穏やかな新年の朝


寒いな…
軽くぶるっと震えると、クラウドはぼんやりと目を開けた。
見慣れた寝室の天井、いつもと変わらない朝、なのに…隣にいつもの温もりがない。昨日確かに自分を優しく抱きしめてくれて、一緒に眠りについたはずなのに…

そういえば、今何時なんだろう?
カーテンから漏れる光が、早朝の物でない事をぼんやりとクラウドは感じた。
まだ頭がはっきりしていない、完全に目がさめない。

疲れているのかな…

昨年末、ミッドガルは厳戒態勢だった。大晦日に舞い込んだカウントダウンを狙ったテロの情報。
神羅本社だけではなく、ミッドガルを全体を壊滅させると不気味に予言したその情報は、ニューイヤーの休暇体制に入っていた神羅の上層部を震撼させた。

ソルジャー達もクリスマス休暇から続けて休みを取る物が多かったため、いつもの1/3程の人員しかおらず、司令部で残っていたのはセフィロスとザックスだけ。
至急全員を招集しろという上層部に対し、そんな時間はないと、すぐに陣頭指揮をとって警備の強化と、捜査を開始したのはセフィロス。

テロの情報が発覚したのが明け方の5時、治安維持部門のハイデッカーと連絡が取れないために、セフィロスに連絡が入った。
セフィロスは残ったソルジャーと治安部門全員にすぐさま招集をかけ、のこのことハイデッカーがやってきた9時過ぎには、とうにすべての体制を整え終わっていた。
指揮権を取り戻したいハイデッカーは、さんざんごねたが、昨晩の居所に話が及ぶと早々に退散し、そのあとは殺人的なスピードでセフィロスの出す指示のもと治安維持部門の者達は走り回ったのだ。
テロの全容を探り出し、容疑者を割り出し…テロの主が『アバランチ』と解り、一気に現場に緊張が走る。

何度も神羅の裏をかき、テロを成功させてきた『アバランチ』
元々は星と共に生きるために、文明を捨てた集団であるはずのアバランチが、どうして、そのためならそこに住む人間ごと都市を破壊してもいいという様に変質していったのか、クラウドには解らない。
でも、確かに星のエネルギーを吸い上げてこの都市は繁栄しているかもしれないが、今更これをなかった事にはできないではないか。
そしてそこで当たり前に生活している人達を犠牲にしてまでも、なくしてしまう事がいい事のはずがない。

それはソルジャー達だって同じ事、みんなこの地を守りたい、かけがえのない人達がたくさんいるこの土地を。
夜明け前から招集されたのに文句も言わず、休みなしで10数時間。データーを収集し、分析し、狙われそうなポイントを割り出し、神羅ビル本社を中心にカウントダウンで打ち上げられる数万発の花火すべてが、強力な爆薬とすり替えれられている事を突き止めた。
そして神羅ビルから蜘蛛の巣状に建っている各ビルの屋上の消火用水のタンクの水が、すべて液体爆薬にすり替えられ、カウントダウンで点火された爆薬が爆発したあと、各ビルに次々に引火し、連鎖的に爆発し、最後には魔晄炉に到達するはずだった。
そんな事になれば、ミッドガルは一瞬に吹っ飛び、いやミッドガルどころか、下手をすればカームやミスリルマインまで壊滅するだろう。

無事にアジトを急襲し、見事に一網打尽にする事ができたのが、カウントダウンの3時間前、今年は中止すべきだというセフィロスの進言は、『テロに屈さず』という社長の一言でことごとく蹴られたため、神羅ビルの周辺には何十万もの人々が新年を祝おうと、もう集まっていた。
急襲が失敗すれば大惨事になる。先に逃走ルートをすべて塞ぎいだため、やけになった『アバランチ』はその場で時限装置のスイッチを入れようとしたが、爆発物はすべてセフィロスにより撤去されたあとだった。

爆薬がすべて撤去されるまで、セフィロスはアジトの急襲を認めなかった。犯人達が逃げてしまうと心配する周囲に対し、セフィロスは言った。

『今逃げても、俺が必ず捕まえる、だが俺は、壊れた街を元に戻す事はできない』

全ての後始末終わったのがカウントダウンのわずか1時間前、ようやくほっとしたクラウドにザックスが声をかけた。
「疲れたか?ろくすっぽ飯も食ってないだろう?にーさんに付き合ってさ。」
「ううん、ザックスの方が大変だっただろう?ほんとは今日からやすみだったのにさ。」
仕事中は極力言葉遣いに気をつけるクラウドだが、ザックス相手だとつい忘れてしまう。

