ハロウインの夜によせて

その場所は、不思議な静寂に包まれていた。
うっすらと、淡い光を放っているかのような四方の空間、一歩歩くごとにさらさらと砂のような小さな燐光が、足下からこぼれ落ちる。
確かに床を踏んでいる感触はあるのに、宙に浮いているような不可思議な感覚。

ぱさっ、ぱさっと音が響く。
淡く光る地面を一歩一歩踏みしめる自分のたてる音だけが、この静かな場所に響いていた。

ここがどこなのかは解らずとも、自分がここで何をすべきなのかは解っている。
手にずっしりと重い自分の愛刀をきつく握りしめ、クラウドは目の前の人物を睨みつけた。

冴え冴ええとした光が目に映る、周囲の淡い光が刃に反射し、鋭い輝きを放つ。
持ち主自身の身長をも凌駕する長刀、この世に二振りとない伝説の妖刀…
美しいと思った、自身に突きつけられている刃の切っ先、あまりの美しさに見ほれていた。

その人は薄く笑った、切っ先をクラウドに向けて薄く笑った。
周囲の光と同じ不思議な翠をたたえた魔洸の瞳、その手に握られている妖刀よりも美しく輝く銀色の髪。
ぴっちりとした筋肉で覆われている上半身を惜しげもなくさらし、寸分の狂いもなく造形された半神のようなその姿で、クラウド自身がもっとも望む姿で、その人…セフィロスはそこに立っていた。

何をなすべきかは解っている。

互いににらみ合い、ゆっくりと間合いをつめる。
ピンと張りつめた空気、聞こえるのは不思議に大きく聞こえる自分の心臓の音…

刹那!

どちらが先に仕掛けたのか解らない、夢中で剣を打ち込み、受け止め…
それは一瞬の様でもあり、永遠の様でもあり…

自分の頬に飛んだしぶきの生暖かさ、それが目の前で倒れ伏すセフィロスの物と認識したのはどの位時間が経ってからだろうか?

手に残るいやな感触…この手で肉を切り、骨を断ち、セフィロスをずたずたに切り裂いた…
血まみれの自分とその人をぼんやりと見比べながら、クラウドは呟いた。


「どうして…どうして…どうして!」


誰もそれには答えない、一番答えて欲しいセフィロスは、血の海の中物言わぬ骸となって…

ぼおっと何かが光った、セフィロスの身体から立ち上る、緑と赤い光の渦。
ゆっくりとクラウドの身体を包む光の渦は、音もなく身体の中に入り込んできた。

『運命だ』
「セフィロス!?」

思わず、目の前の骸を凝視した、しかしそれはピクリとも動かず、声はクラウドの頭に直接響いていた。

『クラウド、運命なんだよ。』
「セフィロス、どこだ?どこにいるんだ!?」
『おまえの中だ、もうすぐ逝く…』
「いやだ!どうして?どうして!!」

叫ぶクラウドに抑揚のない調子で、その声は続ける。
『運命なんだ、俺とおまえは並び立てない。どちらかが生きるためには、どちらかが死なねばならぬ…つまりは…俺を殺せるのはおまえだけだ…』
「いやだ!誰が?誰が決めたんだそんな事!」
『決めたのは…俺だ…俺が決めた、おまえに殺される運命を…』
「セフィロス!」
『愛しているクラウド…愛している…だからおまえに殺されたかった…この身を滅するのはおまえの手で…だから…満足だ…さらば…クラウド…』

声が次第に遠ざかろうとした時に、クラウドは叫んだ。
「いやだ!逝かせない!逝かせない!!セフィロース!!」
身体の中から抜け出そうとした、赤い光の渦をクラウドは夢中で捕まえ…



