しずかにねむれ
『………』


…だれだ?…

『……すん…くすん…』


…聞こえる…子供の声…泣き声だ…

…子供…子供の声?…クラウド?…クラウド!


「え、何?セフィロス、どうしたの?」
思わず声に出して叫んでいたらしい、目の前で金色の髪をした少年が不思議そうに覗き込んでいる。
「いや…オレはどうかしたのか?」
見渡せば家のリビング、テーブルの上には衣類や、細々としたものが入った段ボール。
「何言ってるんだよ、オレの子供の頃のアルバムを見せるよって言ったら、急にぼんやりしちゃって…で、突然名前呼ぶからびっくりしたよ、ひょっとして疲れてるの?」

そういえば、今日はクラウドの母親から荷物が届いていたのだった、寒くなるこれからの季節にあわせた手作りの衣類、そして果物のシロップ漬けや、ジャム、ナッツの入ったお菓子。
「母さんたら、オレもう子供じゃないのに、こんなお菓子なんか…」
ぶつぶつ言いながらもクラウドは嬉しそうだ、一つ一つ丁寧に取り出しては、オレに解説をしてくれる。

「このジャムはね、ニブルにいた時は、オレが種をとるの手伝ってたんだよ、一人では大変だっただろうな…あ、このセーター新品の毛糸だ、ほどき直しで十分なのに…」
言いながらクラウドの声が段々沈んできた、気が付けば少し肩が震えている。
オレはゆっくりとクラウドの頬を両手で挟んだ。

「寂しくなったか?」
とたんに頬を赤くして、ぶんぶんと首を振る。
「まっさか!オレもう子供じゃないんだよ。」
やれやれ、まだ十分に子供だろうに…少し潤んだ蒼玉の瞳は見ない事にしてやった。

「それよりさ、母さんにアルバム送って、って頼んどいたんだ、セフィ見たがってたでしょ?」

そうだ、小さい頃のクラウドの写真をみせてもらう約束だった、オレの知らない幼いクラウド、ごくあたりまえの家庭で育った……


『………』


「…今何か聞こえなかったか?」
「何も…セフィ?」
「いや…たしかに聞こえた…子供の泣き声の様な…」

確かに聞こえた、それも聞き覚えのある声だ…
クラウドが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「セフィ、大丈夫?本当に疲れているんじゃないの。」
「ああ、大丈夫だ、空耳だろう心配するな、それよりアルバムを見せてくれ。」
「うん。」

少し古びたアルバムには、可愛い赤ん坊が母親の胸に抱かれていた。
柔らかい金色の髪の赤ん坊が、ニコニコとこちらを向いて笑っている。
「この写真、オレの父さんが撮ってくれたんだって。」

少し寂しげなクラウド、記憶にない父親を思い出しているのか?

ページをめくるにつれ、大きくなっていくクラウド、女の子の様な顔をしても、やんちゃに育っていたのがよく解る。
泥だらけで遊び、犬や猫と戯れる天使の様な笑顔…それが3、4才頃を境にぐっと写真が減り、それと共に明るい笑顔が写されなくなってくる。
オレの不審そうな顔に気づいたのか、クラウドがぼそっと呟いた。
「オレの写真撮ってくれたの父さんなんだ、だから父さんが死んじゃったらあんまり写真なんて撮らなくなってさ…」

父親が死んで、母親が働く様になり、家で一人きりで過ごす様になったクラウドは、しだいに大人びていったのだろう、甘える事を忘れて。

ゆっくりと横から抱きしめてやると、照れくさそうに笑った。
「どうしたの?昔の話だよ。」

やっぱり泣いていたのはおまえだったのか?
おまえの心の声が聞こえたのか?