「しょうがねーさ、現場で指揮をとる人間がいないと、いくらにーさんだって困るだろうからさ。」
情報の全てを把握して指示を出さなければいけないセフィロスは、司令部から動くわけにはいかない。現場で直接指揮するザックスがいなかったら、セフィロスとてこれほど早く解決する事はできなかっただろう。

「でもよかったの?彼女と旅行だったんだろ?」
「次の休みに平謝りで謝り倒すさ、一度や二度じゃねーしな、こういう事。」
「だからしょっちゅう振られてるんだ。」
「このー!生意気いうなー!」

二人でじゃれていると、不機嫌そのもののセフィロスが入ってきた。
「あれ、どうしたん?にーさん不機嫌さがにじみ出てるじゃないの。」
「うるさい、今社長が戻ってきた、カウントダウンの挨拶をするそうだ。」
「ほー!真っ先にミッドガルを逃げ出しといてね、今更そう来ますか。『テロに屈さず』なんて偉そうな事を言うのなら、てめえもこの神羅ビルにいろって言うの。」
吐き捨てるように言うザックス、セフィロスの気持ちもほぼ同じだろう。
二人がほとんど休んでいないのを知っているクラウドは、たまらなくなった。

「連隊長、コーヒー入ってます、連隊長のお好きなコピ・ルアック、この間副長が留守番代だっておいていきました。」
その声でセフィロスの不機嫌さがふとゆるむ、ぽんとクラウドの頭に手を置くと、髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
「ありがとう、いい香りだ。でもクラウドおまえももう休め、今日は俺たちに付き合ってかなり無理させたから疲れただろう?先に家に帰れ。」
「いやです、自分は雑用してたいただけです、連隊長の方がずっとお疲れでしょう?」
「俺はこのくらいで疲れる様な、柔な作りはしてないぞ、いいから先にかえって休め、俺は念のためにこのあとの警備をしなけらばならん。今から戻ってくるやつらの報告も聞かねばならんし。」
「そんなのいやだ、セフィロスが帰らないのなら、俺も帰らないよ。」
言葉遣いがつい素に戻ってしまった。

「クラウド…」
「だってセフィロス、そんなに疲れた顔してる。」

言われてセフィロスは憮然とする、疲れているわけではない、異様に腹が立っているだけなのだ。この十数時間、自分や部下達が死にものぐるいで働いたのは、プレジデントにカウントダウンの挨拶を誇らしげにさせるためでは決してない。
それなのに、犯人検挙ご苦労の言葉と共にプレジデントが言ったセリフ。

『この街はわしの物だ、好きにできるものか、わしのために存在する街なのだから。』

なら真っ先に非空挺で逃げ出したあんたは、なんなんだ?

そのあと意気揚々と市民が待っていると言って、歩いていくプレジデント、しかし不安げに振り返り、セフィロスに言ったのだ。

『まだ捕まっていない犯人がいるかもしれん、セフィロス挨拶の間わしの護衛を任せる。市民も英雄の姿を見る事ができて喜ぶ事だろう。』

この街も俺も、あんたの所有物ではない!
セフィロスは限界が近くなっていた。

『社長、神羅ビルの守りは十分です、私が行く必要はありません。それにまだ後始末が完全に終わっていません。』
『わしに逆らうのか?』
『社長こそ、お忘れですか?私は仕事の邪魔をされるのが何より嫌いだという事を、失礼します。』
絶対零度の響きに、さすがのプレジデントも何も言い返す事ができなかった。
そのまま執務室に戻ってきたため、つい怖い顔をしていたのだろう。

「クラウド、俺は大丈夫だから、我が儘言わずに先に帰れ。」
「イヤだって言ってるだろう、セフィロスが休まないのに休めるもんか。」
このまま延々押し問答が続きそうになった時に、突然ザックスが割って入った。