「クラウド、クラウド…」
「え?」

揺さぶられて目を覚ます、ぱちぱちと暖かく燃える暖炉の光、ゆっくりと自分の額の汗をタオルで拭う、大きくて優しい手のひら。

「少し暖炉の前にいすぎたな、こんなに汗をかいて。」
目の前にいるのは、翡翠の瞳の、銀の髪の…

思わずクラウドは抱きついていた、腕の中にある確かな存在感、広い背中、規則正しく脈うつ心臓。

「どうしたんだ?ずいぶんうなされていたが…」
セフィロスは、心配げにクラウドの顔をのぞき込んだ。
「泣いて…いるのか?」
金色の睫毛に縁取られた、クラウドの蒼い瞳が涙で潤んでいるのに気づき、セフィロスはゆっくりとクラウドの頬を両手で挟む。
「怖い夢でも見たのか?」

その間、クラウドはずっと無言だった、涙で潤む瞳でじっとセフィロスを見つめていたが、ようやく落ち着いたのか口を開いた。
「変な夢見たんだ。」
「どんな?」
少しほっとした笑顔でセフィロスは答える、ハロウィーンの準備中にうたた寝していたクラウドをのぞき込んだら、ひどくうなされていたのだ。
クラウドが渡米して初めてのハロウィーンだからと、いつもは無視を決め込むこの手の行事の準備に珍しく積極的に参加していたのだが。

「俺とセフィロスが殺し合うんだ、すっごい大きな刀を持って…そして…俺がセフィロスをずたずたに…切り裂いて…」
言いながらクラウドの身体ががくがくと震え出す、思い出したくない、あんな不吉な夢。
目の前にいるのはセフィロス、中学の時の担任で、保護者で、渡米して籍を入れた今では最愛の唯一無二なハズ(夫)で…そのセフィロスと自分が殺し合う…
妙にリアルな手応えが蘇り、クラウドはぎゅっと自分の手を握り込んだ。

「…で、死んだはずのあんたの声が聞こえるんだ『これは運命だ、俺とおまえは並び立てない、おまえが俺を殺す、それが俺の望んだ運命だ』って…」
聞こえてきたセフィロスの抑揚のない、それでいて満足げな声…言いながら声が震えてくるのを自覚し、クラウドはもう一度ぎゅっとセフィロスに抱きついた。

「なんであんなイヤな夢みたんだろう…」
頼りなげに呟くクラウドの背中を、セフィロスが優しくなでる。
「心配するなクラウド、それはただの夢だ。」
クラウドがイヤイヤをするように首を振る。
「でも、すっごいリアルだったんだ、まだ俺の手に、あんたを斬った感触が残っていて…血が頬に飛んできて…」
ぶるっと震えるクラウドの身体を優しくさすりながら、セフィロスは涙に濡れている金色の髪をかき上げ、あやす様におでこにキスを落とした。

「怖かったか?なんでそんな夢見たんだろうな…ああ、ひょっとしてあのせいか…」
とたんクラウドが真剣な顔で自分を凝視するのを見て、セフィロスはふっと笑った。

「エアリスがハロウィーンのおまえ用の仮装に持ってきた奴。ほら全世界でのベストセラーのファンタジー物なのに、おまえ読んだこと無いって、この間から読んでたじゃないか、あの黒髪の魔法使いの少年が主役のシリーズ。」
言われてクラウドは思い当たる、そういえばうたた寝する前にもその本を読んでいた。縮れ毛のめがねを掛けた魔法使いの少年が、徐々に成長して伝説の闇の魔法使いに立ち向かっていく様を。

「おまえ言っていたじゃないか『両親の仇の闇の魔法使いとあの子は、最初から戦う運命だったんだ、ちゃんと予言がされててね、〈両者は並び立てぬ、どちらかが生き残るにはどちらかが滅びねばならぬ〉だからあれは運命だったんだよ』って。」
そういえばそんな話だった、自分もあんな風に魔法で戦えたらおもしろいなって、思ったのだった。
でも…

「きっとそのせいだろう、しかし運命か…まあ陳腐だが、そんな運命ならいいな。」
「セフィロス?」
ぎょっとするクラウドに向かって、セフィロスは悪戯っぽく笑う。
「おまえに殺されるなんて幸せの極致だ、そんな運命なら喜んで受け入れるぞ、おまえの手にかかって死ねる、考えただけでぞくぞくする。」
「いやだ!!」
クラウドはセフィロスの手をはねのけると、怖い顔で睨みつけた。

