夕暮れのむこうに
       
つきみ様

 誰もがたくさんのものを失った。

 だが悲しみの底に落ち、這い上がる気力すらなかった人々も、真っ赤に空を染める夕焼けと、まばゆく輝く朝の陽光に命があることを実感し、生きて行かねば、生きて行こうと思ったのだ。

 陽が昇るたびに希望を胸に交わす会話は、明るいものへとなり、ミッドガル全体、ひいては星全体が希望に満たされ、今日を生き、明日を夢見るようになっていった。

 けれど……ティファは知っていた。

 クラウドが見せる笑みが、心の底からではないことを。

 時折遠くを見つめる瞳が悲しみに濡れていることを。

 誰もが痛みを同じだけ負ったのではないと、感じずにはいられない瞬間だった。

 バレットも気付いていたが、そっとしておけとティファに忠告した。

 クラウドの心を癒すことが出来るのは時間だけだと、ティファにも分かっていたが、苦しむクラウドに何も出来ない自分がもどかしかった。

 本当に時間が癒してくれるのだろうか?

 何かすればもっと早く元気になるのではないだろうか?

 落ちる夕陽の向こうを見つめるクラウドの姿を見るたび、そんな思いがティファの心の内を回るのだった。







 じりじりと時間が過ぎ、クラウドの笑みから少しずつ暗い影が消え、やはり一番必要なのは時間なのだと思い、ティファが安心した頃だった。

 ミッドガルの外れにあるクラウドの住む家が倒壊したという報が入った。

 驚きに目を見開いて駆けつけたティファとバレットの目に入ったのは、瓦礫と化した家の中心に佇むクラウドだった。

「クラウド……」

 駆け寄るティファに、クラウドは反応しなかった。

 呆然と、見えない何かを見つめているようだ。

「―――クラウド……ねえ、クラウド」

 心が抜け落ちてしまったようなクラウドの肩を掴み、揺さぶりながら半ば叫ぶ。

「クラウド! 私よ! 分かる?」

「―――……ティ…ファ」

 小さいながらも呟かれたことに小さく息を吐き、

「怪我、してない?」

「……あ、ああ、大丈夫だ。突然……爆発して……驚いた」

「そう。よかった。でも爆発なんてどうしてかしら」

 辺りを見回して手がかりを探そうとするティファに、

「……昔、ここで戦闘があった。もしかしたら不発弾が埋まっていたのかもしれない」

「え? そうだったら、まだあるかもしれないわよね」

 ティファに引かれるまま、クラウドは家のあった場所から少し離れた所まで移動する。

 これくらい離れれば大丈夫かな、と呟くティファに答えず、クラウドは爆発した時の光景を思い出していた。

「……ウド。ね、いいでしょ?」

「え?」

「だから。しばらく家に来たらどうかなって。店は人手不足だし、バレットも飲み仲間が欲しいって言ってたし」

 過去、一人で暮らすと決めたクラウドの心を覆すことが出来なかった。一人にすることをひどく心配したティファは、当初は毎日様子を見に行っていた。が、最近ではほとんど行く必要がないまでになっていたのだ。だが心ここにあらずのクラウドの今の状態に、激しい不安を感じたのだ。

「そう……だな」

 同意したことに安堵し、

「じゃあここは自警隊の人に任せて行きましょう」

「……ああ」

 その時、クラウドは弾かれたように体をヒクリと震わせ、動かしかけた足を止めた。

「クラウド?」

「この家に住んでいた方ですね。申し訳ありませんが、事情を伺いたいのですが」

 突然かかった声に驚いたのは、ティファの方だった。

 だから……クラウドが足を止めたのは、自警隊が駆け寄ってきたからだと思い込んでしまった。

「分かりました」

 クラウドはその時、ほっとしたような表情をしていた。

 少なくともティファにはそう見えた。

(何故?)