「もうにーさんも帰りなよ、あとは俺に任せてさ。後始末はたいしたことないし、報告は俺が聞くしさ。」
「だがザックス…」
「いいから任しとけって!それにもうすぐカウントダウンだぜ、特等席でミッドガルのカウントダウンの花火がみれるんだ、こんなチャンス無駄にしたくねーしな。」
からからと笑うザックス、クラウドが心配げな顔をする。
「でも、ザックスだって疲れてるだろう?」
「何言ってるんだ、こんなの疲れたうちに入らねーぜ、二人とも明日は来なくていいからな、俺ここで報告書書いちまうから、邪魔されたくねーんだよな。」
そのあと、とっとっと司令部から追い出された。

地下駐車場から通路を通って、神羅ビルから少し離れた通りに出ると、ちょうどカウントダウンの花火が始まったばかり、初めてみる光の洪水に目を輝かせるクラウドに、セフィロスは路肩に車を停めて、しばらく花火を見物した。
車外に出ると、ひんやりした空気と共に聞こえてくる『新年おめでとう』の声、声、声…
振る舞われるシャンパンやワインに酔った人達、鳴らされるクラッカー。
そして気がつけばあちこちで、無礼講のニューイヤーキスが交わされる。
あまりの賑やかさに、あっけにとられているクラウド。

隙だらけのその可愛い顔に、セフィロスの唇が降ってきた。
「新年おめでとう、クラウド。」
「うん、おめでとうセフィロス。」
そのあと何度も口づけを交わした、セフィロスが一つキスするたびに、まとう空気が暖かくなるようで、クラウドは何度もキスをねだる。気がつけばマンションに戻り、ベッドの上でむつみ合っていた。

疲れ切っていたのに、更に疲れる事をしたから、朝起きられないのもむりないよな…
クラウドはぼんやりと思っていたが、ふといい臭いが漂ってくる。たちまちおなかがぐーっと鳴り、昨日食事らしい食事をしていないのを思い出した。

セフィロス、ご飯作っているのかな。

ごそごそとガウンを羽織ると、身体がさっぱりとしているのに気がつく、どうやら寝ているうちにセフィロスが風呂に入れてくれたらしい。
申し訳なく思いながらキッチンに向かうと、セフィロスが笑顔で振り向いた。

「目が覚めたか?ちょうど焼き上がったところだ。」
テーブルの上の料理を見て、クラウドが目を丸くする。

テーブルの上に載っているのは湯気の出ているカラメルポテトに、茹でたてのコールラビ、リンゴと一緒に甘酸っぱくブイヨンで煮込んだキャベツ、ドライフルーツ一杯のどっしりしたケーキ、そして今オーブンから出されたばかりの塩漬けリブのロースト。
どれもクラウドには懐かしい、ニブルヘイムのお祝い料理だ。

「セフィロス、どうして?」
びっくり顔のクラウドにセフィロスは笑って答える。
「クリスマスにおまえが言っていただろう?『ニブルヘイムで母さんが焼いてくれた塩漬けのリブは世界で一番美味しかった』って、それにはかなわないかもしれないが、俺も挑戦してみたくなったんだ。」
そういえば、連れて行ってもらったレストランで、母さんと二人で過ごしていた故郷のクリスマスの話をしたのだ、年に一度母さんが作る料理がどれだけ美味しく楽しみだったか。

「リブの塩漬けは、いつも行くデリカテッセンの親父に頼んでおいた、ニブルヘイム風にと言っておいたから、かなり近い味になっていると思うが。」

さりげなくセフィロスは言うが、きっと気づかれていたのだ、故郷を、母を懐かしがっていた事を。
「セフィロス…ありがとう。ごめんね、疲れてたのに朝からこんなごちそう作らせて。」
後ろから抱きつかれ、背中に頬を寄せられて、セフィロスの胸がじんわりと温かくなる。

昔の自分は知らなかった、こんな些細な事でこんなにも幸せになれる事を。
クラウドの笑顔が嬉しい、ささくれだった自分の心を癒してくれ、満ち足りた気持ちにしてくれて…
その笑顔のためなら何でもする、何だってしてみせる。

「さあ、食べるか、昨日はろくな食事を摂らなかったから、腹がへっただろう。」
「でもこれ食べきれないよ、すごく多い。」
「あとでザックスに持って行ってやろう、きっと報告書そっちのけで今頃仮眠室で寝ているさ、あいつには報告書は睡眠薬と同じだからな。」
悪戯っぽく笑うセフィロス、クラウドは大きく背伸びをすると、首に腕を回してセフィロスに口づけた。

「愛してるセフィロス、世界で一番。」
「俺もだ、クラウド。」

二人の新年の朝は、穏やかに始まった。







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