「あんたはよくっても、俺はどうなるんだ!殺した俺の気持ちはどうするんだ…俺はずっとあんたと一緒にいたいのに…」
語尾がかすれていた、再びあふれ出した涙で彩られる蒼玉の瞳。
思わぬ反応に、困った顔のセフィロスは、もう一度優しくクラウドの身体を、愛しげに抱きしめる。

「悪かった、ただの冗談だ。ああ、いやだな、そんな運命はごめんだ、俺もずっとおまえといたい、ずーっと一緒にいような。」
そうしてセフィロスは唇で優しく涙を吸い上げた、頬やおでこにもあやすように唇を降らせる。
「もう言わない、二度とあんな事は言わないから許してくれクラウド。」
淡紅色の唇に触れるだけのキスを落とすと、クラウドの方から舌を入れてきた。
柔らかい小さな舌が口の中で縦横無尽に動き回る。それはセフィロスを骨の髄まで溶ろかせてくれて…背中をゾクリとした物が駆け上がり、気がつけば夢中で吸い上げていた。

「ん…ふうん…ん…ん…」
鼻から抜けるような声にあおられ、そっとセーターの中に手のひらを差し入れようとした時に、素っ頓狂な声が響いた。

「あー!準備もせずにいちゃついてる!」
真っ赤になって慌てて離れようとするクラウドを、そうはさせじとぎゅっと抱き込みながら、セフィロスは声の主を睨みつけた。
「うるさいな、準備は済んだ、空き時間に何をしようと勝手だろう。」
しかし睨まれた方はそんな冷たい声など物ともせずに、セフィロスに荷物を押しつける。
「じゃ、足りない飾りとカボチャ買ってきたから、空き時間終わりだね。とっとと働いてねお二人さん。」
こんなセフィロスに、仕事を言いつける事ができるのはエアリスぐらいの物だろう、それと自分もか…
クラウドは可笑しくなってくすっと笑った。

「おーい、にーさん!あんたの仮装用の衣装も買ってきたぜ、やっぱクラウドが魔法使いの少年ならあんたは総ボスだよな、伝説の闇の魔法使いの総ボス。」
陽気に入ってきたザックスの言葉に、笑っていたクラウドの顔が、再び曇る。

「ザックス、おまえの仮装は何なんだ?」
いきなり振られ、ザックスはきょとんとした顔でセフィロスに答えた。
「え?俺?陽気な森の番人よ、ごっつい巨人。」
「俺と代われ。」
「へ?」
「俺が森の番人やるから、おまえが闇の魔法使いをやれ。」
「どうして?にーさんはどう見ても闇の魔法使いの方でしょうが。」
「うるさいな、代われと言ったら代われ。」
エアリスがすかさず茶々を入れる。

「あーセフィロスったら、あの役ならずっとクラウドを抱っこしてても、違和感ないとか思ってるんだ、スケベ。」
「どうとでも言え、とにかく俺はたとえ仮装でも、クラウドの敵役はやらん。」
そう言って、クラウドの頬に優しく口づけるセフィロスと、融ろけるような笑みを浮かべるクラウドの顔を見比べて、エアリスとザックスはご馳走様と言うように首をすくめた。





『あの子には可哀想な事しちゃったな…』
『しょうがない、ハロウィーンのこの時期は、時空の繋がりが不安定だ。無意識にシンクロしたんだろう…あの子はもう一人のおまえなのだから…』
『だったら解った?あの時の俺の気持ち、俺がどんな思いで…』
『クラウド…だからここにいるではないか、本当はあの時逝ってしまうつもりだった…おまえに捕らわれなかったらあのまま…』
『許さないよ、それだけは許さない、あんたは永遠に俺の囚われ人だ』
『解っている、俺ももう逝く気はない、未来永劫おまえと共に、ずっとずっと二人きりで』
『セフィロス…約束だよ』




誰も知らない空間に現れた2つの影は、そっと寄り添うとやがてゆっくりと消えていった。



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