 だがクラウドに何故と問う機会は、永遠にこなかった。







 一足先にティファとバレットが帰ったことを確認すると、事情説明の途中でクラウドは愛車に跨った。

 自警隊の制止を振り切り、ハイウェイに向かう。

 斬る風に旋律が刻まれているように、聞き覚えのある音となって、耳に届く。

 忘れられるはずがない。

 あの日々を。

 苦痛と……喜びに体が震える。

 だが、それを消し去る先程の男の言葉が蘇った。



『ここはお前のいる場所ではない』



 あの男はそう言った。

 言った直後、爆発が起きた。

 クラウドを中心に。

 バリアを張ったように、クラウドには傷一つつかず、居場所を消すように家を爆破したのだ。

 思いつく理由の一つもなく、去って行く男の後ろ姿を見つめる。

 見覚えのない男。

 まったく覚えのない男だった。

 その男を追う。

 今更追って見つかるとは思っていなかった。

 だが、漠然と……ここが自分の居場所ではないと感じていたクラウドにとって、ではどこなのだと問い返したかった。

 いや……ミッドガルから逃れたかったのかもしれない。

 アクセルを開け、加速する。

 と、青い幾つもの閃光がクラウドめがけて走った。

 激しい衝突音が響き、体が宙に舞う。

 その中で、先程の男が道の真ん中に立ち、薄い笑みすら浮かべてじっとクラウドを見つめているのが見えた。

 柄に手をかけ宙を舞い、男の前に降り立つ。

 二度、三度と交わす剣。

 男は笑っていた。

 確かに、笑みを浮かべていた。

「いるべき場所に、帰るがいい」

 交わった剣と交わった視線。

「お前は生き続けなければならない。あの方のために」

 男は言い残して剣を払って宙に飛ぶと―――消えた。

「……生き続ける…あの方?……」

 瞬間、燃えさかる炎のイメージが浮かび上がった。

「あの方の為に?」

 男の言葉を反芻して、クラウドは息を飲んだ。







 鈍い光に浮かぶステンドグラスの窓を眺めながら、クラウドはゆっくりと奧へと歩いていた。

 すべてが終わった後、真っ先に修復を手伝ったのはこの教会だった。

 エアリスと出会った教会。

 人々は心のよりどころとして、自分の家より先にここの修復を始めたのだ。

 やわらかい光に満ちたこの空間は、誰にとっても安らげる場所だった。

 しかし人々にとって、本当に安らげる場所は、家族の待つ家だった。

 家族のないクラウドは、この教会こそ自分の帰る場所にしたかったが、そうでないと心は知っていた。

 生き返ってしまった罪。

 生き残ってしまった罪。

 すべてが終わり、償わせるつもりなのかと思ったこともある。その為の生なのだと考えたこともある。

 だが……まだ終わっていなかった。

 足を止め、背もたれに手を置く。

「何故だ……」

 指が変色するほど強く握り、問う。

 何故、繰り返す。

 何故、繰り返させる。

 一人の男が死に、一人の男が生き残る。

 そして蘇り、また死に、生き残る。

 安らかな死を許されぬ男と、安らかな生を許されぬ男。



「……俺は許されたいんだと思う。―――許されたい」



 それはいつのことだろう。

 安らかな死と、安らかな生が与えられる日は。



 こみ上げてくる熱をこらえ、踵を返す。

 そしてそのまま走り出した。











 ミッドガル。

 黒雲立ちこめる空の下の街。

 陰鬱な影のような街影だが、人々は希望を見出し生きている。

 街並みを見つめていたクラウドはソードを大地に突き立て、

「お前の分まで生きよう。そう……決めたんだけどな」

 自らに語り、今一度、遠くミッドガルを見やった。

 終わりのない繰り返し。

 永遠に続く購い。

 それを終わらせるには―――何をなせばいいのか、あの男が手にしていた武器を見て知った。







 そしてクラウドは、『始まりの街』に向けて歩き始めた。





                                 〜Fin




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