒に寝ちゃだめ?」

セフィロスは、思い切りぶん殴られた様な衝撃を受けた。恥ずかしそうに見上げる蒼い瞳、今後ろから斬りかかられても、自分は動けないだろう。

「クラウド、あのな……」
セフィロスはゆっくりと、深呼吸をした。
「俺は聖人ではないんだ……ただの男なんだ。」
クラウドの気持ちは嬉しいが、ここで同じ失敗をするわけにはいかないのだ。
「正直、今、おまえと同じベッドで寝て……何もしないで過ごす自信が……俺には、ない……」

金色の髪を撫でながら、セフィロスはきっぱりと言った。
「俺は決めたんだ、おまえが帰ってきてくれると聞いて、もう二度とあんな事はしないと。」

ゆっくりと、クラウドの顔を持ち上げると、セフィロスはその頬に、優しくキスを落とす。
「じゃあ、お休みクラウド。」


外れようとする手を、クラウドが握った。ぎゅっと握って、真っ正面からセフィロスを見つめる。

「なんで勝手に決めるんだよ。」
「クラウド?」
「なんで俺に何も聞かずに、勝手に決めるんだよ。」
「なんでって……」
言いよどむセフィロスに、赤い顔をしてクラウドが続ける。

「俺は、俺は……イヤじゃなかったのに、セフィロスにああされて、イヤじゃなかったのに……どうしてそんな事、言うんだよ。」


セフィロスは呆然としていた、自分としては、同居を申し込んだものの、清く正しい生活をしようと心に決めていたのに。いや、キスまではいいがその後は……と、思っていたのに、決心が揺らぐではないか。

「俺は、セフィロスを愛してる、じゃなきゃ、ここに帰ってこない。」
それなのに、蒼い瞳がセフィロスを射抜く。
「俺はセフィロスを愛してる、だから一緒に寝たい。」
セフィロスの心の奥底を見透かす様に、蒼い瞳がセフィロスを射抜く。
「俺は、セフィロスが欲しいんだ。セフィロスは俺が欲しくないの?」

ぎゅっといきなり抱き寄せられ、クラウドの目の前にセフィロスの顔があった。
「おまえは……俺がどれだけ我慢しようとしていたか、知らないだろう?」
自嘲気に笑いながら、唇を重ねる。先程までとは違う、濃厚なねっとりとした口づけ。何度も啄みながら、舌を絡め、クラウド自身を食い尽くそうとする程激しい口づけ。掌が、服の中に滑り込んでくる、直に触られ、クラウドは思わず身をよじった。目元が淡く染まり、自らセフィロスの舌を求めだした時、セフィロスは、ようやく自分が本当に、クラウドに、受け入れられていたのだという実感を持った。
クラウドに、嫌われてはいなかったのだと。決して同情や、義務ではなかったのだと。

ゆっくりと唇が外されたあと、ふわりとクラウドを抱き上げる、荒く吐き出される吐息ですら愛しい。

「我慢はやめた、クラウド愛している。俺がどれだけお前に焦がれていたか、今から教えてやる。いいか?」
「うん……」
恥ずかしそうに頷くクラウドに、もう一度口づけると、セフィロスは寝室に向かった。




       
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