もう一度ぎゅっと抱きしめると、クラウドはそれに逆らわずオレの胸に頭をすりよせる。
「…セフィ…ありがと…」

礼を言うのはオレの方だ、おまえのおかげでオレは解るのだから。
ただこうして、ぎゅっと抱きしめるだけで、どれだけ心が満ち足りる事ができるか、どれだけ幸せになれるか…

そういえば、あの時もおまえは泣いていたな、オレの子供の頃の写真を見たいというので見せてやった時…



「セフィ…これが小さい頃の写真?……」
パソコンの画面を見てクラウドが絶句した。

「そうだが、何か変か?」
「違うよ、こんなんじゃないよ、こんなんじゃなくて、もっと普通の、普通の写真が見たいんだよ。」
「普通の?オレの子供の頃の写真はこれしかないが、どう違うんだ?」
不思議そうな顔をするオレに、クラウドは画面を見つめて、悲しそうな顔をした。

「だってこれは写真じゃないよ、これはデーターじゃないか…」
映っているのは、白い服を着た3才のオレ、正確な生日、身長、体重、IQ、言語能力、運動能力…つぎのページは4才のオレ、写真が変わるだけで書かれている項目は変わらない、そして5才、6才…
ページを移動するにつれ、クラウドの肩が震え出す。

「どうしたクラウド、なぜおまえが泣く?」
「可哀想だよ、セフィロスが、可哀想だよ…」
「オレが?」
「これが悲しい事だって、解らないセフィロスが、可哀想だよ…」

嗚咽を堪えながら話すクラウドを、オレはぎゅっと後ろから抱きしめた。
「クラウド、オレは可哀想じゃない、オレのために泣いてくれるおまえがいるから、オレは可哀想じゃない。」

そう、おまえがいるから、オレは生きていられる、今まで生きて来てよかったと言える、心から…

腕の中の小さな温もり、オレがずっと守っていたいもの、柔らかくて小さくて、ずっと大事にしたい小さな幸せ…
これが突然奪われたなら、オレはどうなるのだろうか?



…聞こえる…聞こえる…子供の泣き声…

…あれは…あれは…


「あのモルモットの子供は処分したよ、病気になったのでな。」
「あれは僕のだ、勝手な事をするな!」

5才くらいのオレ…
痩せぎすの眼鏡をかけた、世界で一番嫌いな男に食って掛かっているのは、5才の頃のオレ…

「そんなにお気に入りだったか、ならあとで解剖データーを見せてやろう、まあモルモットならいくらでもいるから、あとで好きなものを選ぶといい。」

解剖…体中の力が抜けた、でもこの男の前では泣きたくなかった。
「いらない…もういらない…」

背一杯虚勢をはって、白い自分の部屋に戻るとベッドに潜り込んで泣いた。
監視カメラに見つからないよう、できるだけ声を殺して…

この冷たい部屋で、唯一温かかったモルモットの子供…
部屋に帰って篭からだすと、鼻ズラをすりよせて、餌をねだった。
一緒に毛布にくるまって、柔らかい小さな温もりで、子供のオレを安心させてくれた。
ただ、抱きしめるだけで幸せだった。
温かい何かに、包まれたいのに、包まれていなかったオレ…
かわりにやっと見つけた温もりを、あの男は突然奪ってしまった。

そう、オレはずっと泣いていた、人知れず、声を噛み殺して泣いていた…
自分でも、もう忘れているほどに…
クラウド…おまえがいなければ、オレはずっと気付かず泣き続けていたのだろう…



…聞こえる…聞こえる……

…ああ…あれはオレの泣き声だったのか…




…クラウド?どこにいる…クラウド?…
さっきまで確かに腕の中にいた少年がいない、あたりは淡い緑色の光…いや水?
浮いているのかオレは…沈んでいるのかオレは…

温かい…ここは温かい…そうだ、オレはずっとこの温もりに包まれていたかった、この温もりに包まれていたかった…

温かい…柔らかい…もう何も考えなくていい…母の胎内…


…どこだクラウド…クラウド?…だれだろう…誰だっただろう…



生温いライフストリームの流れの終着点、北の大空洞の最新部にセフィロスは眠る。
一際大きい淡い緑色の、マテリアの結晶に包まれて。


…おやすみセフィロス、静かにお休み…

最後にだれかの声が聞こえた気がした…
おぞましいくらいに懐かしい、誰かの声が…







…キコエル…キコエル…


…ダレダ、オレヲヨブノハ…


…コドモノナキゴエ…子供?…


『セフィロス…セフィロス…』

…泣きそうな声で、オレを呼ぶ…

『セフィロス、セフィロス…』

…ここだ…オレはここだ…


『どこにいるのですか?』

…ああ、この声は…この声は…

……クラウド……


                       end


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